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2……zwei(ツヴァイ)

 アストリットの身体のまどかは、料理を見て溜息をつく。


 やはり固いパンに肉を焼いたもの、薄そうなスープである。

 そうして、固いパンはスープに漬けて、柔らかくして食べる。

 お箸は当然なく手づかみの為、テーブルクロスとフィンガーボールが置かれている。

 そして……


Metミード?」

「左様でございます。姫さまはエールをお飲みになられませんから」

「……ありがとう」


 Metは蜂蜜酒である。

 蜂蜜に水を混ぜて発酵させたもので、古代よりあったお酒である。


「未成年なんだけどなぁ……でも、当時は水が不衛生で、小さい頃からAleエールBierビーア……ビール……にミードに、時々Weinヴァイン……ワイン……とミードを混ぜて飲んだりするんだよね……」


と漏らしながら、フィンガーボールで手を洗い、無意識に手を組み合わせて祈ると、まずはパンをスープにつけて、肉を骨ごと掴み口に運ぶ。

 今ならはしたないが、そうしないとフォークも共用、何もないのである。

 異性がいないのだ、このように食べるしかない。

 口を開けて食べるが、


「……美味しくない……」


血抜きがきちんとできていないのか生臭く、その上半生。

 それに歯ごたえが強く、噛みきれない。


「どうされました?」


 ベアタの問いに、首を振る。


「……胡椒とか高かったよね……あぁ、ハーブとかないのかな。臭みを取るのに。それにこれはきっと、お父様達が狩った獣……筋っぽいのも仕方がないわね……でも、固〜い」


 昔の人間よりも噛む回数が減っていると現代の子供をいうが、その通りかもしれない。

 瞬の顎は悲鳴をあげていた。

 一旦、食べるのを諦め、スープに浸していたパンを取るが、長い間染み込ませたと思うのに、パサパサして味気ない。

 ため息をつくと手をぬぐい、ゴフレッドを手にして、ミードを口にする。

 すると、口の中に独特のアルコールの味が広がり、ゲホゲホとむせる。


「姫さま、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ……」

「やっぱりお疲れなのですわ。お休み下さい」

「大丈夫」


 自分は何故かお姫様なのだ……いや、伯爵令嬢……姫さまというからには、多分父のエルンストは帝国でも力のある実力者。

 その娘ということは、それなりに、政略結婚や人質ということもあるのだろう。

 あの青年は、その人質の先の人間だろうか。


 何とか時間をかけたものの料理を食べ、ミードを飲む。

 ミードは慣れないものの、水は飲めないのだ。

 不衛生なものを安易に口には出来ない。

 自分がどうなるか判らないのだから、体を大事にしなくては……。


 フラフラとしながら、告げる。


「ご馳走さま。下げて頂戴。ベアタ。着替えをしたいわ」

「かしこまりました」


 食事を下げて貰い、ドレスを脱ぐと、全身を覆うようなパジャマを着せられる。


 鬱陶しいと思ったものの、目の前に、


『この時代のベッドは不衛生で、ノミやダニが多く、肌を傷つけないように着込む。

 ベッドの中身はもう一度書くがわらである』


と現れ、ギョッとする。


「ノミ、ダニ……ダニを媒介にして病気が感染るって聞いたわ……」

「姫さま?」

「あ、大丈夫よ。ベッドに入る前に、ちょっと調べ物をするわ。ベアタ下がって頂戴」

「姫さまを、お一人には出来ませんわ」

「……解ったわ。私が何をしても気にしないでね」


 髪を片側に軽くしばった瞬は、部屋の隅に置いていたバッグを引き寄せ、中身を確認する。


「あった……」


 ランプの置かれた机に並べるのは、ゲームの中身である。

 自分自身が何故こうなったのか、確認したいと思ったのだった。

 持っていた本をもう一度よく読み、ゲームの中身を確認したかったのだった。




『このゲームは、中世ヨーロッパをベースに街に住んで仕事についたり、旅に出たり、成長と共に色々なイベントが起こりますが、その都度、初期能力値でもある体力、精神力、敏捷性、知力を駆使し、イベントをくぐり抜け、選択肢においては職業として、剣、魔法、治癒の力などが使えるので、レベルを上げつつあなたの世界を旅して下さい。


