61……ein und sechzig(アインウントゼヒツィヒ)
雅臣は、祐也を追いかけようか迷ったが、兄の手招きに部屋に入る。
「臣ちゃん。久しぶり〜。何か老けた? 大丈夫?」
姉の特大のアッパーカットに、内心よろめきそうになるが、
「姉さん……一応、人前で言わないで下さい。最近仕事が忙しいんですよ。あのゲームのイベントもあるし、新しく映画の吹き替えに、ウェイン兄さんのドラマの吹き替えとかアニメとか」
「アニメ?」
落ち込む紀良の横の女性に、雅臣は頭を下げる。
「あ、申し訳ありません。私は、声優の丹生雅臣、本名は一条雅臣と申します。こちらの二人の弟で、後輩声優の一条那岐は二人の息子なので、甥に当たります」
「まぁ! あの、瞬の大好きな声優さんの? 初めまして。私は、結城由良。瞬達の祖母で、この紀良の母です。私は国内と海外にアンティークショップを経営しているの。この子が小さい頃からほとんど海外に住んでいたのよ。この子も大学卒業まではほとんど海外育ちね」
「そ、そうだったんですか……」
快活で、風遊とも別の意味で年齢未詳の女性は、続けて爆弾投下する。
「余り言いたくないんだけど、中原和志って知ってるかしら? 瞬や睛たちは生まれてないのだけど、父親が議員してた……」
「あ、あぁ……イングランドで祐也殴ったり、祐也虐待したり、祐也の実母の愛さんにDV問題起こした馬鹿ですよね」
「そうね。その愛さんも辛かったでしょうね。それに祐也さんも、聞いた時には情けなくて涙が出たわ。それに、あんなテレビとか多いところで、祐也さんを殴るなんて馬鹿どころかクズね。まぁ、学生時代私は、あの男があんな奴とは思ってなかったから、付き合ってこの子ができたの。で、結婚しようと思ったらのらりくらりするから殴り飛ばして、縁を切ったのよね。遊びたかったのね。あいつは。で、ちくってやるって父親の所に乗り込んでやろうと思ったら、慌てて手切金を持ってきたから、受け取って別れたのよ。で、私は元々親族いなかったからね、留学して、そこに住むようになってこの子生んだの」
日向と雅臣は絶句し、糺は、
「カッコいい! お姉さま!」
と目をキラキラさせる。
「この子が大学院を日本でって留学したのよ。で、私は肩の荷が降りたって思って、それまでは普通に働いていたけど、アンティークショップを始めようと思ったの。ふふふっ、勉強しておいてよかったわ。それに目利きのパートナーもいるし」
「お母さん。お願いですから、ちゃんとひと所にいて下さい。最低でもインターネットが繋がる所に!」
「あらぁ、良いじゃない。最近は、俳優のガヴェイン・ルーサー・ウェインの領地の屋敷にいるのよ。彼の奥さんとお母様と友達なの。お母様は白魔女で、様々なハーブを用いて暮らしているわ。妹さん達もいたのだけれど、結婚しているって」
「……えーと、ウェインの奥さんは、さっきの一平さんの妹です」
「そうらしいわね。毎日ウォーミングアップして、日々弓道の練習をしている姿は、美しい……日本の女神を見ているようだったわ」
由良は微笑む。
「それに、ガヴェイン卿とお父様のガラハッド卿は、奥様でお母様の実家の処分を考えていて、そこに今度アンティークな品々がないか入る予定なの。日向さんはあの屋敷、ご存知かしら?」
「……はい。私と祐也、ウェインに紅、ガラハッドおじさん達が入りました。穐斗が連れ去られたので。でも、あんな事になるとは思いませんでした」
日向は目を伏せる。
「多分、あの屋敷には、歴史もありますし、いわくのあるものもあるのだと思います。処分も必要だと。……私や祐也が行くことができない分、代わりに行ってくれて助かります」
「あの場所には結構アンティークが多そうなのよね。奥様も本当は実家をどうすれば良いかと悩んでいたの。あの次男の方がいれば継がせるつもりだったそうよ。ガヴェイン卿もガラハッド卿も領地とロンドンを行き来するわけでしょう? 人が住まなくなると、ボロボロになるし……でもあの辺りは本当に美しいから、私が屋敷を買い取りは無理でも、借りられないかしらと思っているのよ」
「か、借りてどうするんですか! 母さん。何かあったら……」
「大丈夫よ。モルガーナに聞くと、血が濃い人じゃないと見えないのですって。それと、モルガーナの特に姉妹、親族の女の子は狙われやすいけれど、孫娘には近づけないようにしているらしいわ。でも、モルガーナより狙われやすいのが、穐斗さんの妹さんの蛍さんのお子さん達だそうよ。かなり悩まされているらしいの」
由良は眉を寄せる。
「確か、祐也さんのお子さん、女の子が特に危険だったって聞いたわ。最近も悩まされているって伺ったわ」
「……まぁ、息子の嫁はよく変わったものに狙われてましたからね……」
「本当に大変だわ……ところで、糺さんは……」
日向と雅臣が振り返ると、持ってきていたらしいノートに何かを書きなぐっている。
「すぅ?」
「調べないと。今度こそ私も行くわ!」
「駄目だって」
「姉さん、やめて。方向音痴でしょう?」
二人は止めるが、目を伏せる。
「もう、24年前になるのよ。穐ちゃんに会いたいわ……穐ちゃんを取り戻したいの。もう終わりにしたいの」
「だが……」
「前を向きたいのよ! 悲しみを解き放ちたいの。それに、瞬ちゃんが行方不明になったのは、もしかしたら、祐也くんの姪だから悪戯された可能性だってあるわ。昶くんだったかしら? あの子も偶然でなんてあり得る?」
「……!」
「だから、行きたいの」
糺の言葉に、日向は首を振る。
「駄目だ! すぅ。もうすぐ締め切りが二つあるんだ。俺が手伝いできるものならするが、それは無理だ。お前の小説はお前にしか書けない。代わりに誰かに行って貰え」
「あのぉ……」
扉が透かされ、ひょこっと顔を覗かせるのは、
「あ、瞳ちゃん!」
「おばあちゃん、久しぶり! そして、初めまして。結城瞳です。睛の双子の姉です」
「あ、結城瞳さんだね。那岐の父の日向と妻の糺です」
妻は自分の世界に入ってしまったので、日向は立ち上がり頭を下げる。
「あの……今聞こえたの、父さん。私もおばあちゃんと行って良い? 見てみたいの」
「はぁ? 何言ってるんだ! お前は睛と違って、出席日数ギリギリじゃないのか?」
「遊びに行くんじゃないわよ。見てみたいのって言ったでしょ? イギリスのあの映画の真実を見たい。知りたい。もうすぐ大学が夏季休暇だもの。おばあちゃん。イギリスのサマースクールと言うか短期留学できないかしら」
「留学? 睛ちゃんも行く?」
「えっ……えっと、実は、私は小説を投稿しているの。今度、出版社の方と会う事になってて……ごめんなさい」
睛は申し訳なさそうに小さくなる。
「じゃぁ、留学って事にして行く。とても見てみたかったんだもの」
「瞳!」
「許してあげなさいな。私たちも細心の注意を払うから」
由良は息子を嗜めたのだった。




