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6……sechs(ゼクス)

 ディーデリヒがアストリットと話をしているのを横目に、カシミールはフレデリックを引きずりながら父の執務室の扉を開ける。


「父上!」


 苦手な書類作業をしていた父エルンストは、顔色を変えた長男と、眉を寄せる次男を見る。


「どうした?」

「父上。フレデリックが客人の……ディーデリヒの連れてきた動物達の元に乗り込み、剣や素手で次々に手をかけました!」

「何だって!」


 エルンストは隣の領の状況を知っている。

 それに困っているディーデリヒのことも……昔は行き来があったが、ディーデリヒの母の死後、ギクシャクしている本当の理由も……。


「何てことをしたんだ! フレデリック! ディーデリヒは家族同然の客人! 客人の連れてきたペットは、ちゃんともてなすようにと昨日あれ程言っただろう?」

「Ein Kaninchenカニーンヒェン……うさぎとかHuhnフーン……鶏とかいたので、猟の時の足りない為の予備かと」

「言い訳をするな! まず、あそこに立ち入るなと私が命じただろう!」


 普段温厚なエルンストも、ふてぶてしい次男に叱りつける。


「お前はいつもそうだ! 私は知っているんだよ? アストリットに難癖をつけて、暴力を振るったね?」

「あいつが言うことを聞かなかったからだ!」

「ふーん……お前の手下に、もてあそばせようとしたらしいね……」


 父親の言葉に怖気付くが、すぐに、


「15にもなって、ここに居座るからだ! 早く嫁に出せばいい! 行き遅れ女!」

「行き遅れだと! 日々懸命にこの砦を良くしようとしている妹を、そんな風に言うのか! なら、17にもなってここに居座るお前も同じ。いや、アストリットはエリーザベトと共に、この城を守ってきた。城のことを覚え、勉強をし、自分が結婚する時まで努力していた。男と女の仕事は基本的に違う。お前はアストリットをバカにしている」


エルンストは次男を睨みつける。


「……中央に送る者を決めた。恥さらしでも何でもないが、フレデリック、お前が行きなさい。そして、もう二度とこの地を踏むな。アストリットに近づくな! この愚息が!」

「何で! 兄貴が中央に!」

「何故? カシミールは私の片腕として……ついでに、隣の領のディーデリヒ殿と親友。これからも隣とはうまくやって行きたいからね。誰か。フレデリックに支度をさせなさい」

「はい、私が送り出します」


 カシミールが手をあげる。


「父上。多分、ディーデリヒとアストリットが一緒です」

「解った。謝罪してこよう。フレデリック、今生の別れだ」

「何で! 親父は、お袋と同じ顔ってだけで、兄貴やあいつを可愛がる! 贔屓じゃねぇか!」

「顔だけで贔屓をしたつもりはない」


 怒鳴り散らす息子が出ていくのを見送り、ため息をついたのだった。

 そしてすぐに、


「ディーデリヒに謝罪を……謝って済む問題じゃないけれど……」


歩きながらため息をつく。


「フレデリックは、何故あのように育ったんだ。アストリットは本当にいい子で、カシミールもクセはあるけれど、賢い子に育ったのに……分け隔てなく育てたつもりだったのに……」


と遠ざかっていった。




 カシミールは数名の侍従と共に、弟の身支度を見守る。

 持ち出せるのは、旅の為に必要な身の回りのものと武器と防具のみ。


「支度を終えたかい?」

「これを待っていたんだな? クソ兄貴!」

「クズ弟がよく言うよ。はい。大金だけど、渡しておくよ」


 皮袋を投げる。

 その中身は、まどかが渡されたものと同じテーラー銀貨……しかし、枚数は少なく10枚。


「これだけかよ!」

「ん? これだけでもあげたんだけど、いらないなら返せ」


 渋々フレデリックは懐に収める。


「この領を出るまでは監視がつく。出てからは自由だ。でも、このディーツの名を名乗るな! 二度と! 去れ!」

「はっ! 去ってやるさ。そして、中央で権力を握って、兄貴……この家を潰してやるとも!」

「そう簡単にいくものか。すでに隣の領にはお前を受け入れるなと書状を送っておいた。隣と繋がっていたのはバレバレだ。他の領にも受け入れるなとこの辺りの主要な領地、中央にも使いを送っている。そう簡単にいくと思うなよ」


 兄の一言に目を見開く。

 にっこりと微笑むと、


「では、去れ。二度と顔を見せるな。連れて行け」


周囲に命じる。

 何やら文句をいう声はしたが、無視する。

 遠ざかるのを確認し、来ていたメイドに、


「この部屋のものを処分しろ。綺麗にし、ディーデリヒの部屋にする。金目の物は宝物庫に戻すが、その他の物は皆で分けるか、余れば村に寄付を。このことはアストリットが詳しい。頼んだぞ」