 では幾つか質問と、その後に初期能力値を決めますので、同封されている【Buchブーフ】、【Würfelヴュルフェル】、【Zeichenblattセイヒェンブラッド】を確認して下さい。


 ※注意


Bleistiftブライシュティフト】を用意して、【Zeichenblatt】に記入していって下さい。

【Buch】を確認し、【Würfel】を用いきちんと記入してからゲームを始めて下さい。


 HPは体力×2

 MPは精神力×2

です。


 レベルアップした際や何かあった時には毎回【Würfel】を用いて下さい。

 初期能力値は4、6、6、8の四つの【Würfel】の出た合計で決まります。

 攻撃の際には6面体のもの二つで、6が二つ出た時にはクリティカルということで、攻撃大成功。

 1が二つ出た時はファンブル、攻撃大失敗となります。


 最初に所持しているお金は【Thalerターラー】銀貨、1000枚となります。

 買い物などに使って下さい。


 こちらをしっかりと記入して、ゲームを開始して下さい。

 どうぞ、貴方の国へ。』




「えっ? 【Zeichenblattキャラクターシート】? そんなのあったの?」


 箱をひっくり返すと紙が数枚落ちてくる。

 予備のものを含め4枚ある。

 当然、瞬は書いていない。

 真っ青になりながら、バッグからシャープペンシルを出し、書き込み始める。


 しかし、書こうとペン先を置くと、バァァッと文字が書き加えられ、


『名前:アストリット・エリーザベト・ディーツ。

 ディーツ伯爵エルンストの娘。

 年齢:15歳。女性。髪はプラチナブロンド、瞳は淡いブルー。

 抜けるような白い肌の愛らしい少女で『妖精姫』とも呼ばれている。

 兄弟は兄2人、妹と弟は幼くして死亡、現在、母のエリーザベトが妊娠中。

 ベアタは乳母うばで、アストリットよりも二つ上と、同じ年の息子がいる。

 職業は【Einエイン Edelmannイーデルマン】……ノーブル。貴族の令嬢。

 体力・精神力・敏捷性・知力:それぞれ不明。

 武器:不明

 レベル:不明

 特殊能力:不明


 注:当初入力した『シュン』という言葉のみ残っているが、何処に入力されるはずだったか不明である。

 アストリットは、アストリットとして生きるべし。

 レベルアップなども何かをきっかけにあり得る。

 もしくは特殊能力を持っているやもしれぬが、こちらには不明でしかない。』


と現れる。


 呆然とする。


「ちょっと待って……これ、どーいうこと?」


『きちんと説明書にあったはず。よく読まず迷い込んだのだ』


 目の前に文字が現れる。


『だが、運がいいのだな。何も書かず迷い込んだのは初めてだ。しかも、貴族の娘。幸せだぞ?』


「運がいい……今から、じゃぁ、体力とか……」


 ガサガサとサイコロを取り出すが、四面体と六面体が二個、八面体の4つを振っても、全く反応しなかった。


「どうして……? じゃぁ、私は……」


『アストリットとして生きるしかあるまい。まぁ、我も、何故かそなたの中にいる羽目になった。よろしく頼む』


「頼まれたくないわよ! どうして? こんなところで生きられないわ! 不衛生だし、お姫様の暮らしって穴蔵の中にあるの? それに、ろうそくで煤けてる! 臭いも耐えられないわ! ……でも、ゲーム機も何もない……生きるしかないの?」


