第19話:最強賢者は異変に気付く
あっという間に次の日がやってきた。
今日は班別で実践訓練を行う。この訓練はおそらく生徒を評価するというよりも親睦を深めるという意味合いが大きそうだ。
だと思うのだが……。
「決闘の日時はいつが希望だ?」
「け、剣を向けながら言うのはやめてくれ……」
エリスは周りを見渡すと、自分が浮いていることに気づいたのか、剣を下げた。
はぁ……やれやれ。親睦を深められる気がまったくしないぞ!
「……それにしても、こんなところが集合場所なんて」
隣にいるリーナが呟く。
「場所的にはまあ色々と想像はできるんだがな……」
魔法学院は広大な敷地を有しているが、唯一その中央にだけ立ち入り禁止区域が設けられている。俺たちが集められたのは立ち入り禁止区域のすぐ側である。
外からは見えないように囲いがしてあるのだが……俺は大方の予想がついていた。
「見たことあるの?」
「いや、ないが……まあ先生が説明してくれるだろ」
と、会話をしているとちょうどレジーナ先生がやってきた。
集合完了時間の五分前だ。先生を含めた全員が集合場所に集まっていて、各班ごとに整列を終えている。
「みなさんおはようございま~す! さて、今日の実践訓練はそこの立ち入り禁止区域に入ってもらいます。危険を伴いますから、十分に注意してくださいね」
ふむ、やはりな。ここしかないとは思っていたが、俺の予想は的中しそうだ。
「みなさんは既に知っているかと思いますが、この世界には迷宮――ダンジョンと呼ばれる不思議な空間が存在します。あなたたちの卒業後の進路選択の一つとして『冒険者』がありますが、彼らはダンジョンに入ることも多いのです」
先生から聞かされる突然のお話。Sクラスの入学者なら――いや、さすがに誰でも常識として知っている知識を改めて聞かされることに困惑した生徒が多数のようである。
「先生、つまり立ち入り禁止区域は……ダンジョンに繋がっているのですか?」
「そうです」
リーナの質問にレジーナ先生が答えると、生徒たちが動揺したのを肌で感じた。
だが、俺はまったく驚かなかった。知っていたからだ。ここにダンジョンがあることを。
LLOではこの迷宮は『アルテミジア』と名付けられていた。
唯一町の中にあるダンジョンである。
LLOではそもそもここは王都ではなくただの町の一つでしかなかったのが、それはさておき。
この町の人々はダンジョンで採れた物を加工したり、他の町で売ることによって繁栄してきたという背景がある。
……もちろんLLOでは魔法学院という組織はなかった。何らかの理由があって後からダンジョンの周りに学院ができたのだろう。
「今日の実践訓練ではダンジョンの中でも第一層しか入りません。ダンジョン最奥の下降階段手前に学院の紋章が入ったブレスレットを設置していますので、回収してください。事前に配布した地図の場所に設置されています。それでは、頑張ってくださいね」
第一層なんてスライム相当の雑魚しか出ないはずだ。Sクラスの訓練として甘い気がする。まあ、ダンジョンは少しずつ慣らさないと危険というのも一理ある。ゲームみたいにリスポーンできないしな。
「もし、危険な状態になったらどうすれば良いのでしょうか……?」
不安気な表情で質問するどこかの班の班長がいた。
「一応、訓練中は担当の教員が班ごとに見守っています。なにかトラブルがあれば駆け付けるので安心してください。……ただ、本当に間に合わないこともあります。慎重に行動するに越したことはありませんよ」
「あ、ありがとうございます!」
質問した班長はホッと胸を撫でおろしているようだ。
「では、スタートです! どの班が一番目に入りますか~?」
誰も動こうとしなかった。
まずは様子見……か。
ダンジョンに入ったら6班全てが別行動のため後に入ろうが先に入ろうが変わらないのだが。
「じゃあ、俺のところが先に入らせてもらいます」
俺は挙手し、リーナとエリスを連れて迷宮に入った。
立ち入り禁止区域に繋がる扉を開けると、地下に続く階段があった。
俺が先導し、下に下りていく。中は真っ暗だ。
シゃシャシャシャ。
音が聞こえてくる。嫌な音だ。直感だが、悪寒を感じる。全身の神経を研ぎ澄ませて状況を探った。
「二人とも、伏せろ!」
「え!? 何!?」
「嘘でしょ……!」
リーナは状況が掴めぬようだが、エリスは分かっていたか。
「一気に片づける!」
【氷柱】!
出力を控えめ、【トグル】スキルを使って連射する。
グエ……! グエ……! グエ……! グエ……!
「もう大丈夫だ」
「今何が起こってるの!? 意味わからないんだけど!」
「そうだな……まずは明かりをつけようか」
【光源創造】を使う。
どの職業でも使うことのできる汎用魔法だ。洞窟や遺跡、ダンジョンなど光源がない場所で重宝する。魔力を直接光エネルギーに変換することができる。
明かりがつくと、リーナは目の前の惨状を目の前にして、顔をひきつらせた。
「なにこれ……」
「見ての通りだ。……ゴブリンの死体……だな」
エリスはゴブリンをマジマジと見る。しばしの確認をすると、口を開いた。
「これはどう考えてもおかしい……。ダンジョンの第一層のレベルじゃない魔物よ」
「ゴブリンは多少の知恵を持つからな」
「それに、入って早々に奇襲を受けるなんて……いくらなんでも教員が助けてくれてもいいんじゃないかしら。はっきり言って、ユーヤがいなかったら全滅していてもおかしくなかった。……悔しいけど」
初めての実践訓練で、ここまでのことを要求するとはとても思えない。
ダンジョンというのは、基本的に安定しているのだが、時たまに不安定になることがある。
……もしそれが今このタイミングなのだとしたら。
「……これは異常事態だ。一度地上に戻ろう」