zwei und vierzig(ツヴァイウントフィルツィヒ)
カシミールは、馬を降り近づいてくる一団と大小二台の馬車に気づく。
いけないいけない。
自分は『高凪光流』ではなく、『カシミール・エクムント・ディーツ』。
18歳の青年だ。
だが、この地域の領主の嫡男、策略家で皮肉屋の青年をバレないように演じきれるか……内心心配しつつ近づいて行った。
だが、目の前に姿を見せたヒュルヒテゴット……母の兄で、中央でも重臣である彼が、大きい方の馬車から引きずり出したものに絶句する。
「お、伯父上……!」
「久しぶりだね。カシミール。罪人だ。隣の領に入ったところで、旅人を襲っていた」
「そ、そんな……!」
簡単にではあるが説明を受け、そして、言葉を失い目を見開く。
薄汚れた3人が引きずり出されたが、そのうちの一人、茶色のごわごわとしたヒゲがほおや顎を覆う荒んだ姿は昔の面影がほとんどないが、実弟のフレデリック本人である。
追い出した実弟が、自分達は憎かったわけじゃない。
ただ、この領のこと、アストリットや妊婦の母、そして自分にとって実の弟同然のテオドール……家族を守りたかった。
領地から出て自分がどれだけ甘えていたのか世間を知ることで理解させ、そしてこの領地の次男として自分の代わりに騎士になり、中央に出向きあれこれと動いて欲しかっただけなのに……。
追い出した後、そこまで落ちぶれるとは……。
「……お前も成人したと思ったけれど、まだそんな顔もできるのだね」
いつもからかう伯父が苦手だったのだが、それ以上に衝撃だったのだ。
「私が……私が、駄目だったのでしょうか?伯父上……?ディには、あいつが仕留めてさばき損ねた毛皮を押し付けて、追い出せと怒られました。私は……テーラー銀貨10枚(1テーラー銀貨=1グルテン(Groschen)(約12万円)、平均的に、一般の家庭では、1か月2グルテンで生活している)を渡したんです……そんなのは甘いと……」
「まぁ、甘いね」
伯父のバッサリの一言に落ち込んだカシミールは、項垂れ涙を浮かべる。
その様子に苦笑して、頭を撫でる。
「泣くんじゃないよ……私がお前を……それよりエリーザベトをいじめているように思えるよ。あの頃はエルンストに怒られて……」
「まぁ、お兄様!」
少しお腹の大きくなったエリーザベトが、ディーデリヒの妹のフィーとカサンドラを連れて現れる。
「どうなさいましたの?ご連絡もなくこちらに来られるなんて……大丈夫ですか?あちらは」
「ふふふっ……エリーやエルに久し振りに会いたくなってね。ちょっと来てみたんだよ。そうしたら、途中でディーデリヒとアストリットに会ってね」
「アストリットですか?あの子は無事ですか?ディくんが追いかけて行ったのですが、あの子はここからほとんど出たことがないのに……一応何度か連絡はありましたけど……不安で不安で……」
瞳を潤ませる妹と、顔を背けて泣き顔を隠す甥の顔がそっくりで内心ため息をつく。
「アストリットと言い、この二人と言い、自分の美貌を考えず表情に出すのは、犯罪を招くと思わないのだろうか?それに、運が良かったのか自分の息子たちは亡き妻に似て童顔だが、そこそこ凛々しい顔である。女性のアストリットは兎も角、カシミールはもう少し表情を制御する術を覚えるべきである。教え込むべきか……」
と考えているのを見上げている妹のエリーザベトの方が、実は、
「お兄様は表情がなさそうに見えて、今みたいにコロコロ変わるのよね。絶対、心配事があるのよね〜この顔は。何で美形なのに、眉が下がってるのかしら。目もカシミールより垂れ目なのに、可愛いって自覚ないでしょう?それに、声で機嫌が良いか悪いかすぐに解るの、未だに気づいていないんだもの、あの魑魅魍魎のいる宮廷でどうしているのかしら?お兄様に性格がそっくりなカシミールは、向こうにいなくて良かったわ……」
と思っていたりする。
ついでに旦那であるエルンストとも、話している。
「ところで……あぁ、アストリットが……」
小さい方の馬車の扉が開かれ、姿を見せた侍女をテオドールがエスコートし、そして、ディーデリヒが一種の高い高いの要領で抱き下ろす……いや、抱いたまま近づいてくる。
「母上、ただ今帰りました」
「お帰りなさい。ディくん。元気そうね」
「はい。あ、一緒に旅をしていた友人を紹介しますね。イタル!」
自分の愛馬を良く良く注意して欲しいとお願いしていた小柄な少年が、2匹のドラゴンの雛を肩に乗せ近づいてくる。
優雅に頭を下げた少年の耳はとがり、瞳も猫のようである。
しかし、怖いというよりも穏やかで優しい。
「初めまして。私は、ギルドで旅の薬師をしておりました、エルフのイタルと申します。旅の途中にディーデリヒさまやアストリットさまに助けていただきました」
「違うじゃないか。雨が続く間、森の小屋で一緒になったんです。イタルは若いのに知識が豊富で、なのにギルドでパーティを組んだメンバーが酷くて、私たちと一緒にと誘ったんです。アスティとも仲が良くて。よく話していますよ。アスティ?何か言わなきゃ……」
ディーデリヒに促されると、アストリットは母たちを見て、
「お母様。ただ今帰りました……急に出て行って……心配をかけてしまってごめんなさい……フィーちゃんもカサンドラお姉様もごめんなさい……あのね?えっと、イタルさんと出会って、色々分かったの。だから……」
頭を下げるアストリットに、エリーザベトは微笑む。
「お帰りなさい。アスティ、そしてイタルくん。本当に帰ってきてくれて嬉しいわ」
「ただいま帰りました。お母様」
「突然の訪問、申し訳……」
「まぁ!イタルくんは私の子供も同然だから良いのよ」
コロコロ笑うエリーザベトに、イタルは、
「一応39です。年は存じ上げませんが、絶対エリーザベトさまより年上なんです……」
「あぁ、じゃぁ……子供扱いは失礼かしら?でも、ディくんやアスティのお友達ですもの、一緒だわ」
「……見た目だけだとアストリットと変わらないし、エリーザベトのことをお母さんでいいのではないかな?それとも私の息子になるかな?」
ヒュルヒテゴットの一言に、慌てて首を振る。
「い、いえ!ご迷惑かと!」
「あははは!」
「あーぁ、また馬鹿笑いだ。ヒュルヒテゴット。部下が怯えてるよ」
「エルンスト。色ボケしたな」
「何を言うのかなぁ?ヒュルヒテゴットはもう孫がいるじゃん、じじいめ」
姿を見せたエルンストは、幼馴染に毒舌を吐くがすぐに、
「ディーデリヒ?お客様のイタルどのと、アスティやエリーザベトたちを頼むよ」
「はい。フィー?イタルお兄ちゃんに抱っこしてもらおう」
「イタルお兄ちゃん?」
少年のイタルより小さな少女が駆け寄ってくる。
クリクリの丸い目で、見上げてくる。
「イタルお兄ちゃんですか?フィーはニュンフェです。お年は10歳です。よろしくお願いします」
「初めまして。イタルです。ディーデリヒやアスティと一緒に旅をしていた者です。よろしくお願いします」
「お兄ちゃん、手を繋いで行きますか?」
「抱っこでもいいよ?これでも力持ちだから」
フィーを抱き上げ、ニッコリ笑うとエリーザベトやカサンドラを先に行くように促して、最後にヒュルヒテゴットたちをチラッと見ると四人を追いかけていった。




