ホットチョコレート
部屋に充満する甘い薫り。
それを発生させているのはキッチンいる俺の幼馴染でもある男。そう、男。
クラス、いや学校中の女子生徒からチョコを貰うんじゃないかって思えるぐらいに男の俺から見ても見目も整っていて社交性があって成績もいいこの幼馴染は何を考えているのか数年前からバレンタインが近くなると俺の家のキッチンでチョコ作りの練習をする。
「ハル、俺チョコ作ってみたいから味見して?」
そう言いながら我が家に乗り込んできた幼馴染は俺の母親にはすでに許可を取っていたみたいで当たり前のように調理器具を用意し始めた。
それから数年、俺はこいつがチョコを作りにくると部屋に戻ることも許されず、リビングのソファの上でチョコ作りを眺めさせられている。
苦行だった。
こいつが俺以外の誰かのために作る姿を見せつけられることが。
一番美味しく出来たものを誰か大切に思う相手に食べさせるために味見役をさせられることが。
滑稽な立場。
それなのに追い出せないのは味見と称してこいつが俺に作ったチョコを食べさせるときにとても優しい表情を見せるから。
バレンタインなんて嫌いだ。そう言ってしまえないのは俺がこいつのことが好きだから。
成長期を母親のお腹の中に忘れてきたのか平均より少し背が低い俺は顔も平々凡々で成績も普通。生まれた時から家が隣、と言う理由だけしかこいつの隣にいて許される理由がないぐらいで。
だからこいつが好きな相手のためにチョコが作りたいと言ったら応援するしかない。
ほんとはしたくない。
でも仕方ないじゃないか。
俺には反対する権利がない。
「ハル……ハール?」
ソファに置いてあるクッションを抱きしめながらそんなことを考えていたら気が付いたら目の前にいて。
「な、なに?ナツ」
「ボーっとしてどうした?体調悪いのか?」
そう言いながら額を合わせてこないで欲しい。
「子供じゃないんだからそんな風に確認するなよ」
「なんだよ、今日はご機嫌斜めだな、ハルは」
それだけ言い返せるなら元気だなと笑いながら差し出されるマグカップ。
「またホットチョコレート……」
これも毎年のことだ。作っているのを見ているだけなのは暇だろうからと飲み物を用意してくれるのはいいんだけどさ。毎回ホットチョコレート。練習の間はチョコ以外口にさせない気だよな、こいつ。
「味見の準備が出来るまでもうちょっとかかるから眠かったら昼寝していていいよ、ハル」
ポンポンと頭を撫でてくる自分より大きな手に安心するのか刷り込みなのかこいつのホットチョコレートを飲むとなんかいつも眠くなるんだよな。
こいつが家に来ているんだから起きていないとっていうほど気にする仲でもないから俺は毎年のように睡魔に身を任せている。
リビングのソファは俺が寝転がれるぐらいに大きいから眠気に身を任せて横になる。
起きたらこいつのチョコを食べることが出来る。そう思いながら目を閉じると身体に掛けられる温もり。リビングに常備されているブランケットをかけて欲しくてわざと何もかけずに横になるのもいつものこと。
唇に何か触れた気もしたけど俺は睡魔に身を任せて意識を手放した。
眠るハルの唇にキスをする。
無防備なその表情にもっと深いキスをしたくなるけど我慢だ我慢。
ソファの上で眠るのは俺の幼馴染でもあるハル。
遙でハル。俺は棗でナツ。漢字は違うのに自分の名前にはハル、俺の名前にはナツが入っていて季節は春の次に夏がくるから俺がお兄ちゃんとまだ小学生のころにハルが嬉しそうにそう言いだしたときからハルと呼んでいる。実際の誕生日は同じだし俺の方が数時間先に生まれているけどそう言ったときのハルがとても可愛かったからそのまま否定せずにきた。
ハルは可愛い。
成長期らしい成長期が来ていなくて平均に足りない身長を気にしているハルは男の成長期は20歳過ぎまであると信じているけど俺はもうそれ以上伸びないで欲しい。今のおれの腕の中にすっぽり納まるサイズは最高だ。
小さいときから俺が可能な限り手を回してきたからちょっと世間知らずでぽやぽやしているのも可愛い。
俺が言うことを疑わないんだよね、ハルは。
俺がバレンタインにチョコを贈りたいから味見をして、って言いだして数年。未だにおかしいと思ってないらしい。
俺が自分以外の誰かのためにチョコを作ると言うことが気に入らなくて少し不機嫌になっているハルを見るのも可愛くて好きだけどハルはいつ気が付くのかな?
小学校のときからずっと同じクラスで、朝一緒に登校して放課後一緒に帰宅して、週の半分以上どちらかの部屋で一緒に過ごしている俺がハル以外の誰かに好意を持つと思っているのかな?
これだけ一緒にいて自分以外に好きな人がいると思っているのかな?
味見と称して俺の手からチョコを食べさせる時のハルの赤くなりながらも嬉しそうな表情のために作っているって気が付かないハルは本当に可愛い。その場で押し倒したくなるぐらいに可愛い。
まあそんなことをしたら驚いてハルが逃げちゃうと思うからしないけどね。
もっと俺のことで脳内をいっぱいにさせて、俺なしでいられないぐらいにいっぱいにしてからだよね。
だからまだ眠っているハルの唇を奪うだけで我慢している俺は紳士だと思うよ。
いつかハルが完全に俺のモノになったらハルからのバレンタインが楽しみだな。
ハルにチョコをかけて俺を食べて、なんて言ってくれたら最高だけど初心なハルには無理だろうから俺が手取り足取り教えてあげないと。
でもまあ、今はハルが起きるまでチョコよりも甘いこの唇を堪能しようかな。