acht und dreißig(アハトウントドライスィヒ)
ディナーは、手際の良いディーデリヒとイタルが用意をしていた。
まぁ、ディーデリヒとイタルの獲ってきた獲物やハーブを、アストリットが保存食として調理しておいたものを、アストリットが調理しているのを見ていた二人が、その通り調理をするだけである。
侍女と執事は二人……特にディーデリヒのことを知っている為に、自分たちがと止めるのだが、ディーデリヒは、
「大丈夫、大丈夫。こちらは三人と罪人も三人だけど、ヒュルヒテゴット様以外の騎士、護衛たちは何人?」
「えと、十数人はおりますわ」
「じゃぁ、具沢山のスープにするか。燻製や干し肉はイタル、お願いするよ」
「えぇ。あ、もしよければ、敷物などを敷いて下さい。それに、火にくべるものを」
二人は頷く。
そして去って行くと、代わりにあまり柄の良くない……つまりヒュルヒテゴットが途中で雇った護衛らしい人間が数人近づいてくる。
「うまそうだな!良い匂いだ」
「本当だな。おい、大盛りでくれよ」
「俺も俺も。それにしても、でかい馬車の女はギャアギャアうるさかったが、小さい馬車のお姫さんは本当に人形か妖精みたいだったよなぁ。どこの姫さんだ?」
「ヒヒヒッ、旦那が見初めたか……」
無視をしつつ料理を続ける二人に、
「おい、お前ら、あの、姫さんは旦那の愛人か?」
その言葉に、イタルはピシッと表情を強張らせる。
その横で表情を変えず、料理に専念していたディーデリヒは、それ以降もベラベラ喋る男たちを無視する。
すると、執事と半分の騎士が手伝いに来て、護衛の暴言に青ざめる。
「お、お前たちは、何を言っている!」
「失言は控えろ!」
「何でぇ。そんなにお貴族様が慌てるってことは、旦那が見初めたってことか」
「まぁ、最初見た時は子供だったが、着飾ると変わるもんだ」
「……お前達。殺されたいか?それとも命だけでも助かりたいか?」
低い声が響いた。
怒りとビリビリと刺さるような声に、振り返る。
ディーデリヒが続ける。
「下品な言葉はやめろ!雇われている身で、雇い主に対してあれこれ詮索するな!」
「ほぉ……お前、顔はいいが、昨日雇われたんだろう?先輩に対してそういう言葉はいけねぇな」
「誰が雇われたんです!」
イタルはハーブを選びながら睨む。
「僕はともかく、ディはヒュルヒテゴット様の客人!アスティはヒュルヒテゴット様の……」
「イタル、馬鹿は放っておけ。こちらはもうすぐ出来上がる。どなたかヒュルヒテゴット様にお伝えを」
「は、はい!」
執事は去るが、ディーデリヒの言葉に護衛達が怒り狂う。
「何だと!テメェ!」
「ガキのくせに!」
「もう19だ。それに、雇われている身でそんな失言、暴言は駄目だろう?そのまま解雇もあり得るぞ。それにしても最近品のない奴が多いな」
「コイツ!」
「ディーデリヒ様!」
騎士達が庇うように立つ。
「お前達!この方を誰だと思っている!先ほど通過したディレンブルク領の次期領主、ディーデリヒ・アーダルベルト・ディレンブルク様だぞ!」
「えっ!」
ざわつく男達に、別の騎士が言い聞かせるようにいう。
「それに、馬車に乗っていらっしゃるご令嬢は、これから向かうディーツ辺境伯領の当主エルンスト様のお嬢様でアストリット・エリーザベト・ディーツ嬢。旦那様の姪だ!失礼な、無礼なことを言うな!」
その言葉に青ざめる護衛達。
「やれやれ……侍女や執事から連絡は受けていたが、最近のギルドは役に立たない者を護衛に勧めるらしい。今後、あのギルドと手を切り、別のギルドをエルンストに紹介してもらおう」
姿を見せたのはヒュルヒテゴット。
「紙と筆を」
「はい」
ヒュルヒテゴットは携帯式の羽根ペンと没食子インクを使い、羊皮紙に文字を書き込むと、それを封筒に収め、蝋を垂らし、指輪に彫られた紋章を押して閉ざす。
没食子インクとは、砕いた没食子を水で溶いたものとアラビアゴムの混合物を煤や鉄塩で着色したものである。
「見張っているものの元にこの者たちを連れて行き、携帯食を与え、イヴァ、手間をかけるがこの書状を手に、この者たちとギルドに先に向かえ」
「はっ」
「あ、イヴァさんですか?アスティの作った保存食を使った食事をどうぞ」
「あ、ありがとうございます!……えと……」
「お前には遠回りしてもらうことになる。先に食べておきなさい」
