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一条那岐(いちじょうなぎ)

 一条那岐いちじょうなぎもログアウトしてゲームの電源を消すと、ゲーム機をテーブルに置きゴロンと仰向けになって背伸びをした。


 この家は叔父の持ち家である。

 一応、月に1万円で借りている。


 普通、そんな値段で借りれないのだが、叔父が言うには元々、父が17歳の頃から実家……祖父母と叔父の元に定期的にお金を送っていたらしい。

 昔は株で儲けていたらしく、半年おきに送ってくる額が半端なく、再会した時にはそのお金の一部で祖父は即金で家を建てた。

 そして、雅臣まさおみのこの家も買ったのだった。


「どんだけ儲けたんだよ」


と一度聞くと父、日向ひなたは、


「幾らかな……まぁ、この家も即金。大学通ってた頃の家も即金、まぁ、今は忙しいから辞めたがそれでも、お前達の学費とか、自分たちの老後までは十分だな」


と平然と言い放った。


「それに、醍醐だいごの金も2年で結構儲けたな。祐也ゆうやは、裁判で結構な額得たから儲けなくてもよかったけどな。でも、何かあった時にってある程度蓄えさせてる」


 ふふっ


楽しそうに笑う父の真の恐ろしさを見た。




 ちなみに、部屋の中はかなり殺風景だ。


 那岐は小さい頃から母と父の部屋が仕事の関係で凄まじく、兄は兄で天才児だったものの逆に掃除ができないタイプだったので、部屋に置くものは最低限のもの、そして叔父が置いているテーブルや机、棚、クローゼットと電化製品まで揃っていたので、ベッドを買った程度である。

 部屋もコンビニ弁当が多いが、それは必ず洗いゴミを出す。

 出したものを片付けるを常に心がけている。


 父は綺麗好きだが、両親は有名小説家で歴史学者と言うことで、必ず締め切りがあるので、迫るとなりふりかまっていられない。

 母は、仕事に集中すると元に戻すことができないので、普段から周囲はぐちゃぐちゃである。

 兄も母にその点は似たらしく以下同文……兄の風早かざはやは、医者の卵である。


 その為、小さい頃の両親の締め切り前後は、現在の兄嫁の実家に預けられることが多かった。

 がっしりとした体格の叔父、祐也ゆうやが大好きで、叔父について回っていた。

 叔父は器用で、その上やんちゃ坊主の那岐を可愛がり、色々とサバイバルを教えてくれた。

 叔父は、若い頃外国でヒッチハイク生活をしたらしく、その時に色々と教わった方法を教えてくれたのだった。


「……うーん……」


 起き上がり、もう一度背伸びをする。


「コンビニ行くの面倒だなぁ……この間買っといた冷凍食品のピラフと唐揚げと、サラダ食うか」


 サラダは実家から届いた野菜を、大根やにんじんはお刺身用のツマのように器械で作り、新玉ねぎは昨日のうちに皮を剥いて半分に切り冷蔵庫に入れているのをキャベツと一緒に千切りにして、それを山盛りにしてこの前雅臣に教わったオリーブオイルとくるみとピーナッツを少し叩き、塩を振ると、腹持ちがする。

 ピーナッツなしでもいいし、アーモンドでもカシューナッツでもいいのだが、那岐はくるみが好きだった。

 料理はほとんどできないが、キャベツとかは器械があるので、サラダセットを買うより、安上がりだし、定期的に実家から送られる荷物で救われている。




 まだ新人で、ガヤとか一言二言の役が多いし、さほど収入はないのだ。

 レッスン後はバイトする者もいるが、那岐は事情がありバイトはできない。

 その為、図書館や美術館に行ったり、放課後開放されているレッスン室でストレッチや、発声練習に打ち込み、閉まる時間に帰って行く日々だった。

 それなのに、突然レッスン中に呼び出され、


「おい、那岐。前にお前の声を聞いたディレクターが、緊急だが、あるゲームの追加キャラのアテレコにお前に来て欲しいだと。行ってこい」


と、場所を書いたメモと台本、設定集らしきものを渡された。


 新人ゆえに、地下鉄を使おうと事務所を出たら、もうすぐ大御所の仲間入りしそうな、二大中堅声優の一人、久我直之くがなおゆきが車に乗っていた。


「よっ! 那岐。スタジオ行くんだろう? 連れて行くぞ? 嫁を迎えに行くから」


 直之の奥さんは尾形未布留おがたみふると言い、同じく声優である。

 キャピキャピとした声ではなく、澄んだ清純派というか、冷静沈着そうで脆そうな役柄が多い。

 しかし彼女自体はサバサバとした姉貴系で、自分の方が年下だと言うのに、雅臣を弟扱いしている。


「良いんですか? 直之さん」

「ついでだ。それに、車だったら台本も読めるだろ?」

「ありがとうございます」


 雅臣は叔父なのである程度、公の場以外では叔父貴とか兄貴と呼べるが、直之は自分の生まれる前にはすでに業界にいた大先輩である。

 久我さんと最初は呼んでいたが、直之で良いぞと言う言葉に、恐縮しつつも許可を得たので呼ばせてもらっている。

 ちなみに彼は、雅臣が初めてアテレコした『アーサー王伝説』のトリスタン役の声を演じている。

 雅臣の演じたランスロットは、田舎の叔父の奥さんの甥……奥さんは日本人を母に持つイギリス出身の女性で、そのお姉さんの息子がランスロット役のガウェイン・ルーサー・ウェイン。

 この当時10代だったが、助演男優賞を総なめにした。

 いや、トリスタン役のノエル・アルティールとが助演男優賞をどちらが取るか、同じ映画で争ったのだ。

 主人公のアーサー王役を喰うほどの、若手二人の名演である。


 そして女性の助演女優賞は、アーサーの正妃グィネヴィアを演じたビビアン・マーキュリー。

 彼女は本当に妖艶なイメージの王妃を清廉で儚げな、そして背伸びをする若い王妃というイメージを与えた。


 子役からやっていたまだ高校生の尾形未布留がこの声を演じて、人気が再燃し、英語版より三人がアテレコしたDVDが売れた。

 そしてその縁で、直之と未布留が結婚したのである。




 ペラペラとページをめくると、


「あれ? これは今、直之さんや臣さんたちがアテレコしてるゲームじゃありません?」

「あぁ、そうだ。今回、追加されたのは、臣や光流みつるの地域。光流の役の義理の弟テオドールだ。光流のカシミールは腹黒で、義父は辺境伯だな。若いがよくやっている名領主として知られている。お前は義父のエルンストの親友の息子で、両親がすでになく養子にと、俺が演じるヒュルヒテゴットの妹のエリーザベトが連れて行き、三男として育ってる。が、妹のアストリットを苛める、同じ歳の次男のフレデリックからアストリットを庇ったせいで片目を失明。でも、養父母や長兄には可愛がられ、アストリットには甘えられる。未布留のカサンドラとは幼なじみ」

「うわぁ……設定細かっ!」

「最初は臣と光流の声に、未布留の声……旅に出たりイベントが起きるからな……だけで良かったらしいが、宣伝で設定集の中にお前のテオドールが片眼鏡モノクル姿で登場するのを見て、どうしてこのキャラのイベントがないの? って殺到したんだと。で、時間はないが、そう言えばカシミール役に応募してたお前を思い出して、お前は腹黒さがないから落としたが、誠実そうだからテオドールにしたいって言ってたぞ」

「……ものすごく……俺を貶めてるのか、褒めてるのか……責任重大だ」


那岐は頭を抱えたのだった。

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