【第五節】束と癒し
こんにちは!今回もよろしくお願いします
今日の朝は何かがおかしい。
何故だろうと、虚ろな視界を見渡しても、周囲には何も変化などはなかった。
妙にベッドのシーツから体が離れない。気怠いか?と聞かれればそうではない。誰かが寝起きドッキリにとりもちでも張り付けたか?と考えても、そんな友達はいない。と若干の虚無感を伴って考えを捨てた。
ではこれは何か?
【恐怖】
そんなフレーズが俺の脳内で反芻された。
けど、それでも、実感は沸かない。
足の震えも滲み出る汗も、白く濁る視界も、何も感じないのだから。
少し経ってやっと気づく。
【虚しい】んだ。
昨日、気づいた劣等感、喪失感。
全てが自己嫌悪に繋がって、大きな捕縛を生んだ。
足手まといだとか、力になれないとか、そう言うの。
「いっつ__!!」
ふと、懐かしい痛みが右肩に現れた。ズキズキと身を揺さぶる懐古的な痛みは、暫しのうちに収まる。
俺には力がある。
実際、こんなもの【保障】でしかない。
俺は弱い。それを認めたくなかった、それだけかもしれない。
全ては今日、兵役義務が開始する日に確認できる。それが怖い。
大きなため息をついて勢いよくカーテンを開けた。光り輝く陽の射光は、俺をすり抜けたような気がした。
「_ん!??」
そんな時、ある人物が玄関先で佇んでいるのを見つける。
夜桜!?なんであいつが…
玄関先にいた夜桜は不機嫌そうにじー、と扉を見つめながら、コツコツと音を立てて足を地に叩いていた。闇金?闇金なの?
二階から夜桜を少々怯えたように見つめると、思わず財布に手を伸ばす。おっと、違う違う。俺はその横に立てかけられた学生服をつかみ取ると、急いで着替えをした。
確認するようにMW〖※ホログラム式の時計〗を見据えるも、朝の六時という学校の始業にはまだまだ遠い時間帯であった。
学校には始業ギリギリに滑り込むポリシーの俺は、この時間は残念ながら爆睡。MWの通知欄の夜桜の【貴方の家に行くから準備して待っていなさい】というメールに気づけなかった。気づいていたら【今月は金欠で…】と返せただろうに…やっぱ闇金?
俺は着替え終えると、取り敢えずと言ったように玄関に向かった。居間に滑り込むと、インターホンに即座に手を伸ばす。
暫しして、玄関先が映し出されると、夜桜が鬼のような形相で佇んでいたのが分かった。インターホンが起動したのを察したのか、夜桜は一転して微笑を浮かべた。
「あら、やっと起きたのね」
俺はその言葉で全てを察すると、少し小声で返事する。
「あ、ああ」
「心配しないで、私、今来たところだから」
夜桜は『これだけ待たせるなんて喧嘩売ってるの?』と言った様子で俺を脅しているように思えた。通常ならばこれはデートの待ち合わせにパートナーが遅れたときに使う、気遣いの言葉だが、まぁ、大概は嘘と市場で決まっている。それをこのタイミングで使うということは、一周回って怒り表現だ。
しかし、まぁこういうものは優しさに溶け込むというものも市場で決まっているわけで…
俺はそんな夜桜を前に愛想よく答える。
「それなら良かった、俺も今出るとこ…」
ニコッと笑い続ける夜桜の前ではそれ以上は口にできなかった。どうやら優しさで言ったわけではないらしい。
焦燥感を弾けだすように身支度を始めた俺だが、それでも十分ほど時間をかけてしまった。玄関の扉に手を掛けると、深呼吸をしてからゆっくりと開けた。
「意外と早いのね」
夜桜は玄関から現れた俺を見ると、この状況に対照的な言葉を投げかける。
「そうか?それはどうも」
「褒めてないわよ」
俺は身が震える重圧を気合で堪えると、背を向けて歩き始めた夜桜の背を追う。どうやらお怒りのご様子。話しかけようものなら身ぐるみまで剥がされると直感する。色々と言いたいこともあるが、俺は有無を言わず歩き続けた。
そんな状態のまま駅前に付くと、夜桜は不機嫌そうに此方を見据えた。
「貴方…本当に怠惰なのね…」
「…」
俺の豆腐メンタルが湯豆腐メンタルになる。
「美少女がわざわざ家まで迎えに行って、一緒に歩いてあげているというのに、寝坊するし、会話は皆無だし、どれだけ失礼なのか分からないの?」
「すまん」
「はぁ…もういいわ」
俺の湯豆腐メンタルが揚げ豆腐メンタルになったところで夜桜は改札を抜けた。凛と歩く夜桜の後ろを軟弱で怠惰で不細工でKYな俺も改札を抜ける。
この時間はやはり学生は少ない。そもそも学校に行くための電車の始発は六時五十分、まだまだ時間があるため、いないのも当然であった。
ところが、夜桜はその車両とは別の方向に歩を進めた。
「どこに行くつもりなんだ?」
「西口に決まってるでしょ?それより早くして、貴方のせいでギリギリになってしまったわ」
まるで当然のように話しているが、そんな話は一切耳にしていない。本当ならば異議あり!と言ったところだが、意気消沈した今は話掛けられそうにない。おとなしくその車両に向かった。
暫しして【フィーノ連合国西口行】と書かれたホームにたどり着く。が、夜桜は何故か姿がなかった、不機嫌な彼女はコツコツと音を立てて先に行ってしまったのだ。
俺は少し細い溜息を吐くと、メンタル修復を図る様に深呼吸を始める。
「ご、ごめんなさぁ~い!!」
ガコッ__!!