「はい」


そう言い残し、去っていった。




 エルンストはディーデリヒに使いなさいと伝えた訓練場の一角に近づくと、彼と自分の娘が何やら話しているのが見えた。

 しかも、端正なディーデリヒの頭には凶暴なはずのGrün(グリューンDracheドラッヘが、アストリットの腕にはBlauブラウDracheが抱かれている。


「ディーデリヒ殿、アストリット!」

「エルンスト様」

「お父様」


 二人は振り返る。

 二人の前のテーブルには、二羽の息絶えた鶏が置かれている。


「この……フレデリックがしたんだね……申し訳ない!」


 ディーデリヒを見、頭を下げる。


「他の君の家族は? 無事かい?」


 ディーデリヒは、ちらっとアストリットを見ると答える。


「実は、アスティ……アストリット姫が、このBlauDracheのラウと回復の魔法を使って、助けてくれました」

「アストリットが?」


 娘を見る。

 娘は確か多少なりとも魔法の力を持っていたが、それを使うのを怖がり勉強していなかったはずである。


「あの……お父様。ラウとリューンとお話ができるようになって……死にかかっているみんなを助けてあげたいって思ったら、この子達以外は助かったのです……」

「……でも、本当に……愚息が申し訳ない……私が、甘やかしてしまったのだろうか……」

「エルンスト様……ありがとうございます。あの……この、二羽を料理に使って下さい。そのまま埋めても、他の生き物に食べられる……私達のお腹を満たしてこそです」

「だが……」

「下処理をしますね」


 ディーデリヒは微笑む。

 何とか笑みを浮かべていると言いたげである。

 無理な笑みを心配そうにアストリットは見上げ、


「あの、私が料理を作ります。それと、ディさま。お願いがあるのですが……」

「何だい?」

「お辛いと思いますが、あの、羽根を頂けませんか?」

「飾りに使うのか?」

「いいえ、布団を作ろうかと……本当はGansガンス……ガチョウ……とHausenteハオスエンテ……アヒル……のがいいと思いますが、二羽の命をありがたいと思って……」


恐る恐るお願いする。


「でも、汚れているが……」

「洗って、乾かすと膨らむので、作ってみようかと。命を捨てるのはこの子達にも可哀想です。今まで溜めている他の鳥の羽を合わせて作ろうと思います」

「分かった……」

「お父様。ディナーの時間が近いですわ。お母様の所に向かわれて下さいませ。私はお手伝いをします」

「頼んだよ。アストリット」


 エルンストは気遣わしげに様子を見て戻っていった。


「では、行きましょうか……ご案内します」


 鶏を手にしてさばく場所に移動する。

 そこで血抜きをしながらさばいていくのだが、まずは羽をむしり、アストリットの用意した袋に入れていく。

 そして、一気に血が回らないように血管を触らないようにさばき、内臓を取り、部位を分けていく。

 ディーデリヒは可愛がってきた鶏が肉塊になるのを、寂しげに見ながらも慣れた手つきでさばく。


『ねぇねぇ。ディーデリヒ。リューン食べる』


「駄目。リューンは食べるな」

「晩御飯に作りましょうか……? それに、ディさま、手をよく洗って下さいね」

「アスティは?」

「羽を清めて膨らませようと思います。ラウちゃんに手伝って貰おうかと思います。ディナーに行って下さい。ラウちゃんよろしくね?」


『がんばゆっ』


 えっへん。

 

胸を張るラウに苦笑する。


「じゃぁ、手を洗って先に行ってくる」

「行ってらっしゃい」


見送る。

と、台所にカシミールが姿を見せる。


「ディ。アスティもいたね」

「カーシュ」

「ディと行くから、アスティは後でおいで。着替えもね」

「はい」


見送ると、


「ラウちゃん。お手伝いしてくれる?」


『何? アストリット』


「この布の袋の中の毛を清めたいの。洗濯をすると羽が潰れてしまうから、空気を回して膨らませながら綺麗になぁれってしたいの。できないかしら」


『うーん、綺麗になぁれ……うん、分かった』


コクンと頷く。


「じゃぁ、庭で……」


『綺麗になぁれ』


 出て行こうとしたアストリットの手の中で、魔法がはじける。

 慌てて袋を開けると、血などの匂いが消えたふわふわの毛が現れる。


「……まぁ! 凄いわ。ふわふわだし、綺麗になってる。匂いもしないわ。ありがとう。ラウちゃん。お利口ね」


『お利口』


綺麗なふわふわの羽が潰れないように、部屋に持って帰ったアストリットはドレスを着替え、そして思いついたように、


「はい、ラウちゃん。青いからピンクのリボンが似合うと思うの」


首にリボンを結ぶ。


『りぼん?』


「えぇ、私の髪にもよく結ぶのよ。今日はお揃いね」


示すと、アストリットと自分のリボンを確認し、


『一緒。嬉しい』


「私もよ。そうだ。リューンちゃんにも赤がいいかしら? それとも淡いクリーム色……」


『ディーデリヒと一緒?』


「そうねぇ……ディさまは緑かしら……赤だときついわね……色違いにしましょう」


お揃いの刺繍入りの色違いを準備し、兄には濃いブルーのリボンを選ぶと、部屋を出て行ったのだった。

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