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54……vier und fünfzig(フィーアウントフュンフツィヒ)……針千本と鉗子は同じレベル

 まどかは周囲の声を聞きながら、無意識に笑っていた。




 病院に行くまでに、止血のおかげで血はだいぶ止まったものの、麻酔をしつつ手などの傷を縫って貰いながら、そのちくちくする痛みに、その時は涙が止まらなかった。

 元々楽観的で、負けず嫌いだが、今回は本当に心が折れそうになった。


 両手のひらが傷つき、手首にも傷が出来た。




 ゲームの世界の、雅臣まさおみが声をしていたディーデリヒが振るう剣の方が大きく、きっと斬られたら痛いし、生きていないのは分かる。


 でも何で、戻って来て、余り知らない人から、こんなことをされないといけないのか……。

 しかも、大好きな雅臣が兄の一人と尊敬しているガウェイン・ルーサー・ウェインが贈ってくれたのだと、嬉しそうに教えてくれた腕時計を盗んでいた……雅臣の大切なものを乱暴に扱っているのにカッとした。


 雅臣は、軽く明るく自分の人生を語ってくれるが、今のご両親の元に行くまで大変だったのだと思う。

 雅臣はご両親が本当に大好きで、両親とお兄さん達……家族を愛しているのだと分かる。




 瞬も、両親や双子の姉が大好きだ。

 だから、ゲームの世界の家族も大好きだけど、帰って来たのだ。

 両親や姉達は怒ってるだろうけど、きっと最後には抱きしめてくれる。




 それに、雅臣さんにも会えるかもしれない。

 さっき、少し会えた。

 名前も呼んで貰えた。

 次は笑ってくれるかもしれない。

 それに……。




「……側にいたいなぁ……」


「……ちゃん……瞬ちゃん……」




 優しい声が聞こえる。




「目覚ましの声だけじゃ足りない。一杯一緒がいいなぁ……」




「瞬ちゃん?」




 目が覚めたのか呟く声に、声をかけたのだが、こんこんと眠る瞬の目は開かなかった。

 主治医となった先生も、




「多分今日は起きないと思いますよ」




と言っていたが、両手に固めるように包帯を巻き、そして、上半身は縫わなくても良かったが傷があったのでガーゼが当てられている。




 両手の怪我で、かなりの数の傷を縫っている為、毎日消毒の為包帯を変え、傷が塞がるまでこの状態。

 一応起きてもいいが、転倒防止……よろけた時に壁などに手で支えるのは禁止の為、車椅子移動となっている。


 抜糸の後は、固めておく為、衰えた筋肉を取り戻すリハビリが待っている。

 しかも、筋力……手を握り元のように物を持つのですら、リハビリ中酷く痛みが走るのだ。




 それを聞いた時、家族は泣き、雅臣達は言葉を失った。

 瞬の人生を、あの女は奪ったようなものだ……と。


 しかし、瞬の父、紀良きらは、




「でも……命があって良かったです。行方が分からなかった時よりマシです。私たちも一緒にリハビリをします。大丈夫です」




と言い切った。

 紀良の強さに、雅臣はさすが、瞬の父親だと感心したのだが……。




「あの……目覚ましの声って?」




 雅臣は問いかけると、双子が顔を見合わせる。




「雅臣さんの声よ。あ、睛ちゃん。まーちゃんの人形持ってきた?」


「えぇ。でもいいんじゃない? 起こして貰いましょう、生声で」


「目覚まし……」


「まーちゃん器用なのよ。テディベア作って、服を着せて、録音した声に起こして貰うの。まーちゃん、低血圧だから。ほらみてて」




 デデン!


 せいが取り出したのは、大きめのテディベアに、子供用の着ぐるみロンパース。

 そして、ぽんっと頭を叩くと、雅臣のゲームドラマCDの声などが入っていた。




『もう朝だよ。起きなさい』


「……やーだー……もうちょっと……」


「まーちゃん。まーちゃんの大好きな、雅臣さんがいるよ? 起きなくていいの?」




 睛の言葉に、何度か瞬きをして、目を開ける。




「睛ちゃん〜。どこ? 瞬の目覚まし時計」


「時計じゃないわよ。本人だってば」




 ケラケラ笑うあいに、次第に意識が覚醒し、自分をじっと見守っている存在に気がつく。




「ま、ま、ましゃおみしゃん!」




 どもり詰まり、出てきた言葉が幼児語に、瞬は顔を真っ赤にして絶望的な顔をする。




「大丈夫だよ。傷が酷くて、一応全身麻酔して手術したから、大丈夫?」


「大丈夫です!」




 手をあげようとしたら、両腕が包帯に覆われていて、傷が引きつることに気がつき、息を飲む。




「手術は成功したよ。でも、抜糸までこのままで、その後、筋力が落ちてしまうし、手の動きをゆっくり曲げ伸ばしするリハビリがあるから、無茶はダメだよ?」


「えっ? 退院、まだですか?」


「駄目なんだって」




 あいが、瞬の着替えを仕舞いながら答える。




「まーちゃんの怪我をさせた犯人が、自分は悪くないって言うんだって。それに取材陣とか犯人のファンが家に押し寄せて大変なんだって。ママが、まーちゃんを守らないとって、大丈夫になるまで入院してもいいって言ってた」


