第10話:最強賢者はリーナを助ける
入学試験の朝がやって来た。
季節は春だが、まだ少し肌寒い。春って暑いか寒いかしかないんだよな……。
俺は朝食を済ませてから試験会場である魔法学院へ向かう。
到着するころには試験十分前だが、特に気にしていない。待つのはあまり好きじゃないからな。
校門までゆっくりと歩いてくると、女が地面を這いまわっている姿を捉えた。
その正体は俺の数少ない友達で、聖騎士のあの女だった。
朝っぱらから派手な金髪を揺らして必死の形相である。
「リーナ、そこで何してるんだ? もしかして俺を待ってた?」
リーナは俺の声に気づくと、顔を上げた。
その眼には涙が浮かんでいる。
「アナタを待っていたわけじゃないわ! 会場についてから受験票を探したらなくて、どこかに落としたのかと思って……」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって何!? 一人ライバルが減ってラッキーとか思ってるわけ? 友達って言ってたくせに!」
かなり興奮している。朝から女特有のキンキンした声で怒鳴るのはやめてくれ。
まあ焦るのはわかるが、そうカッカしても受験票が見つかるわけじゃないだろうに。
「違う違う。……それより、どこで落としたのかわかるか?」
「多分……落としてない。宿に置きっぱなしにしてたんだと思う」
「じゃあこんなところ探しても無駄だろ。なぜ取りに帰らない?」
「今から宿に帰ったら絶対に遅刻する。……それにもしかしたらこの辺に落としてるかもしれないし……」
やれやれ。
忘れ物した時ってどうしてか『落としたのかも』って思っちゃうやついるんだよな。
受験票なんて大切な物、落とすような管理をするはずがないだろうに。だがまあ、宿に置き忘れているというのなら話は早い。
「それで、どこの宿に泊まってたんだ?」
「……学院から一番近いとこ。エルビィの宿って名前……って、そんなこと聞いてどうするのよ!」
「文句言うな。俺が受験票くらいどうにかしてやる」
文句をつけてきたリーナだったが、俺がそう言うと静かになった。
俺は今から【空間転移】を使おうと思う。
王都への道中で山賊に使ったのと同じ魔法だ。
【空間転移】は一度行ったことのある場所と、現在地とを点と点で繋ぎ合わせる魔法だ。……本当の仕組みはよくわからないが、LLOではそう説明されていた。
しかし、実際に使ってみて分かったことがある。
一度行ったことのある場所を繋げることはもちろん可能なのだが、行ったことがなくても正確な位置さえ分かれば【空間転移】の使用はできる。
リーナが泊まっていた部屋がどこかは知らないが、それは彼女を連れて行けばわかることだろう。
【空間転移】発動。
渦の中に顔を突っ込んで覗いてみる。宿の前に掛かっている看板を確かめる。どうやら無事にエルビィの宿の前に繋げたようだ。
「ちょっと! これどういう……!」
リーナも渦の中に入ってくる。
「こ、ここって!?」
「そういうのは後だ。残り八分しかないぞ。急いでとってこい」
「あっそうだった!」
リーナは宿の中に急いで入っていき、一分と経たずに受験票を持って戻ってきた。
ちゃんとあったようでなによりだ。
戻ってきたリーナは少し頬を赤らめていた。
「そ、そのありがとう」
「どういたしまして」
☆
俺たちは校門から試験会場である校庭まで走って移動していた。
あと五分というところまで時間が迫っているので、さすがの俺でも急ぐくらいのことはするのだ。
「さっきの魔法……あんなの見たことなかった。でもそれより……どうして詠唱しなかったの?」
走りながらリーナが質問を投げてきた。
「詠唱? なんか恥ずかしいしな……まあやらなくてもいいなら省いたほうがいいだろ。それがどうかしたのか?」
リーナは目を丸くしていた。
そんなに驚く要素あったか? 常識だろう?
「詠唱が恥ずかしい……省く……本気で言ってる?」
「ああ。町の人はなぜかみんな詠唱してたけど、俺はそういう主義じゃないから」
すると、リーナは『ああ、こいつはダメだ』みたいな顔をするのだ。
意味がわからない。
「なんかもう……意味が分からないわ」
「なんだよ。聞いてくれたら大抵のことは答えられると思うけど」
「いえ、試験が始まったら多分わかることよ」
そういう言い方されると気になっちゃうじゃないか……。
そうこうしているうちに校庭に辿り着いた。
既に受験生の整列が始まっており、詳しく話を聞く時間はありそうにない。
まあ、試験が始まったらわかるというならそれでもいいか。
「じゃあなリーナ。俺はLブロックらしいからここでお別れだな」
「え?」
俺はそのままLブロックの集合場所で立ち止まる。
するとリーナも立ち止まった。
「行かなくていいのか?」
「私もLブロックなのよ」
ああ、そういうことね。
「じゃあ、一緒に合格しないとな」