第22話:最強賢者は教師を助ける
行き止まりにつくと、教員たち六人は手足を縛られて身動きが取れなくなっていた。俺を見つけた教員たちは必死に何かを話そうとするが、口を布で塞がれていて、何を言っているのかは聞き取れなかった。
ゴブリンは、ダンジョン内に落ちていたロープや布を使って縛っていたらしい。……俺の知っているゴブリンよりかなり知能が高い。
不思議で仕方なかったのだが、俺の疑問はすぐに解決することになる。
「今助けます。もうしばらく待っていてください」
俺は背中から剣を抜いた。
魔法はトグルオン状態で【最短経路】を使えば、指のみの極少の動きで発動が可能になる。
今は手を抜いていられない。剣で戦いつつ、魔法を使うというやり方で行く。
ゴブリンの村には、ボスと思しき大きなゴブリン――ゴブリンリーダーが一匹と、ボスを取り巻く大量のゴブリンが待ち構えている。数はざっと百を超えている。
しかし、ここまで侵入しているのに先制攻撃をしてこないというのは、意外だった。思ったよりも統率が取れている。……俺たちが攻撃を仕掛ければ奴らは一斉に反撃してくるに違いない。
「二人とも聞いてくれ。俺はデカいゴブリンを叩きに行く。リーナとエリスは小さいほうを倒してくれ。……さすがに、強行突破は無理だ」
俺の説明を聞いたリーナは、意外そうな顔をした。
「ユーヤのことだから一人で突っ込むんだと思ってた。……私を頼るなんて思わなかったわ」
……確かに一人で突っ込むという方法もなくはない。だが、さすがにあの軍勢が相手だと剣だけでは対処できず、魔法を連発することになる。魔力が尽きればイレギュラーに対応できなくなってしまう。
二人の能力ならゴブリン程度は余裕で倒すことができるのだから、手伝ってもらった方が確実に殲滅できると考えたのだ。
短い付き合いではあるが、俺は二人の腕をそれなりには信頼している。この程度のことはやってのけるはずだ。
「今はもはや『訓練』じゃないからな。俺たち三人と、教員六人の命がかかってる。より確実にするためには二人の力が必要だと思ったんだ。……ダメか?」
「ううん、やっと班員らしいことができて嬉しい」
「……そうか、頼んだ。……ちなみにエリスはやってくれるか?」
「私はたとえ班長の命令でも間違っていると思ったら死んでも従わない。……でも、私も今回はそれがベストだと思う。協力するわ」
「よし、じゃあ始めるか」
俺はゴブリンの軍勢に向かって全力疾走で駆けていく。ゴブリンが襲ってきたので、俺は思いっきり地を蹴り、さらに魔法による跳躍を駆使してゴブリンリーダーに近づいていく。
同時に、エリスが剣による斬撃で俺の近くにいるゴブリンを蹴散らす。
やはり、協力を頼んで正解だった。
一方リーナは【火球】を五つ同時に放った。
五つ同時に――それもそれなりに高火力で――放つというのは同世代では俺を除けば他にいないだろう。
ゴブリンたちを焼き払い、ほとんど全ての殲滅に成功する。
「さて、ここからが本番だな」
俺は跳躍を駆使してゴブリンリーダーの背後に回り込む。
その瞬間、俺は少しだけ意識が逸れてしまった。そのせいで剣は避けられてしまった。
俺の意識が逸れたのは、奴の背中に予想外のものがあったからだ。いや……むしろ納得させられた。
【刻印】が刻まれていたのだ。
五センチくらいの黒い半月系の紋様が刻まれている。
つまり、このゴブリンリーダーは何者かに服従させられている。
強制服従魔法【テイム】は『賢者』あるいは『狂戦士』が使うことのできる魔法だ。LLOではテイムをするよりもプレイヤーが戦った方が強かったので事実上の死にスキルと化していたが、こういう使い方をするとはな。
ゴブリンリーダーがここに村を作ったのは偶然でも何でもない。誰かが仕組んだのだ。
……とはいえ、俺がするべきことは何も変わらない。
【氷柱】
十個ほどの氷柱を出し、ゴブリンリーダーを狙う。
敵は動きが速いため何発か打ち漏らしたが、三発ほどが肩に直撃し、一発は肩を貫いた。
「グオオオオオオオオォォォォォ!」
ゴブリンリーダーの呻き声が上がる。
よし、大ダメージを与えられた。もうどうにでもなる。
剣を強く握り、ゴブリンリーダーに襲い掛かる。
その直後、ゴブリンリーダーが急に方向転換した。
まずい! そっちにはエリスが……!
ゴブリンリーダーは腰に提げた袋から瓶を取り出した。
瓶の中には黄色く光る液体が入っている。
あれは間違いなく【麻痺薬】だ。格上の魔物を相手にするときは、【麻痺薬】や【毒薬】などのアイテムを駆使して状態異常を起こしてからジリジリと削っていくという戦い方をすることがある。
……拉致された教員から奪ったものだろう。
ゴブリンリーダーは麻痺薬をエリスに投げつけると、その巨体で踏みつぶそうと襲い掛かる。
エリスの脚に瓶が直撃する。
中の液体がエリスに激しく降りかかる。
だが、エリスは麻痺薬の効果をものともしなかった。
そのまま襲い掛かるゴブリンリーダーに向かって剣を振る。
油断した魔物への攻撃でクリティカル補正がかかり、強烈な一撃がゴブリンリーダーを襲う。
もともと俺の攻撃で大ダメージを受けていたゴブリンリーダーはそのまま倒れた。
……ピクリとも動かない。絶命したようだ。
「エリス!大丈夫か!? 麻痺薬が……」
「え? ……確かにかかったんだけど、全然普通に動けるけど……もしかしてあれ不良品だったのかしら」
いや、黄色い液体は発光していた。不良品ということはまずないはずだ。
その時、俺は自分がかけた強化魔法を思い出す。
「……そういえば、【麻痺耐性】をつけてたんだった」
何かあった時のための保険でつけていたのだが、こんな風に役立つとはな。
「麻痺耐性って……本当なんでもありなのね」
「まあ、無事でなによりだよ」
俺がそういうと、エリスは照れ臭そうに頬をかいた。ほんのり赤くなっている気もする。
「一応、礼を言っておくわ。……あ、ありがとね」
「ああ、どういたしまして」