「あー、那岐なぎくんが『何なら、俺の実家に避難するか?』だって」




 無表情の睛が、さらっと呼んだ名前に、瞬は唖然とする。




「せ、睛ちゃんが、那岐さんの名前呼んでる……」


「友達だから。瞳ちゃんも呼んでるよ。まーちゃんもそう呼んでって那岐くん言ってた」


「友達?」


「うん、意気投合した〜。あのね。那岐くんや那岐くんの家族って、男の人だけじゃなく女の人も何人か第1種猟銃免許に罠や網の免許持ってて、大型トラクターを公道で走らせることができる特別大型免許に大型トラック免許とか持ってるんだって」




 顔は瞬と瓜二つの睛だが、珍しくワクワクしている。




「今度、猟の様子とか、道具の準備のその映像見せてくれるって! 獲ってさばいているのは、慣れない女の子にあまり見せるもんじゃないからって……優しいよね」


「……まーちゃん。一応あたし、自分のテンション高すぎるの悪いなぁって思ってたけど、睛ちゃんのこのテンションみて、まーちゃんやパパとママに謝らないとって思った」


「何? 酷いよ。いつも、瞳ちゃんのテンション、これじゃない」


「だから言ってるでしょ。ごめんって」




 瞳は答える。




「だから、退院したら、まーちゃんも私たちと那岐くんの実家に行くからね。ほら、丹生さんのお兄さんが、那岐くんのお父さんだから」


「那岐くんの実家の地域にいるお医者さんが、元オリンピック強化選手で、リハビリのプロなんだって」



 瞬は、人見知りで口数の少ない睛が、嬉しそうで驚く。

 15年一緒にいた姉のこのテンションの高さは初めてである。

 本当に楽しいことを見つけたのだろう。




「うん。退院したら、リハビリするね。あの、雅臣さん……お仕事大丈夫ですか?」


「えっと、今日は休み……」


「な訳ないでしょうが!」




 バーン!


 扉を開けたのは、光流みつると那岐である。




「仕事ですよ! 仕事! しかも、直之なおゆきさんと未布留みふる姐さんがブチ切れて、あの馬鹿女の事務所に乗り込むって」


「だから俺言ったんですよ。それより、あそこの事務所以外の事務所に全部連絡して、アニメ会社とかゲーム会社にチクっといて、あそこの事務所の人間の仕事干したらどうですって。あ、そっかって、みんな落ち着きましたよ。うちの親父と叔父達に聞いといて良かったです」


「おい! 那岐! テメェ! あかねちゃんにもあれこれチクっただろう! 僕は悪くないのに!」


「茜が体調崩してるのも気が付かずに、臣さんのマンションに入り浸るのが悪い。俺の兄嫁と茜が同じ歳の従姉妹なんだよ。兄嫁が心配して『なっちゃん。あーちゃんの旦那さん、仕事忙しいって本当? 嘘ついたら本気で鉗子かんしで舌引き抜くよ? って言っといてね〜』だって」


「鉗子……」




 双子は首を傾げると、雅臣が、


「手術の時とかに、ガーゼを挟むハサミとピンセットの半々みたいなのあるでしょう? あれだよ」


「テディベアにも使います!」


「あぁ、嘘ついたら針千本飲ますのと一緒ね」




つまらなそうに睛は見る。



「結構、この人嘘ついてそうだから、奥さん大変そう……」


「エェェェ、そうなの?まぁ、女好きそうね」


「何でだよ! しょ、初対面の子に何で……」




 那岐は思い出したように、




「あ、そだっけ? 瞬ちゃんの双子のお姉さん達。こっちが、瞳って書いて瞳ちゃん、こっちが『画竜点睛を欠く』の睛ちゃん。えっと、歳いくつだっけ? まだ高校生? 聞いてなかった」




 その言葉に顔を見合わせ、ぶっと噴き出した。




「私達は大学生よ。今年22ね」


「4年生。私は文学部。瞳ちゃんは理数学部」


「俺と同い年……何かショック……」


「何で?」


「年下だと思ってた〜」




 双子は顔を見合わせる。




「あぁ、睛ちゃんは言われるわよね。そっくりだからまーちゃんと双子とよく間違われるもんね」


「瞳ちゃんは落ち着きがないから、まーちゃんより年下に見られるでしょ」


「えーと。と言うか、俺、母親が年齢未詳なんだよな〜。一応戸籍は親父より一つ上だけど。でも、兄嫁のとこの方が凄いんだ。兄嫁が俺の一つ上で、兄嫁の母さんとおばあちゃんに当たる3人が、髪の色と瞳の色以外はほぼ見た目、年が変わんないんだ。時々思うよな。年が見えないかなーとか」


「やめなっての。那岐。人の歳は聞かないの」


「っていうか、瞬ちゃん襲った若作り、あいつ40過ぎてたんだって」




 那岐は顔をしかめる。




「あぁいうタイプ嫌いだ。化粧お化けめ。まぁ、そんなことを言ったってバレたら親父にボッコボコだけど、瞬ちゃんに酷い目に合わせた女は許さない! と言うことで、臣さん。瞬ちゃんは俺が見てるから、仕事」




 ため息をつくと、雅臣は立ち上がり、




「じゃぁ、那岐。頼むな?」




と言って光流と去っていったのだった。

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