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55……fünf und fünfzig(フュンフウントフュンフツィヒ)……未来へ歩む

 翌日、消毒の為に包帯を解き、見た手のひらの傷跡に、まどかはショックを受けボロボロと涙を溢れさせる。

 傷は多く、それのほとんどを縫い、血の跡もある。

 指を動かそうとしたが、主治医に制止される。


「痛むからやめようね。それに傷口が塞がってないからね。消毒して、またガーゼをして、包帯を巻いて、休むといいよ」

「で、でも……」

「本も読めないでしょう? それに、ゲームも無理。出来るなら、DVDを見るとかかな?」

「あ、そうだ。一昨日のイベントの加工なしの映像、持ってきたんだ」


 車椅子を引いて診察室まで連れてきてくれたのは、那岐なぎである。


 診察を終え、お礼を言うと病室に帰る。


「臣さん忙しいし、みっちゃん……光流みつるさんは私生活が忙しいから、ごめんねだってさ」

「那岐さんは大丈夫ですか?」

「あぁ、一応。俺、次の仕事、あのゲームの英語版で、同じテオドール役なんだ」

「えっ? 英語版?」

「そう。俺、一応小学校の時から、地元の小学校と、伯父の住むイギリスの学校に交互に通ってて、英語とイタリア語、ドイツ語はある程度できるんだ」


 診察室から帰りながら、話す。


「多分、瞬ちゃんは知ってるけど、ドイツ語と英語は、dとtの発音が逆だったりするよね。他に、男性形、女性形がドイツ語って悩むんだよ。俺は兄貴が医者目指してたから、一緒にドイツ語勉強してて、イタリア語はお袋がオペラ好きで、仕事に煮詰まったら、歌え〜! って注文つけるんだな。定期的に新しいネタ仕入れないといけないから、結構必死なんだ。親父と兄貴は音痴だから、俺が歌うんだけど、段々注文が厳しくなって、最近はカウンターテナーまでやらされる。俺は音楽、本格的に習ってねえってのに」

「カウンターテナーですか? すごい! どんな歌歌うんですか?」

「うーん、『カルメン』の『闘牛士の歌』とか、『椿姫』、『トゥーランドット』。あの、『誰も寝てはならぬ』も歌えるよ。『ジャンニ・スキッキ』の『私のお父さん』は幼なじみが歌うな。『アイーダ』も名曲だ。『トスカ』の『歌に生き、愛に生き』もソプラノの声が素晴らしいよ。あいちゃんは、普通の舞台女優にこだわるけど、あの声ならレッスンしてミュージカルとか、歌のある舞台もいいと思うけどね」

「ミュージカル……」

「そう。ほら『ロミオとジュリエット』の舞台をアメリカに移した『ウエストサイドストーリー』とか『オズの魔法使い』、『サウンドオブミュージック』に『王様と私』とか、こっちの方が入りやすいかな? 『アニー』や『キャッツ』も有名だよね」


 瞬は驚く。

 那岐は知識が幅広い。

 とても賢い人なんだと改めて思う。


「結構、声や言葉遣いってさ、自分のコンプレックスになることもあるんだよ。俺は元々声が大きい方だから驚かれるし、茜はあの姿で京言葉で、お母さんはイギリスの人だけど、ウェールズって分かる? ロンドンから左下に行くんだけど、そっち方面出身で、余り標準語に慣れていないし、兄嫁のお父さんはフランス語に英語、広東語、北京語、スペイン語、ドイツ語だったかな? 分かるけど、英語はイギリス英語じゃなくて、アメリカとオーストラリア英語。フランス語もカナダの方のなんだ。本人曰く、文章は読めるし聞いても理解できるけど、喋るとスラングがきついから通訳に向かない」

