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53……drei und fünfzig(ドライウントフュンフツィヒ)……瞬の姉はヤバい人

 まどかの怪我は、両手に両腕だけでなく、うっすらとだが身体にもあった。


 襲われた時に自分を庇う時に負う傷を防御創ぼうぎょそうと言うが、狭い密室で追い詰められた上に近い攻撃だった為、特に手と腕は深かった。


 神経はやられていないようだが、筋を痛めたらしい。

 後は、顔は庇ったので大丈夫だったが、胸と首にも傷があった。


 駆けつけていた雅臣まさおみは、


「あいつ……あいつ殺す!」


蒼白な顔で宣言する姿に、いたるがそっと宥める。


「落ち着いて。ディ、じゃない、雅臣さん」

「でも、でも、俺のせいで……どうすればいいんだ……」


 嘆く雅臣に、会場で取り乱していたのを引っ張って連れてきていた直之なおゆきが、


「安心しろ。この事件、あの馬鹿の事務所がもみ消そうとしたから、大御所と会社に連絡して会社と仲の良い雑誌社と記者に情報流してやった。ほら」


テレビを示す。


 すると、自分のものでない血を顔に浴びたまま、じっとカメラを睨む舞原なつきが車両に入れられる。


『本日、あるイベント会場にて、傷害窃盗事件が起こりました。犯人は声優の舞原なつきこと田中洋子容疑者。田中容疑者は同じイベントの参加者の個室に無断で侵入、総額数百万円相当の貴金属を奪い、それを指摘した後輩をナイフで襲い、大怪我を負わせ、後輩を人質に立てこもった罪です』


「……えっと、時計はウェイン兄さんがくれたヴィンテージですから、良いものだと思うのですが、後は、身につけてたのはファンの方の作ってくれた一点ものものとか……あぁ、それ以上に瞬ちゃんの怪我の酷さ、泣ける」


 余り表情の変化のない雅臣が先から泣いている。


「ごめんね……女の子なのに、顔が大丈夫だからって言ってたって言うけど、そうじゃないよね……」

「あの〜、一平さん。こいつ、こう言うタイプですか?」


 息子を追いかけてきた一平に問いかけると、首を傾げる。


「いや。こいつ、余りコロコロ変わるもんじゃないけど、昔の祐也ゆうやに似てるなぁ。うん、ほたるに会った頃の祐也も、こんな感じだったな。めちゃくちゃ過保護。ウザい。デレ甘」

「……同意します」


 何故か、普段の雅臣は顔を出さず、不安げで何かに迷う子供のような、瞬にビッタリ張り付いて、熱を出した瞬の氷枕や冷たいタオルを甲斐甲斐しく取り替えている。

 昶は、母のヴィヴィアンと少し離れたベンチに並んで座り、膝の上には可愛い妹のシェリルを抱っこしている。


 すると、先から姿が見えなかった那岐が、数人の男女と共に姿を見せる。


「どうしたんだ? 那岐」

「えっと、紹介するよ。瞬ちゃんのご両親と、双子のお姉さん達。結城紀良ゆうききらさんと奥さんの美稚子みちこさん。双子のお姉さんのひとみと言う字を書いてあいさんと、双子の妹の『画竜点睛がりょうてんせいを欠く』からせいさん。多分、玄関にいたら分かると思って」

「怪我してんのに、行くんじゃねぇ! 心配しただろうが、このドアホ!」


 一平の容赦ない頭突きに那岐はよろめき、結城家は硬直する。


「伯父貴の……アホ〜。臣さん役に立たないから、行ったのに……いてぇじゃねえか!」

「馬鹿には馬鹿の教育をする……あ、安心しろ。ロナウドと同じだ。可愛いイタルにはしないからな?」

「父さんやりすぎだよ。大丈夫? 那岐さん。隣座る?」

「あぁ、ありがとう……」

「まぁ、一平。那岐は怪我人なんだから、ダメよ?」


 ヴィヴィアンは睨む。

 しかし手にしているのは、瞬が身につけていたドレス。

 濃い色ではなく淡いピンクなのは、イタルに見せてもらったゲームの中のアストリットだからだろうか?