ヒュルヒテゴットは部下に声をかける。
別の者が、ギルドで雇った護衛を連れて行く。
「全く、最近のギルドはイタルのようなものが少ない。知識もない品もない」
ヒュルヒテゴットはぼやく。
「あ、僕、アスティとディのところに滞在するので、ギルドを辞めようと……」
「それは到着してからでも十分だろう。だが、もう少しとはいえ、馬鹿どもを減らすと護衛が足りないな……」
「……私の猟犬と狼たちを呼び戻しましょうか?あれらは、護衛に充分です」
「大丈夫かな?」
「大丈夫です」
ディーデリヒは笑い、指笛を吹く。
返事なのか狼の鳴き声が響き、もう一度返すと、
「大丈夫です。そんなに離れていませんでした。食事の時間の間に戻るでしょう。あの……お願いがあります」
「何だ?」
「実は、フェルナンドに刺されて死にかけ、アスティに命を救われた狼がいます。昔は狩に出ていましたが、傷が深く元に戻らず今はあまり長距離を走れません。でも、アスティには無条件で主人だと慕うのです。もし、侍女の方がよろしければ、馬車に同乗は可能でしょうか?人に危害は加えません。それに、今一番近くにいるのが、そのアナスタージウスです。アナスタージウスの家族は先行していましたが、戻ってくるそうです」
「……狼……大丈夫か?」
侍女を見ると、
「犬のようなものでしょう?私、お屋敷では犬の世話もしておりましたし、大丈夫ですよ」
「と言うことだ。大丈夫だろう」
「ありがとうございます!」
ディーデリヒは頭を下げる。
もっと先に行っていると思っていたが、すぐにアナスタージウスの返事がした。
体力のある家族と離れ、猟犬たちと共にペースを落としていたらしい。
ちなみに、リューンとラウはアナスタージウスにくっついているので、余計に体力が奪われているらしい。
先に食事をする騎士たちに、ソーセージを入れたスープと保存食のパン、そして、燻製の肉を切って提供する。
塩漬けの肉や干した肉の多かった彼らは燻製肉に驚き、ガツガツと食べている。
その前に、ヒュルヒテゴットはアストリットを迎えに行っているので、その様子は見ていない。
「う、美味い!こんなに美味しいパンは久しぶりだ」
「それにスープも」
「いや、やっぱり、肉だよ肉!この肉は?」
「私が狩に行き、イタルが血抜きをしてさばいて、アスティが調理したものです。スープもパンもアスティが作ってくれたものですね」
「なんて素晴らしい!これは都の調理人と変わらない!旅の途中で食べられるなんて!」
感動する騎士たちにイタルは、
「デザートはどうですか?」
「デザートまであるのか!」
驚いた彼らの中には涙ぐむ者もいる。
ディーデリヒも知っているが、旅や遠征中は本当に塩辛いか味はないか、硬いかで散々な携帯食である。
こんな豪華な食事を旅の間に口にできるのは、大きな食堂のある街に泊まるかくらいである。
デザートに、アスティが梨を砂糖漬けにしていたものを配り、それも涙ぐむ。
イタルも、この食事が尋常じゃないのは理解できる。
スキルの高いアストリットのおかげで快適な食事ができるのである。
騎士たちが、満足して去っていくと、残りの騎士たちと執事と侍女、そしてヒュルヒテゴットに抱かれたアストリットが姿を見せる。
ヒュルヒテゴットにとって、可愛い姪は見せびらかしたくて堪らないらしい。
用意された席に着くと、自分の膝の上に乗せる。
そして、交代した騎士が捕まえている三人に食事を持っていき、イヴァは封書を持って馬に乗ったのだった。
没食子インク……iron gall ink、iron gall nut ink、oak gall inkは鉄の塩と植物由来のタンニン酸から作られた紫黒色もしくは黒褐色のインクで、ヨーロッパでは筆記用及び描画用のインクとして9世紀から19世紀にかけて一般的に使われており、20世紀に入ってもよく使われ続けた。
没食子……英: Gallnuts / Oak apple / Oak gallとは、ブナ科の植物の若芽が変形し瘤になったもの。この瘤はタンニン成分を多く含み、これを抽出し染料やインクとした。
この瘤ができる理由は、若芽にインクタマバチCynips gollae-tinctoriae (Gall wasp)が産卵し、この瘤の中で成長するからである。




