第21話:最強賢者は道を開く
代わる代わる現れる魔物はほとんどがゴブリンだった。
だが、ゴブリンだけではない。
青色のプリッとした流線形の魔物――スライムも生息していたのだ。
「またスライムか……妙だな」
俺はスライムが現れる度に剣で斬り殺していた。
魔法を使わないのは魔力の温存のためである。いくら俺の魔力が多いとはいえ、使えば回復には時間がかかる。魔力をいざという時にとっておくのは、ダンジョン攻略において基本中の基本だ。
「何が妙なの?」
リーナが尋ねてくる。
「ダンジョンってのは一層ごとに魔物の生息が異なり、たまに例外はあるが同じ魔物しか出ないはずなんだ」
「その例外って言うのは?」
「人間が他の階層から魔物を連れて来た場合にだけそのまま留まることがある」
「じゃあこのスライムは他の階層から……」
「それは多分違うわ」
エリスが指摘する。
「ここはユーヤがさっき調べた通り、第一層で間違いない。連れてこられたのだとしたらゴブリンの方よ」
「だとしたらスライムが少なすぎるんじゃない……?」
確かに第一層が本来スライムの生息する階層だとすると、あまりに少なすぎる。ゴブリン十匹と遭遇する間にスライムは一匹か、多くて二匹と言ったところだ。
だが、説明可能ではある。
「ゴブリンがスライムを食った可能性がある」
「食った……?」
リーナは首を傾げる。フィールドの魔物しか見たことがないなら想像できないのもわからないではない。
「ダンジョン内の魔物は同種以外を食ってしまうんだ。だから違う階層の魔物が紛れ込んでも勝手に駆逐されるんだが……ゴブリンとスライムだと逆転現象が起こったようだな」
「そんなの、何のために……」
「別種の魔物を排除しようという本能がまず一つ目。そして、もう一つ。魔物を食うと、魔物は少し強くなる。普通は知能のない魔物はそんなことを考えないが……ゴブリンだと賢いリーダーが統率していれば可能性としてはある。……というか、それ以外に考えられない」
そしてゴブリンが教員たちを襲い、彼らのテリトリーに連れ込んだのだとすると、彼らの活動時間である夜までに救出しなければ命が危ない。
しかし……一体どこに消えたんだ?
各班に一人ずつ教員が派遣されていたとして、六人の教員がいたはずなのだ。その全員を拉致しようとすれば大移動になる。
人を抱えて下の階層への階段を降りるのは至難の技だ。第一層にとどまっている可能性が高いと思ったのだが、いくら探しても見つからなかった。
俺は壁に手をつく。
その瞬間、パラパラと砂が溢れおちる。
違和感を覚えた。
この壁、何かおかしいぞ?
第一層の壁は脆いが……さすがに脆すぎる。
「地図はエリスが持っていたよな?」
「持ってるけど、それが何?」
「ここに分かれ道がないか確認してくれ」
「いや、どう見ても壁しかないでしょ」
「そんなのわかってる。いいから確認してみてくれ」
「わかったわよ……そこまで言うなら」
エリスがダンジョンの地図を取り出し、確認する。
最初は面倒そうに地図を開いた彼女だったが、訝しげな目つきになっていく。
「あれ……? 階層は入れ替わってないはずなのよね……ちょうどユーヤの言ってる場所に分かれ道があるはずなんだけど……おかしいわね」
「やっぱりな」
予想した通りだ。
「ゴブリンがなぜこの階層に来ているのかはわからないが、探し回っても手掛かりが掴めない理由はわかった。……多分だが、奴らはこの先に村を形成している」
俺はそう言うと、拳に魔力を集めて脆い壁に向かって必殺のパンチをお見舞いする。
腕は壁を簡単に突き破り、砂が零れ落ちる。
そのまま何発か殴り、低い場所は蹴って通路を開いた。
「本当に道が……ユーヤ、よくこんなの気づいたね」
リーナに褒められてしまった。
本当に感心しているようで、目を丸くしている。
「まあ、偶然だよ」
壁をぶち破った先には、今まで遭遇したゴブリンとは比べ物にならないほどの量の数が集まっていた。
今目の前にいるだけでも五、六匹はいる。
ゴブリンたちは俺たちを闖入者と判断し、襲い掛かってきた。
エリスが剣を抜き、両手で構える。
近づいてきたゴブリンから五メートルほど離れた場所で、剣を振ると、斬撃だけでゴブリンが倒れた。
「ユーヤだけに活躍されても癪に障る。……このくらいはさせてもらうわ」
「いや、めちゃくちゃ助かるよ」
「そういうものなの……? ま、まあ当然だけど!」
主に魔力の温存のためにとても助かるのだ。
俺の戦力を理解した上でサポートしてくれるとは、エリスはなかなか有能なやつである。
さて、温存できた魔力を有効活用しようか。俺がサポートできることと言えば、強化魔法だな。
【攻撃力強化】
【防御力強化】
【攻撃速度上昇】
さらに新しく覚えた【移動速度上昇】と【ショック耐性】、【麻痺耐性】も付与しておく。
自分にはプラスアルファで【ダメージ反射】をかけておく。
強化魔法を付与すると淡い光が煌めいた。LLOでの演出と同じだ。
「力がみなぎる……まさかこれもユーヤの?」
エリスが驚いた。
「まあ、そんなところだな」
「剣だけじゃなくて……ほんと、どこまでも規格外なのね」
エリスもいつかのリーナのように溜息をついた。
強化魔法が『賢者』の強さの一端でもあるのは確かだ。……まあ、これは序の口で、真の強さはもうほんの少しレベルが上がった時なのだが。
エリスが斬撃でゴブリンを殲滅していく。
その後を追尾する形でついていくと、行き止まりについた。
そして、そこには拉致された教員たちが縛られていた。