「瞬ちゃんのこのドレス、似合っていたけれど、シェリルも合うんじゃないかしら?」

「えっと、ママ。私は9歳だから……」

「似合うぞ〜」

「アホ! 伯父貴。血染めのドレスを娘に着せんな! 先にクリーニング出せよ!」


 那岐は常識人である。

 普段なら役に立つ後輩の臣が全く役に立たないのに、ため息をついた直之は、


「申し訳ありません。私は久我直之くがなおゆきと申します。あの一条那岐いちじょうなぎやここにいる丹生雅臣にゅうまさおみ、今日は別行動の高凪光流たかなぎみつると同じ事務所です。瞬ちゃんは今、治療を終え、眠っています。先程医師に伺ったのですが、防御創が掌や指に数カ所、両腕の肘までにも執拗に切りつけ、顔は大丈夫でしたが、この辺りにも薄い傷があります」


自分の手などでその部位を示す。


「な、なんでこんな事に……」


 美稚子が嘆く。


「私の娘は……本当に親バカの言うことと思って頂いても結構ですが、素直でハキハキしていて……」

「えぇ、伺っています。可愛らしい、そして真面目で前向きなお嬢さんですね」

「家出をするなんて……」

「いえ、今回分かったのですが、瞬ちゃんは家出じゃないようです」

「えっ!」


 夫婦は顔を上げる。


「余り私達も詳しく言えないのですが、警察の方と話していた時に、瞬ちゃんのように何も問題のない子供さんが何人か誘拐されているのだそうです。その子供達は早ければ数日、でも一番長いのが瞬ちゃん……なのですが、見つかることがあって。それ以上のことは聞けませんでした。そしてもう一つ、それが今回、瞬ちゃんや那岐の怪我になるのですが……」


 直之は眉間に眉を寄せ、ため息をつくと、


「実は、この雅臣や私、そして今ここにいませんが、後輩の高凪光流を中心に、男女関わらず、今回のような会場のイベントの時、鍵のかけた部屋から離れ舞台に立っていたり、イベント前に集まってイベント前に出演者……同業者と本番前の練習をするんです。実はこの落ち込んでいる雅臣は、元々そんなに高額なものは持たないんです。ですが、実兄の友人が、昔デビュー作品の記念と、成人のお祝いにと貰った時計を付けてきていて、ロッカーには鍵をかけていたんです」


四人は雅臣が瞬の看病する様子や、左手首に日焼けをしていない白いベルトの跡が見える。


「私達は、テレビ俳優程顔は出しませんが、舞台俳優をしたり、舞台監督とかナレーションをしたりしています。舞台の場合は皆小さい会場を借りて、道具を作り集め、と言うこともあります。兄弟、仲間なんですよ。だから、今回のイベントも個室には鍵をかけませんでした。ロッカーには鍵をかける。財布とか家の鍵とか、個人の大事なものもありますからね。そこまでは踏み込まないようにと考えました。でも、今回は……」

「実は、えーと、俺は安部一平あべいっぺいと言います。お嬢さん方は知らないと思いますが、俺の同級生と後輩、弟達がある事件に巻き込まれたんですね。一応、『妖精の取り替えチェンジリング』と言う小説、ご存知ですか?」


 3人は目を白黒するが、ただ一人、無表情だった睛が目を輝かせ、ぶんぶんぶんと首を上下に振る。


「あれ、皆、嘘だと言うんですが、書けるだけ、見せられるだけギリギリまで俺の同級生が書いた本当の話なんです。その作者がこの那岐の母親で、英訳は那岐の父親と俺の弟が共同訳なので、それで映画化されたんです」

「エェェェ!」

「で、今回ですが、俺が来たのは、嫁と娘の仕事と、息子と出かける予定だったのですが、瞬ちゃんが行方不明の件を聞きました。で、チェンジリングの可能性があると来てみたんです」

「か、可能性は!」

「ゼロではない。でも、可能性はあると言うしかない」


 一平は首を竦める。


「俺は頭悪いし、チェンジリングの研究してないからなぁ……でも、もう一つは泥棒だぞ」

「それ、言ったでしょうに」

「直之。お前も父親なら、娘が長期間行方不明。見つかったと思ったら大怪我負って寝てるなんて聞かされたら、どう思うか分からないのか?」

「うっ……」


 一平は自分は馬鹿だと言うが、芯が通った男である。


「だから、さっき息子に聞いたら、瞬ちゃんを見つけて保護した。そして警察も呼ぶけど、瞬ちゃんにまずは家族に連絡をと、直之達がある部屋に案内した。それが雅臣の部屋で、そうしたら、一人の女が雅臣のロッカーの中身をあさってた。それを注意したら持っていたナイフで襲われたんだ。しかも確認しようとした真面目な瞬ちゃんを奥に送り込むようにして、部屋の鍵をかけてまで」

