drei und dreißig(ドライウントドライスィヒ)
フュルヒテゴットは、馬を護衛に預け、側近のアルノーと共に宿に入る。
前もってアルノーの弟のカミルに先行させ宿の予約をしておいたので、一人増えたアストリットの分の料金を支払うだけで、さほど待ち時間はなく部屋に向かう。
旅はこの時代、ほとんどが行商人や吟遊詩人、そして彼らを守る護衛などで、他はヒュルヒテゴットのような高位の貴族が皇帝に謁見のために移動するか、自らの領地や親族の元に向かうかである。
それは男性中心で、女性は奥方やその身の回りの世話をする侍女などが、馬車で移動する。
しかし、キョロキョロと宿の中を興味深そうに見回している少女は、ディーデリヒやイタルに守られていたとはいえ、女一人である。
「どうして、お前はここにいるんだい。アストリット」
扉を閉じ、アルノーに飲み物の準備を頼み、ソファに座ったヒュルヒテゴットは、目の前のソファにちょこんと座る姪を見た。
ちなみにBlauDracheのラウは、ディーデリヒに預けている。
「お前は小さい頃から引っ込み思案で、ほとんど領地にいて、あの砦から外に出るのも嫌がっていたではないか」
「……KartoffelとSüßkartoffelを育てたいのです。伯父様」
「『悪魔の植物』と呼ばれているKartoffelとSüßkartoffel?」
「はい。私たちの領地はお父様や領地のみなさんのおかげで、ほとんど飢える人もいません。ですが、他の地域では寒さで冬を越せず、食料が足りないところもあります。Kartoffelがあれば飢える人が減ります。それに、食料需要が安定します。そうすればもっと領地のみなさんも……」
「……君は、誰だい?」
静かに久我直之の声で問いかける。
「君は私の姪のアストリットじゃないね。姿は一緒だ。でも、中身が違う。それにアストリットはサブキャラ、声も当てられていない。ジャガイモやサツマイモの知識も知らないはず。刺繍や縫い物、家のこと全般に、ダンスや礼儀作法しか習っていないはずだよ」
「……サブキャラ……伯父様……なんで、その言葉をご存知なんですか?」
「……俺は君に聞いたんだけどね」
「あ、す、すみません。わ、私は、ゆ、結城瞬と言います。年は15歳ですが、高校一年生です」
小声で答える。
「結城まどか……まどかと言うと、円と書くのかな?円佳とか……」
「瞬間の瞬です」
「……あれ?その名前、どこかで見た気が……」
うーん、うーん……
考え込む美形が、ハッとしたように声を上げる。
「あぁぁ!臣の可愛いお姫様じゃないか!確か行方不明になってるって!」
「ゆ、行方不明?」
「そう。君のお姉さんから臣……俺の後輩の丹生雅臣の元に電話がかかっていたよ」
「そ、そんな……あの日……」
真っ青になる。
両親と姉たちのことを忘れていたわけじゃない。
ただ、日々を生きてきた……。
しかし……。思い出したように顔を上げる。
「あ、あの、伯父様は今、く、久我さんですか?」
「あぁ、自己紹介を忘れていたね。このヒュルヒテゴットの声を当てている久我直之だよ。よろしくね」
「あの……私は操作ミスでこの世界にきたのですが、久我さんはどうやって……」
「ん?あぁ、アテレコした俺たちは、会社から特別限定というか、あるパスワードを入力すると、自分のキャラクターやアテレコした声優のキャラクターを選べて、遊べるようになっているんだ。他の声優もそうだよ。確か、後輩の那岐も、テオをしているし」
「お、お兄様……カーシュお兄様も、でしょうか?」
その言葉に吹き出す。
「いや、カシミールの声を当てている光流は、確か普通バージョンだったよ。それと、臣は最近仕事が多くてこのゲームをしていなかった。君の行方不明で必死に行方を捜している。それと、俺はもう少ししたら仕事があってこれからセーブして電源を切る。そして、臣に君のことを話そう。君はヒュルヒテゴットと、この部屋で休み、明日はちゃんと領地に戻りなさい。良いね?」
「あの……雅臣さん……ご迷惑をかけてしまって、怒っていませんか?家族も……」
「それを心配するくらいなら、しばらく待っていなさい。夜はちゃんと寝るんだよ」
「はい」
瞬の頭を撫で、ベッドに促したヒュルヒテゴット……久我直之は、自分も横になり目を閉じると、その間にコントローラーでセーブをし、電源を消した。
「う、もう……!なお君!仕事の時間が来るのにまたゲームして!」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと仕事のことで、臣に電話をするね」
愛妻に微笑み、リビングを出ると、後輩に電話をかける。
5コールで電話が繋がる。
「もしもし、臣か?」
『直之さん。お久しぶりです。お忙しいんじゃ……』
「いや、この間アテレコした歴史ゲームしてた」
「えっ、あの……?」
「……俺が声を当てたヒュルヒテゴットの妹の娘のアストリットが……自分は結城瞬だと言っていた。君は今、行方不明者だと教えると真っ青になっていた」
ガタガタッと電話の向こうで物音がする。
「直之さん!どうして、そこまで瞬ちゃんに接近できるんですか?」
「はぁぁ?お前、ゲーム会社から、自分や他の声優の当てたキャラになれる特別パスワードを渡されたじゃないか。袋捜してみろ」
「ちょ、ちょっと待ってください……あ、ありました!ありがとうございます。じゃぁ、自分の声はあれなのでカシミールか、テオで……」
「自分の声でやっとけ。自分の分身を見てみるが良い。まぁ、臣。俺の姪は賢いのと、動物好きだそうだ」
直之は苦笑する。
喜怒哀楽がはっきりした少女は、想像以上に愛らしく、雅臣ファンの中でも雅臣が気にかけるのがわかるほど良い子で賢かった。
ゲーム内でも雅臣と瞬が出会うのも良いのではないかと思ったのである。
「まぁ、これから晩飯だ。臣は一人で寂しくか?早く相手見つけろよ。それとも、瞬ちゃんに……」
「あのですね、瞬ちゃんは親子程の年の差ですよ。しかもまだ15歳の子に何言うんですか。それに、何か余計なこと言ってませんよね?」
「さぁなぁ……」
クスクス笑った直之は二言三言言葉をかけ、電話を切った。
自分はゲームを続けるが、雅臣がどうするかは本人の判断である。
でも、本人も瞬も納得する結果になれば良いと心から思ったのだった。