『アストリット。この世界を楽しむがいい。ではな』


 文字は消えた。


「待って……」

「姫さま? どうされました?」

「ベアタ……」


 近づいてきたベアタに説明することもできず、見られないように慌ててシートを折りたたみ本に挟むと、他のものを仕舞い始める。


「な、何でもないわ」

「顔色が悪いですわ。大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。ベアタ」

「姫さま? ペンはこちらにございますよ? これは?」

「あぁ、何でもないわ。借りたものよ。今度返すの」


 ベアタから隠す為に、バッグにしまい込んだ。

 そして、ファスナーで閉め、DIYショップで購入していた鍵をかけた。


「じゃぁ……ベアタ。私は眠るから……お休みなさい」


 バタバタとバッグを抱えたままベッドに入る。


「姫さま。そのようなものを持って……」

「いいの。ベアタ。もう寝るからランプを持って下がって。大丈夫よ」


 ベッドに座り、壁を見つめている主人にため息をつき、


「解りましたわ、姫さま。何かありましたら隣におりますから、声をあげて下さいましね?」


とランプを手に下がっていった。


「……どうしよう……それよりも、私がアストリットじゃないってバレたら……そう言えばお金は……ある訳ないわね……お父様に貰って逃げたら泥棒よ……」


と呟くと、


 ヒュン、ドス!


と目の前と言うか膝すれすれに落ちる大きな皮袋。


「ナ、ナ、ナ……?」


『忘れていた。1000Thalerだ』


「えっ……」


 紐を解くと、約4センチの円型のずっしりとした銀貨がザラザラと入っていた。


「大きさが、日本の記念千円銀貨と同じ位じゃない……」


『ちなみに、ゲームの世界ではどうかわからないが、この世界ではこの一枚は、1グルテンの価値があり、日本円で約12万円に相当する。一般家庭の1ヶ月分がこのコイン2枚。このままでは使えない。バッツェンに両替するといい』


「バッツェン?」


『1グルテンが、15バッツェンの価値がある。1バッツェンが約8000円。1バッツェンが4クロイツァー。1クロイツァーが12ペニヒ』


Groschenグルテン」『Batzenバッツェン』『Kreuzerクロイツァー』『Pfennigペニヒ


と言う単語が頭の中に踊る。

 慌てて、バッグにつけていた携帯ライトをつけ、バッグをもう一度開けると、忘れる前にメモに書き込む。


 [1テーラー銀貨=1グルテン(約12万円)

 1グルテン=15バッツェン

 1バッツェン=約8000円

 1バッツェン=4クロイツァー

 1クロイツァー=約2000円

 1クロイツァー=12ペニヒ

 1ペニヒ=約166円

 2グルテンで、一般家庭約1ヶ月分の生活費になる]


とここまで書き込み、ハッと我に帰る。


「ちょっと待って……じゃぁ、この重いの……一般家庭500ヶ月分って訳ぇぇぇぇ!」


 アストリットの悲鳴に、扉が開く。

 その時には慌ててライトを消して、上掛けで隠している。


「姫さま? 大丈夫ですか?」

「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと心配になって……大丈夫よ。明日お父様に伺ってみるわ」

「本当に大丈夫ですか? ついておりますよ?」

「大丈夫よ。もう大人ですもの。おやすみなさい、ベアタ」


 ベアタは、主人の言葉に下がるしかない。

 扉が閉じられたのを確認し、もう一度ライトをつけた瞬は、恐ろしいものを触るように銀貨を収め、袋を閉じ、バッグに投げ込むとファスナーで閉め、鍵をかけた。


「1枚12万円の銀貨が1000枚……冗談でも怖すぎるわ。物の値段がどれ位か確認したいけど両替できるの? 偽物だったらどうしよう……」


『本物だが』


「余計いらんわ! 一億二千万円……宝くじじゃあるまいし!」


 ブルブルと前とは違う場所にバッグを隠した後、ライトを消し、本を握ったまま目を閉じた。


「夢でありますように……」


 そう祈ったのだった。

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