68……acht und sechzig(アハトウントゼヒツィヒ)……兄弟
点滴をして貰いつつ、すやすや眠ってしまった瞬に、
「やっぱり疲れたんやなぁ……」
と、タオルケットと毛布をかける。
「兄ちゃんは寝たか?」
「……起きとる」
「あはは、まぁ、隣の部屋で、姉ちゃんや愛来が元気やなぁ」
「あぁぁ……じいちゃん、ばあちゃん……後で謝らな……」
「あんまり気にするなよ」
祐也に祐次は笑いかける。
「それに、兄ちゃんは少し休め。さっき届いたんやけど、検査結果ちょっと悪かったわ」
「はっ? どこが……」
「メニエール病かと思ったけど前庭神経炎や。難聴が起こっとったらメニエールやけど、兄ちゃん耳の検査異常なし。で、詳しくゴーグルみたいなので確認したやろ? で、出た結果が前庭神経炎。強烈な目眩に吐き気。発症してそんなに経っとらんけん、ステロイドで治す。それと、吐き気どめ、めまいどめを処方するんと、これは言う。飲んでないんやろ? 抗不安薬」
「……っ!……」
「辞めたらいかんって言うたやろ? 昔と違って、きつい副作用もない。不眠症もあるのに、何で飲まんのや。主治医として命令。今日から処方する薬は、絶対に全部飲むこと。ええな?」
厳しい口調でいい置いた後、兄に苦笑いすると、
「じゃぁ、兄貴。薬処方してくるけん。休んどり」
と部屋を出て行った。
するとしばらくして、入ってきたのは、紀良である。
不安げと言うより心配そうに娘と祐也を見る。
「大丈夫? 清水さん……」
祐也は温厚な異母兄に微笑む。
「祐也で良いですよ。俺には、一平兄貴がいます」
「うん……知ってる」
頷く紀良は少し残念そうだったが、祐也は吹き出すのを堪え、
「紀良さんは兄貴より兄さんって感じです。紀良兄さんって呼んで良いですか?」
「えっ! 良いの?」
「はい。俺のことは祐也と。さっき俺と瞬ちゃんを診察したのは、俺の異父弟になる不知火祐次です」
「えっ? 不知火って、あの、不知に火と書く……」
「祐次の父は寛爾父さんです。元々、オーストラリアから帰国したら、実母夫婦に引き取られるはずだったんですよ。でも、俺が、オーストラリアの家で虐待を受けてて、逃げ出して、ヒッチハイクしながら、西オーストラリア州のパースの近くまで行ってたんです。母の兄……の元に養子に行きました。丁度俺が見つかった時、この後来ると思いますが妊娠していた母が切迫早産で、もう少しで祐次が死ぬところでした」
紀良は無意識に弟の頭を撫でる。
「入院中の母と、丁度寛爾父さんはオリンピックの強化選手でもあったので、俺は叔父夫婦に引き取られ育ちました。俺は日本語をほとんど喋れなかったので、両親や兄妹に教わって……兄さん。俺は、今の人生を後悔しない。後悔してない……ただ一つ後悔してるのは、精神的にもろい自分が歯がゆい……もっと強くありたい。もっと優しくありたい……大切な家族を守れる父でありたい……」
「祐也……祐也?」
「なあに?」
「祐也は頑張りすぎだよ。私から見て、祐也は本当に優しく強く、家族を愛する男だよ。泣かないで、祐也」
紀良はハンカチで弟の涙を拭う。
「祐也の家族は、完璧な夫や父親や息子を求めてないよ。私もそう。瞬に優しく声をかけてくれて、笑っている二人を見て嬉しかった。祐也はもっと肩の力抜くと良い。でも、薬は楽になるまで……飲むこと。元気になったら、私とお酒はどうかな?」
その言葉に、祐也は笑う。
「えぇ。兄さん。一緒に飲みましょう」
「でも、元気になってからだよ」
「はい」
兄弟の笑い声に、隣室で様子を伺っていた由良が微笑んだのだった。




