66……sechs und sechzig(ゼクスウントゼヒツィヒ)
身体が揺れ、瞬は目を開ける。
すると、雅臣に抱っこされたまま、車を降りている。
「あっ!」
「大丈夫だよ。それに、この辺りは車椅子危ないからね」
雅臣は歩き出す。
瞬は周囲を見回すと、
「わぁ……空が近い〜! 綺麗な空気、緑が綺麗!」
「そうでしょ? ほら、あの下の家が那岐の実家。そして、この大きな家が運転していた醍醐さんの家」
「わぁ……」
「蔵を挟んだ隣は、祐也兄さんの家。で、その向こう……ちょっと遠いかな? あの古民家風の三軒のお宅が、祐次の奥さんの観月ちゃんの実家。祐次の家は、那岐の実家とこの家の間のそこ」
雅臣は、先に上がっている皆を追いかける。
ちなみに、祐次はフラフラしている祐也を担いで上がった。
祐也は無駄な肉はないが大柄であるものの、祐次はスポーツをしつつ医師を兼務している為、ちょうどええトレーニングやと言いながら上がって行ったらしい。
「ようきたねぇ」
ニコニコと笑いながら現れた、黒髪の割烹着の似合う美人の女性に、頭を下げる。
「初めまして。結城瞬と申します。突然お邪魔しまして申し訳ありません。どうぞよろしくお願い致します」
「まぁ、賢いし優しいお嬢さんやね……初めまして。うちは清水風遊申します。よろしくお願いします。瞬ちゃん」
「瞬ちゃん。風遊さんは、あの醍醐さんの奥さん。ヴィヴィの友人で、日本でも有名なテディベア作家だよ」
「あ、あの有名なハンドメイドブランド『ヴィヴィ&フユ』の? この子も?」
腕に抱っこしていたテディベアを見せる。
「あぁ。うちが作ったんよ。ヴィヴィが今回はデザインしたんよ。その子の新しいお母さんやね〜。仲良しさんやね〜」
「えと、えへへ、青いお目目くりくりで可愛いので、ラウちゃんってつけました。ドイツ語のブラウからです」
「あぁ、『青』やね。可愛い名前やわ。で、その子は? 愛来の子よなぁ?」
「え、えーと……」
もじもじとしながら、
「臣さんが贈ってくれたのです。なので、臣さんって呼んでいます」
「俺も、同じ子を瞬ちゃんってつけてる」
「うふふ、仲良しやねぇ……あぁ、瞬ちゃんの家族は皆、なっちゃんの家に案内したんよ。瞬ちゃんはどうするかね? 祐也くんのところに泊まるかね? うちの家は女の子ばかりでうるさいんよ……それに両親がおるけんね〜」
「あ、麒一郎おじいさんと、はるみおばあさんはお元気ですか?」
その言葉に、くすくす笑う。
「ひ孫に玄孫まで生まれて、本当にご機嫌やわ。臣くんにも会いたがっとるよ。一回会いに行くかね?」
「あ、はい。瞬ちゃんも大丈夫?」
「はい」
この周囲で一番大きく古い建物は、後で聞くと梁や建ててある大黒柱などは、120年余り前に建てたもので、壁や屋根などは改装したものの、ほとんど大きなそれらには手をつけていない。
その梁は、昔は囲炉裏を用いられていた為、燻され真っ黒だが、瞬が両手で抱えきれない巨大なものである。
「すごい……わぁ……あの映画のセットじゃなくて、本物の梁だったんですね」
「そうで〜」
白髪だがかくしゃくとした、しかも半袖シャツにステテコ腹巻きの老人が、麦わら帽子を釘にかけて、
「ばあさん、風遊、お茶、くれんか〜?」
「はいはい。雅臣もお嬢ちゃんもようおいでたなぁ」
お茶とお菓子を台所から持って出てきたはるみと言うおばあさんは、風遊によく似ていて白髪はあるが笑いジワしかなく、田畑の作業着らしいスモッグ姿で朗らかに笑う。
瞬は笑うと、
「初めまして。結城瞬です。高校一年生です。よろしくお願いします」
「ようおいでたなぁ。瞬ちゃんかね。ええ名前やねぇ」
「えと、麒一郎おじいさんとはるみおばあさん」