「えっ……」


 家族は真っ青な顔になる。


「瞬ちゃんの悲鳴に、見守っていたこいつらが慌てて扉を開けようとしたら開かない。で、那岐が扉にぶつかって、強引に扉を壊して助けたんだ……と言うか、お前、蹴りで良かったんだぞ? ノブ蹴り壊すだけでも良いんだ」

「それからが面倒でしょ? 俺、一平伯父さんと一緒で、壊すのは一撃必殺がいいんです。祐也叔父さんのように計算できないので。一回ぶつかって、緩んだところを蹴り飛ばすのが良いことですよ」

「破壊活動の相談やめてください。那岐、お前、今回のことであそこの会場、出入り禁止になったんだぞ」


 図に乗る後輩に冷たく直之は告げ、那岐は、


「エェェェ〜! 備品壊したから……でも、でも……今度怪我が治ったら謝って、直しに行こうと思ってたのに……」


落ち込む。


 すると、ぷっ……と吹き出す。

 見ると、後ろを向いた睛が肩を揺らせ笑っている。


「何か笑われた……そんなに馬鹿みたい? うーん。親父に、腹黒さと賢さ以外はお前が似たな……何で男版スゥが、祐也並みにでかいんだ。うちは小柄で細身家系なのにってぼやかれたんだけど」

「腹黒……」

「うちの親父は母さんをスゥと呼ぶんだ。で、俺の性格が母に似てるって言うんだよな。で、父は目がつり目で日にあまり焼けない人で、笑うの苦手だから腹黒そうに見えるけど、熱血で暑苦しい。逆にがっしりしてて暑苦しそうな祐也叔父さんは穏やかな策士で、腹黒将軍は親父の親友の醍醐叔父さん。あの3人の話は面白い」

「……う、うくくくく……」

「……えっと……那岐さんだっけ? 睛ちゃん笑い上戸なんだよ。普段はそんなに喋らないし、無表情なんだけど」


 妹が笑いすぎむせているのを背中をトントンと叩き、瞳は答える。


「ふーん。そう言えば、瞬ちゃん嬉しそうに笑ってたな。救急車で姉さん達に電話をって。お姉ちゃん達は瞳ちゃんと睛ちゃんなんだと、だから、本当に守れなくて悪かった……」

「でも、怪我してる」

「それは、俺は他の先輩方より、格闘技習ってたからな」

「格闘技?」


 睛は問いかけると、目をくるっとさせる。


「俺は、あのオリンピックに出た不知火寛爾しらぬいかんじ師匠に柔道、他に剣道と空手、合気道に長距離走とかサッカーもやってたから。あ、俺の資格! 第1種猟銃免許持ってるのと、網、わな猟免許持ってる! 車も普通車と中型、大型に、大型二輪と大型特殊免許持ってる!」

「……は?」


 瞳はキョトンとするが、睛は目をきらんと輝かせ、


「じゃぁ、トラクターを公道で走らせられるの? それに第1種って、空気銃が第二種だよね? じゃぁ、もう二十歳過ぎなの?」

「第1種の試験問題、兄貴が持ってたから、勉強してたんだ。すぐ取った」

「睛ちゃん。何で嬉しそうなの?」

「この一条那岐さん、珍しい資格持ちだよ〜! こんな人見たことない。面白いよ!」


 姉を振り回して訴えると、


「ねねね! お友達なって! 瞳ちゃんは地域の劇団員で、私は小説投稿してる。まーちゃんを守ってくれたもん、瞳ちゃんいいよね?」

「……」


両親は遠い目をすると、


 ぶんぶんぶん! 


と睛は振り回し、双子の姉をじっと見る。


「瞳ちゃんは、私の言うこと聞けないの? なら、あれだけ隠したがってた……」

「ぎゃぁぁ! ごめんなさい! ごめんなさい! 睛ちゃん! 聞こえてます! 大丈夫だよ〜うん。まーちゃん助けてくれたもんね? 分かってるよ!」


 どんなヤバいネタを握られてるのか……周囲は少々瞳に可哀想にと思いつつ、口を挟まなかったのだった。

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