【第四節】すれ違う意思
よろしくお願いします
「揺れるか~げろうが~♪陽をの~みこんで~♪闇にと~け…」
ピッ___!ツー、ツー…
右腕に携えられたホログラム型マイクロ時計【MW】から着信音が聞こえると、即座に拒否した。所有者だけに見えるホログラム映像を眼前に映し出す。ごく一般的な機械だ。だが、欠点としては、腕枕にしていた時に着信がくると、耳を傷める事がある。
着信先の相手は夜桜黒羽_昨日RBMで対戦した毒舌女だ。
困ったことがあったら聞いて、という一言と共に、連絡先を渡されたわけだが、彼方から電話を掛けられるとは思ってなかった。
俺には生憎困ったことなどないのだから、掛ける必要も、出る必要もない。唯一困っていることと言えば、人生で初めて女の子から電話がかかってきたことだろうか?
俺は白いベットから身を起こすと、眼前のカーテンを勢いよく開いた。
「しまった。朝早く起きてしまった」
何がしまった。なのか、自分でもよく分からないが、休日は昼時に起きるのが俺のモットーなのだ。この時間帯に起きるのはポリシーに反する。無駄なポリシーだな…
さて…と、何をしようか?
本来であれば夜桜の電話に掛け直すのが上等だろう。それこそポリシーと言える。だが、芋虫芋虫と貶されるのは大概嫌いであるし、そして、お嬢様タイプなのは本当に苦手だ。本当なら、こんな俺にかまっている時間など毛頭ないはずだろうに…
俺はMWを一見すると、眼を閉じてベッドに腰かけた。
大丈夫だ。言い訳はいくらでも立つ。
すまん!知らぬ間に切ってたみたい、ごめんごめん。とか、寝過ごしちゃった~悪いね~。とか色々エトセトラって感じで乗り切れる。
ピコンッ!!
ふと、MWによるホログラム画面が目の前に現れる。
夜桜からのメールらしい、俺はメールなら…と、眺め始める。
〔美少女からの電話を切るとはいい度胸じゃない。それは置いといて、今から、中央駅近くの喫茶店に来なさい。いいわね。いえ、貴方に拒否権はないわ、だって昨日私に負けたものね〕
中央駅、此処からすぐのところにあるが、生憎今は家から出る気は…
ピコンッ!
そんな事を思いながら、二度の就寝へと駒を進めていた時、またも、メールが届く。
〔既読…したわね?〕
唯、それだけが送られてきた。怖い怖い、怖いよ夜桜さん!
MWの欠点としてはもう一つ、メールを見ると強制的に既読になることだ。
俺は渋々と私服に着替えると、誰もいない家をゆっくりと出た。
✤✤✤
此処が、戦場。これが、戦争。
齢十三歳の彼にとっては、少しばかりそれは早かったのかもしれない。
だが、彼の心は一つの決意だけで染まっていた。
【誰かを助けるため、それは理由になる。でもね、戦うため、それは理由にはならないのよ】
母さんを助ける。俺の理由はそれだけで十分なのだろう。
俺は遥か前方に構えるフィーノ連合国の外壁を見ると、目を瞑った。いわゆるイメージトレーニング、俺ならできる。俺だけに出来る。
俺がキーマンなんだ。こんな年老いた人間とは違うんだ。俺が上なんだ。
「やぁ、一樹君…」
「誰だ!?」
先程、周りには誰もいなかったはず…一体どうやって俺の背後を捕ったんだ?