「あはは、じいちゃんばあちゃんでかまんぞ。さっき、瞬ちゃんの家族にも言うとったわ。それにしても、本当にお人形さんみたいやなぁ。かいらしいわ。あぁ、お茶とお菓子お食べや」
麒一郎はお茶を飲む。
「麦茶やけどなぁ。よう冷えとるやろ?」
「はい」
「この水はなぁ、この奥に小川があって、そこから引いとるんよ。年中温度は変わらんけど、冷たいで。顔を洗ってみたらええわい」
「裏に川があるんですか?」
「そうやで。ここは水道が通らんけん、小川からひきよるんよ。途中のタンクに溜めてな」
雅臣に飲ませて貰っていた瞬はびっくりする。
「でも、美味しいですね。水道のお水より柔らかいです」
「やろ? 冷たい水に麦茶を入れて、沸かさずにそのままよ。で、冷やす為にこのまま外の水に浸けとるわい」
「外の水?」
「ここに登ってきた時、小さい小屋があったでしょ? そこは水洗い場になってて、畑でとった大根とか野菜とか洗ったり、手を洗ったりするんだよ。冷蔵庫にあの大きなやかんは入らないからね」
お菓子も一口大に切り、食べさせる。
「仲良しやなぁ」
「あ、怪我をしてしまったので……雅臣さんや皆さんに……」
「かまんかまん。瞬ちゃんはええ子や。甘えたらええ」
母の横で並んで座る風遊はお菓子を手にする。
すると、障子がガラッと開き、
「ママぁ〜! おじいちゃん、おばあちゃん! どうしよう! ゆーやがぁ! ゆーやがぁ〜!」
「こらこら、蛍。祐次が落ち着けって言ったやろ?」
「うわーん! だって〜だってぇぇ……祐也が……」
ボロ泣き美少女を慰める醍醐。
「落ち着きや……疲れたんやろ」
「蛍さん。大丈夫ですよ」
「ふえぇぇ……ゆーやが死んだら、うち、生きてけないよぉ〜」
「だから死んでないって。薬飲んで寝てただけだよ」
こちらもボロ泣きの、蛍に瓜二つの少女を抱き上げた祐也が姿を見せる。
「ほら、蛍」
「ゆーやぁぁ!」
開いた腕で、蛍を抱き上げ、
「全く……蛍も愛来も泣き止まないんだからな……」
「……私より、お義父さんの方が好きってはっきり言われました」
放置されていたらしい風早は、少々落ち込んだように呟いた。
「蛍も愛来も変わらんねぇ……祐也くんもここでお茶でも飲みなさいや。家ではいかんやろ」
風遊はお茶を差し出すと、
「お母さん、ありがとうございます。ほら、蛍、愛来」
二人を下ろし、そしてお茶を飲むとため息をつく。
「じいちゃん、ばあちゃん、お母さん……一応、うちの兄貴とヴィヴィが養子に迎えた昶は異母弟なんやけど……この瞬ちゃんのお父さんの紀良さんも、異母兄なんやって。紀良さんは良い人なん分かるんやけど、ごめんなぁ……俺……」
頭を抱えると、急に早口で英語かフランス語か何かを呟くと、そのままバタッと気絶する。
「ゆーやぁぁ!」
「パパァ!」
瓜二つの美少女……瞬の姉達より双子っぽい。
「風早。祐次呼んでこい」
「はい、じいちゃん」
スリッパ……この地域ではツッカケと言う……を履くと出て行く。
「醍醐。隣に、布団敷いて」
「は、はい!」
醍醐は慌てて布団を敷く。
そして祐也の肩を回し、雅臣と二人で連れて行って寝かせてくる。
すぐにやってきた祐次は風早と診察をすると、
「原因不明と言うかストレス性や精神的になると思うけど、めまいと頭痛、吐き気。それと過労やな。兄ちゃん、疲れとかに鈍いけん」
「起きな……」
「アホ! 兄ちゃん。ここで最低三日は寝とき。やないと、本院に転院で数ヶ月入院検査やで」
「いやや!」
「ほんなら、ここで2時間点滴や。あぁ、瞬ちゃんも疲れたし、手が痛かろ? おじさんの横で点滴や」
風遊に布団を敷いてもらい祐也の布団の横の布団になった瞬は、点滴をして貰うと、そのままくぅくぅと眠ってしまったのだった。




