【第七節】戦いの灯
「なんだ、誰もいねぇのかよ」
眼前の門をテクテクと歩いてきた人物は、小学生だと思われる少年であった。
少年は眉間を縮め、若干不機嫌そうな面持ちで門をくぐる。
「迷子…か?」
俺は細い声で呟く。
外界は戦時中だというのに、どうして小学生が放浪されているのだろうか。俺は暫し考えるが、そんな事よりも北口の様子が心配で考えられない。
取り敢えずというように、俺は少年に近づき、口を開いた。
「お前、親は何処にいるんだ」
少年は俺をギロッと睨みつける。怖い怖い。これだからガキは嫌いだ。なんだってちょっとしたことで逆上しちまう。
俺がなんだ?と若干怒りを見せながら苦笑すると、少年は馬鹿にするように溜息を吐き。そして俺の横をスタスタと通り抜けた。
なんだ、このガキ…
俺は子供には優しくするなどと言うモットーなどない。何故なら平等主義だからだ。それなら俺のお言葉を軽々しく踏みにじったこの子供には粛清を与えなければ…。ああ、違う違う。まだだ、冷静になれ冷静に、相手は子供だ。
若干吊り上がった眉を収めるように深呼吸すると、俺は少年の後ろ姿を見据える。危ない、もう少しでこのガキの身体に正拳突きをするところだった。
「う~ん、ど~して無視するんだ?言葉が分からないか?」
正拳突き一歩手前の握りしめられた手を片手で抑制しながら少年に告げた。少し、ほんの少し嘲笑が混ざっていたが、まあ、良しとしよう。
「黙れ、時間がないんだ」
「は?」
___ガシャンッッ!!!___
ふと、異質な光景を目の当たりにした。
少年が貪欲な声を晒した瞬間、俺の全身は何かで締め上げられている様に動かなくなる。その正体は…
【鎖】
砂上の上に一本の影がくっきりと映し出され、その上を土ぼこりが舞う。
「お前、神々の末裔なのか…」
俺は驚愕すると同時に若干、哀切な気持ちになった。少し寂しげな様子で少年を見据える。
少年の手からは一本の細く、拙い鎖が飛び出ていた。
「おい、てめぇ、エウラドル岩石は何処にあるか、言え」
___シャリンッ!___
鎖が波打つように揺れると、全身が潰れるほどに締め上げられる。
少年を捉える視界が黒く濁り始め、歪み果ててきた。それでも俺は抵抗をせず少年を見据える。
「なんだその目は、俺を憐れんでんのかよ!」
「っ___!!」
ミシッ…と鈍い音が響き渡る。膨大な痛みを必死にかみ殺す。
「悲しいな…」
ふと、そんな言葉が口元からずり落ちる。
少年は目を丸くして俺を見据えた。キョトンとする様子は小学生以外何物でもない。
「自由のない子供ほど残酷なものはない」
俺は右手に絡んだ鎖を徐に掴み、鋭い視線で少年を見据えた。
「うるせぇ!さっさと喋ろよ!情弱国の虫けらが!」
少年はそんな俺を一周するように怒鳴り散らと、頬を赤く染めて睨み返す。
「あぁ、俺は情弱国の虫けらだよ。だからお前の目当てのモノの居場所だって知らない」
「な…くそっ、時間の無駄かよ…」
憤りが冷めていくように少年の闘争心が色褪せていくと、歩を重ね始めた。
少年の掌から鎖が離れると、俺と少年を隔てていた鎖の部分が勢いよく全身に張り巡らさる。一切と動かなくなった俺は、何処か寂し気な少年の後ろ姿を見て、小さな声で告げた。
「だがまぁ、そんな虫けらでも兵士になっちまうんだ」
少年は面倒臭い様で此方を振り向いた。
「戦場でろくに役に立てない俺だ。ガキのお守ぐらいはしっかりしないとな」
俺は右肩に力をグッと入れた。
懐古的な囀りが聞こえ始めると、周りの空気が淀み始めて来る。
少年の形相がどんどん青ざめていくと、震えた声で俺に叫ぶ。
「まさか、てめぇも」
少年は俺の足元に落ちた鎖をありえないというように見下げると、瞬時に腰を落とし、典型的な攻撃態勢に移行する。
「そうだ…俺も神々の末裔…仲間、だ」
✤✤✤
人が天を仰ぐ時、それは絶望と無を脳裏に焼き付けられた時だって思う。
それは何故だろうって、今の私がそうなっているからに決まってる。
悔しい。
悔しいよ。
足が竦んで動かない!!!
「夜桜隊員、初日から最終決戦で気の毒なことだな。だけど、働いてもらうぜ。此処はもう、異世界だ」
一機のbayが宙を舞った。暗い、闇の空に。
嘘、でしょ?
そんな感情がふと口に零れて、眼を擦った。
宙を埋め尽くした黒色のbayは百機を超えている。影が地を黒く染めていく様を見ると、雷雲が迫っているような感覚に陥った。深く轟く駆動音が心を揺らす。
やらなきゃダメなのは、最初から分かってた。分かってたんだから!!!
___グゥゥゥン___
小さな呼吸と共に機体に火を灯した。
「こんなところで終わってられない。絶対に生きてやる!」
意を決してて飛び出した先の敵兵は真っ先に此方に気づいて臨戦態勢をとった。
少し、違和感が残る。
「へぇ、私ならこれで十分って?」
臨戦態勢をとったのはたったの三機、此方を見据えて高度を下ろした。しかし、上空の隊列は崩れない。揺るがない。ある意味効率的と言えば言えるのかもしれない。でも…
「舐められたものね」
腰に携えられた小型銃を手に持つと、相手の中央に向かって連射する。
__バチバチ__
途端、三機のうちの一機が前線にて大きな盾のようなものを広げた。
弾丸はそのシールドに当たると、電圧を受けて炭化する。
「そんなもの、私のメインで貫いて…!」
腰からメインの銃を取り出すと眼前で構える。
「ヴァルハザク!!!」
大声で叫ぶと、大きな銃口から熱い光が漏れる。エネルギーが全身から抜けていくように、銃に注いでいるかのように、意識がどんどん深くなっていくのを感じる。
あのシールドを貫く。
出来る出来る出来る。
私なら!!!
___バチィィィ___
大きな音と共に弾丸がレーザーのように放たれた。
弾かれ、いや、貫いた!
やった!!!
機体はシールドごと風穴が空いていた。
その光景に安堵していると、突如として自身の機体が後方にのけぞる。
シールドの後ろにいた二つの機体が此方に向かって弾丸を繰り出している。
なんて知性の低い攻撃。案外大したことないわね。緊張する必要なかったかも。
軽々と身をよじってそれらを躱すと、二発だけ撃って、後方に移動した。
私が、守るんだから。何もかも。