「そうなんですか?」

「……俺の親父とウェイン叔父さんが聞いたら、余りにも見た目とのギャップに、もう頼むから訳して紙に書いておくから、そのまま読んでくれと頼んでた」

「私は演技は苦手です。でも、瞳ちゃんはきっと得意!」


 えへへ……


 笑う瞬の頭を撫で、


「じゃぁ、DVDを見よっか?」

「はい! 那岐さんと雅臣まさおみさんと、光流みつるさんの声聞きたいです」

「……うん、臣さんも、瞳さんやせいさんも後で来るから、見てようね」


 那岐は車椅子を押す。




 今現在、何故那岐がここにいるかと言うと、なるべく、瞬を一人にしておきたくない家族が、学校や仕事を交代で休んでと話をしていた時に、那岐が手帳をペラペラめくり、


「あのー、俺、臣さんたちのように忙しくなくて、レッスンがない時間帯や、ここの近所にある武道場で柔道の稽古してるので、時々来ましょうか? 瞬ちゃんのことが心配なのはとてもよく分かるのですが、俺の兄嫁、物凄く病弱で、度々入院していたんです。原因不明の難病だったんですけど、姉妹を家族に預けて付き添う両親を見ていた兄嫁は、とても申し訳ないって思ってたそうです。まぁ、お姉さんたちは学生ですから大丈夫でしょうが、ご両親はお仕事を休んでって言うのも大変じゃないですか? 退院してから、リハビリに付き添うと言ってましたし、そっちに休暇を回したらどうでしょう?」

「でも、一条さんは……」

「あ、那岐でいいですよ。臣さんも本名、一条なんで。俺、一応事務所に所属しているとはいえ、まだそれで生活できない半分無職なんですよね……両親のスネまだかじってますし、臣さんは叔父なんでいつも面倒みてもらって……」

「じゃぁ、お金……」

「いりませんよ。俺、瞬ちゃんや瞳さん、睛さんの友達なので。友達からお金貰えません」


 瞬の頭を撫でる。


「それに、瞬ちゃんみたいな妹欲しかったなぁ……。幼なじみたち、兄嫁以外めちゃくちゃ攻撃的なので。一撃ですよ。本気で」

「えーそうなんだ」

「それに、兄貴以外、近い幼なじみたち皆女の子で、あかねの弟たち位かな? 一番小さいのが、兄嫁の弟の一登かずと。今年三つだ」

「わぁ、可愛いでしょうね」


 三姉妹は仲良くなる。




 すると、今度は睛が、那岐におずおずと紙の束を渡す。


「何?」

「えっと……小説……書いたんだけど、よ、読んで欲しくって、き、厳しい批評でもいいです」

「えっと、うちの両親物書きだから、厳しくてもいい? それに、どこに投稿するつもり?」

「……ライトノベルの……えと、変なのはわかってるけど……」


 しばらく読んだ那岐は、顔を上げると、


「このお話、ライトノベルの賞には向かない小説だよ。ちょっと悪いけど、これ、コピーさせてくれる?」

「あ、うん……」

「俺の親父に頼んでおくから。連絡先と、電話、メルアドをこっちに書いて」

「あ、はい」


素直に書き込み、数日後電話がかかる。


「もしもし。結城睛ゆうきせいさんですか?」

「は、はい」

「初めまして。私は、一条那岐の父、日向ひなたと申します。息子から短編を送られたのですが、これは、貴方が?」

「はい……妹が行方不明になって、周囲の目が怖くなったり、家族も疲れ切り、ギクシャクしていく……ただ、妹が私たちを置き去りにすることはないと信じていればよかったのに……途中で、妹の知り合いの方に連絡をとって、その時に、言っていただいた言葉で救われた……ただそれだけと思われるのでしょうが、私たちには本当に……拙いものですが……」


 たどたどしいが、その時の思いを精一杯説明する。

 すると、


「私の知り合いの出版社の雑誌に、短編を書いてもらえる新人をと、相談を受けたんです。まだ文章は粗いですが、逆に貴方方家族の苦しみが見えます。もしよろしければ、このお話をその出版社に送っても構いませんか?」

「……えっ? わ、私のですか?」

「えぇ。貴方の作品です」


睛は、震える声で、


「あ、ありがとうございます。ど、どうぞよろしくお願いします」


と答え、次に会ったら、那岐にお礼を言おうと思ったのだった。

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