【第三節】real bay matching
言わずもがな…あっ(察し)
それが最後だとか、これで終わりだとか。
そんな御託を並べるのは俺としてはとても滑稽で仕方がない。
今あることを今終わらせる。そんな朝飯の後のヨーグルトのように当たり前の事をどうして俺はこれだけ怖がっているのだろうか?
「紹介が遅れたわね、私の名前は夜桜黒羽…なんて、クラスメイトだから知っているでしょうけど、貴方、思っている以上に無知みたいだから、一応」
彼女は俺を長らく引っ張り終えると、上がった息を殺すように告げる。
「はぁ…ご親切にどうも」
俺がそう答えると、彼女は声を荒くして首を傾ける。
「貴方、スタミナはあるのね…はぁ…」
どうも彼女は疲れているらしい。俺としてはそこまで長い距離を走った気などないのだが…
「じゃ、bayに乗り込んで。始めましょ」
そう言うと、彼女は後方に構えられたbayに向かって歩を進める。細く凛とした足で地を蹴ると、ザッと土煙が上がる。
場所はフィールド_RBM専用の特設訓練場だ。フィーノ連合国には学生の訓練用として約二十個が整備されている。フィールド一つの大きさがおよそ五十㎡、全体で国の面積の十分の一を占めている。それだけ積極的に軍事行動をしているわけではなく。唯空き地の活用場所と成り果てているわけだが。
周囲には、微かに爆発音が響いていた。他のところでは既に戦いが始まっているという事だろうか?
これが最後、最後か…
俺の戦闘手段の一部であるこのbay、俺はうまく乗りこなせているわけではない。余裕などない、ただ単に下手なだけだ。
後方を振り返ると、夜桜のbayの乗り込み口が煙を上げて閉まったようだった。如何やら準備ができたらしい。俺は歩いてbayの元へと歩を重ねる。
いつもは怠惰に過ごしていたが、今回ばかりは少し緊張した。
最後_この言葉はどうも俺の心に響く。
俺は走りながら拳を握り締め、何かの罪悪感を必死に押し殺した。
✤✤✤
「母さん…三日後、誕生日…だったよね?」
「…」
「僕、二日後に戦争に出るんだ…それもね、最前線なんだ!フィーノ連合国なんて僕だけの手で倒せるさ、安心して」
「…」
「戦争は長引くっていうけど、急いで、急いで、急いだら、なんとか誕生日前に手に入れれると思うんだ。だから、なんとか岩石使って母さんの病気を…」
「…」
「今日、ザク元帥と初めて会ったんだ。けど、思ってたよりいい人じゃなかった。だって、母さんの事助からないって言うんだもん」
「…」
「助かるよね?」
「…」
「…」
俺は白いベットの上で横たわる母さんを見つめて話しかける。
無駄じゃない。無駄なんかじゃない。助かる、助かるんだ。だって、息しているんだから。
母さんの口元からは、薄く掠れた呼吸音が聞こえている。その姿は生きているとしか思えない。いや、思いたい。
自身でもうすうす気づいている。でも、認めたくない。認めさせたくなかった。
俺はぐっと下唇を思いっきり噛んだ。どくどくと血が垂れて、母さんの頬に落ちた。
「あ、一樹君?毎日毎日偉いわね~」
俺の後方から女性の声が響いた。一瞬驚いて母さんの頬に付いた赤い血を袖で拭いとる。
「あずねぇ…?」
「そ、お姉ちゃんだよ~」
俺は安堵したのか、弱弱しい溜息を吐いてしまう。
梓姉の手に抱えられた医療器具を横目に見ると、少し胸が締め付けられるように痛くなる。
「それ、母さんに…使うの?」
「そうだよ」
「ね、母さんは助かるのか、な?」
返事は怖かった。
脈打つ心臓と、張り詰めた空気に肌が吸い尽くされていくようだった。
「助かるよ…絶対助かる。私が助けてあげる」
「___!!?」
俺は若干瞳が潤んできた事を隠すように、その場を去った。
彼女は言った。助かると、助けてあげると。それは何処か今の自分に言われているような気もした。
安心してしまった。でも、それでいいのかもしれない。
それがみんなのおねえちゃんとして振舞っていたとしても。
✤✤✤
【あんた、本当に弱いのね】
脳内に直接、そんな声が聞こえた。bayの操作中は会話ができるらしい。が、夜桜に比べ、俺は余裕がなく、会話する余地などない。
それほどまでに俺が弱かった。
ガンッ_!!ガンッ!!
俺は剣を握ると、盾のように眼前に携え、夜桜のbayから繰り出される銃弾を只々必死に弾き飛ばしていた。
bayにおいて、アタッカーは接近型。遠距離型である夜桜のガンナーに対しては、有効的なはずだ。
少しの被弾は覚悟しても、距離を縮めさえすれば、簡単に仕留められる。そのはずなのに…
基本、bay搭乗時は、bayそのものが己となる。つまり、身長も、体重も、視界も、力も、そのbayに左右される。
これは、言い換えると、戦い方さえわかるのなら、元の能力など関係がない、と言う事。
戦い方…戦い方だ。
この戦いにおいて重要なのは、最短距離で敵の懐に入るということ、どうすればいいのか…
数々の授業をボイコットしてきた俺にとって、戦術の型などは分からない。そんな俺でも、正攻法では、絶対にこの状況は打開できないことはわかった。
少しの被弾なら、とも思ったが、なぜだろう、今になって銃弾の数が増してきている様だった。
【被弾覚悟の突進_しても無駄よ。私はまだメインを抜いていないもの】
___!!?
なるほど、奥の手は隠してるって事か。
夜桜は案外戦闘慣れしている。こうやって、相手の手を読んでいるところは本当に素晴らしい。
でも、お陰で分かった。
ガシュッッ___!!
【は…?ちょっと、ありえな…まっ、きゃっ!!】
俺の手から投げられた剣は、回転しながら、夜桜の懐に飛びこんでいった。いきなりの事で動揺したのか、身をよじるも、右肩にぶつかる。
普通じゃ勝てない。なら、狡猾に、残忍に、あくどい方法で戦うまでだ。
【させない!】
夜桜は接近する俺の足元を狙って、左手のサブの銃を発射する。
遅い!ここだっ!
俺は二十メートル先の夜桜に向かって跳躍した。寸前に打ち上げられた剣をかろうじて掴むと、そのまま振り下ろす。
「ああああ!!」
ガキンッッッッ!!!!!
【動揺した私をみて安堵した芋虫は、此処しかない、と全力で突進してくる。足元をハンドガンで撃つと、いい場所に浮遊した剣をみて、跳躍しようとする。右肩を痛めているを思い込んだ芋虫は、飛んでくると思った左側に剣を振り下ろす…と、言ったところかしら】
「なるほど…やっぱり伊達じゃないな、国内bay操縦者、二位_夜桜黒羽」
剣は無残にも、地に突き刺さっていた。只々地を見つめる俺の左耳には、夜桜のメイン武器である重火器が構えられていた。
【芋虫も、唯弱いってわけではないみたいね、案外強いじゃない】
それがお世辞だという事にはすぐに気づいた。
夜桜はその場所から一歩も移動していないのだから…
「はぁ…これは完敗だ。これじゃお前のモチベーションを上げただけだな」
【遊びにはなったわよ】
それ、フォローじゃないから!貶してるから!
俺はそんな毒舌女を見ては、そっと呟く。
「五感切断」
最後のRBMは終わりを迎えた。
兵役義務開始まで後二日。
閲覧ありがとうございます!
次回は11月27日投稿予定です。
戦闘描写はこの話では軽く触れる程度で終わります…