俺はいきなり現れた男に驚いて距離をとる。森の中の為か、木々が邪魔をして、うまく構えは取れなかった。
「元帥様から聞いたよ、君は勤勉だってね…」
「あいつ、そんなこと言ってのか」
バキッ!と男の方から枝が折れる音が聞こえる。
おっと失礼、と長い間お辞儀をした。
俺は男のそんな様子を横目に、人気のない場所へと移動を始める。
「あら?私は君に相談があって来たんだけど…」
「興味ない」
「君の、お母さんの事についてだ」
「_!?」
俺は閉口して男の顔を見た。この真剣な顔、嘘をついているようには見えない。俺は、男の前に移動し、話を聞く。
「話…聞くよ」
男は深く笑う。
「実はね、君に単独行動してもらいたいんだよ」
「…つまり?」
「我々は北口から突撃するが、君には西口を攻めてもらいたい」
「へぇ、手薄になったところを最大兵力で攻めるのか、分かった。…でも、それの何処が母さんに関係するんだ?」
「君は例の岩石を見つけ次第、国に運びかえっていい。と言う事」
「_!?」
つまり、間に合うかもしれない。と言う事か…
しかしなぜ、そんな事を知っているんだ。そんな事、ほとんどの人に話したことないのに。
「わかった」
しかし、俺は有無を言わず承諾する。
一人で行動するというのは、理にかなっていることだったから…
そう言うと、男はコンパスを手渡してきた。俺はそれを持つと、西口と思われる方向に歩を進めた。
これなら、間に合う。
いつの間にか、足早になり、暫しして駆け足になった。
ば~~~か…
男は深く嗤った。
✤✤✤
チャリィィィン…
扉に取り付けられた鈴が横に揺れると、室内に穏やかな空気が流れた。
山岳の頂上のような温和な空気が充満している。久しく喫茶店には行っていなかったため、少しだけ、緊張した。決して女子と一緒だからとか、そんなんじゃない。
俺は身を隠すように取り付けていたフードを取り払うと、コツコツと歩き始めた。
暫くして、目当ての人物を見つけ、対面の椅子に近づく。
「遅いわよ、死魚虫…」
魚なのか、虫なのか…
「あのなぁ、入って来たんだから手を振るくらいしてくれよ、危うく強盗と間違われるところだったじゃねぇか」
「嫌よ、貴方みたいな容姿の男性とそういう関係だと思われるじゃない」
「あ~、はいはい」
俺は堕落した声を上げると、ゆっくりと椅子を下げ、腰を下ろした。
俺は喫茶店に来て何も頼まない無礼者ではない。ポリシーに沿って、俺は注文をするべく、メニューを確認する。なんだこれ、五千円の高級コーヒー?こんなの頼む奴いるのか?まぁ、飲みたい気もするが…
暫しして、エスプレッソを選び、店員に告げた。
「それで、話ってなんだ?俺は早く帰宅しないとポリスにつかまっちまう」
「ポリス…?何を言っているのか分からないから、スルーしていいかしら」
「あ、はい…」
俺よりよっぽど残忍じゃねぇか!ノリという概念が存在していないのだろうか。
俺は涼しい顔でスルーする彼女を少し可哀そうに感じる。
「単刀直入に言うわ、貴方、棄権しなさい」
「明日の戦争を…か?」
「そうよ」
「それはできない」
彼女は少し眉を細めた。
俺は苦笑すると、力強く言った。
「瀬々井教師になんか言われたか?」
「そんなことはないわ」
彼女は一口紅茶を呑み込む。
「まぁ、いいわ、この話は断られると思ってた」
じゃあ、なんで話したのか?誰かに言われたからだろうに…
暫くして、お待たせしましたという声と共に、俺の頼んだエスプレッソが届く、おちょこみたいな器はまるでこの空間を表わしている様だった。
「私たちは、西口の護衛よ」
「また、瀬々井教師に…」
「貴方…しつこいわ」
「…」
そう一喝される。後面と向かって言われると、心に響く。
そうか、と言うと、俺はエスプレッソに砂糖を三袋投入した。
「西口の護衛は一番危険なのよ…」
「でも、強い人間が集まる場所だ。弱い俺は比較的安全…だろ?」
夜桜はふんっとそっぽを向くと、そうね、と答えた。
「そういう事だから、貴方は動かないで…」
「ああ、分かったよ…」
俺は、ぐっと、エスプレッソを飲み干した。
「じゃ、そう言うことで」
そう言うと、俺はすぐさま勘定して店を出た。
虚しいものだった。ここまで貶されたのは初めてだった。いや、心配、だったのだろうか。
まだ、昼にはなっていない。なっていないけど、二度寝など、到底できそうにはなかった。
「これで…いいんですよね、先生」
「ああ…」
私は隣に佇む。コートで顔を隠した人間に話しかけると、その人間はフードを外す。
全く、何でこういう事をするのか、理解に苦しむ。
目の前に現れた瀬々井先生の満足げな笑みに、私は若干眉を潜めた。
「夜桜…なんでこんな事するんだって、思っただろ?私はただ、あの男に力を使ってほしくないんだ」
「力?bayの事かしら…それなら彼は…」
「違うよ、もっと強大な力さ…それよりも夜桜、良く協力してくれたな。もしかして夜桜君は彼の事を…」
「ち、違いますよ!わ、私もう帰ります!約束通り、私の分払ってくださいね」
私はそう言うと、鈴を縦に揺らして駆け足で喫茶店を出た。
そんな事じゃない!絶対違うわ!私はもうそんな感情は捨てたの!
目の前に置かれたコップはあまり飲まれてはいなかった。
全く、教師のおごりなんだから、飲み干していってほしいものかな。
「茅…お前の息子、絶対に私が守るからな、安心しろよ」
ふっ…と笑みがこぼれる。
さて、そろそろ帰ろうか、そう思い会計の前に立つ。
「お客様の会計、五千円でございます!」
またも、ふっと笑みがこぼれた。
あの小娘ぇぇ!!!!!!
閲覧ありがとうございました。
次回の更新は12月4日を予定しています