「いっ____!!!」
ふと、後ろから爽やかな声が聞こえてくると、次の瞬間素晴らしい痛みが後頭部に響く。ガシャガシャ!と何かが大量に落ちる音が聞こえる。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫」
そんな風に受け流すと、改めて転がったものが視界に飛び込む。そこに有ったのは注射器やら包帯やら何やらと大量の医療器具が転がっていた。
「良かったぁ~、ありがとうございます!」
そう聞こえると、その人物は床に転がった医療器具を拾い集める。白銀の髪に潤うような光った眼、恐らく女の子だろう。そう思いながら全貌を見ると、思わず驚愕する。
「お、女??」
「…?男ですよ?」
俺がときめきかけた人物の服装はバリバリの男の学生服。これだけ可愛い顔立ちの男は人生で初めて見た。ごめんお母さん!人生初のときめきが男だった!なんて言えない。
自分が女だと言われておどおどする彼を横目に俺は少し、いや、大きな何かを感じた。いや、決してそう言うのではない。
俺は赤くなりかけた頬を勢いよく殴る。
「え!?どうしたの!?」
「なんでもない、俺の中に悪魔が憑依しただけだ」
「ちょっと待ってて!」
彼はそう言うと、両手を赤く染まった頬に添えた。まずいまずい!また悪魔が憑依する!煩悩と言う悪魔が!!
「はい!おしまい!」
ぐっと目を瞑る俺を見据えて、彼はそう告げた。
何が終わりなのか、俺は少々考えてからようやく気付く。
頬の痛みが消えていたのだ。
大きな疑問が脳内を渡った。どうして医療を施さずに痛みが消えたのか、なぜ当たり前のように掌を添えたのか、俺は瞬時に気づく。
神々の末裔…
少し、ぞわっと身がよだった気がした。
彼は見る目が変わった俺に対して、あ、ごめんと苦笑すると寂しそうに去って行ってしまった。
同じ、だった。
俺は少し茫然とした様子でその場に立ちすくむ。
「フィーノ連合国西口行車両、只今到着します。お待ちの方は黄色い線の内側に…」
「はぁ、はぁ…間に合ったわ、この駅、無駄に広いわね」
そんな俺を前に階段を上がってきた夜桜が息を散らして現れた。どうやら迷っていたらしい。
「どうしたの?茹で上がったタコのような顔して?」
「あ、ああ、何でもない。少し驚いただけだ」
「ちゃんと近くにいてもらわないと困るわ」
「ああ、すまん」
恐らく駅の構造を理解していないのだろう。案内役に俺を連れてきたのだろうか?
少し笑える話だが、あまり、口角はあがらなかった。
プシュウウウ_
そんな音を立てて電車はホームに付いた。
閲覧ありがとうございました!
次回は11月5日に投稿予定です
ちなみにですが、この物語に出てくる学生はよくある派手なファンタジー制服、つまり肩とかむき出しの…(ソースは内緒)そういうのではなく、現実の一般的な学生服を想像してほしいです
普段小説を読んでて思いますが、学校なんだから質素でないと駄目です(キッパリ!)←偏見