dreißig(ドライスィヒ)
アストリットは、ディーデリヒが狩りをして獲ってきた肉を燻製と干し肉を分け、丁寧に梱包する。
雨は止んでいるのでディーデリヒはロバを連れ、薪になりそうな枯れた木や日差しを遮り鬱蒼さを増す枝を切り倒し運んでくると、イタルが薪にして外の馬屋に積み上げる。
所々にあるこういった小屋は、猟の時の拠点としても使うし、旅の時の一夜を過ごす時にも使われる。
水は腐ったり虫が湧くこともあるため貯めて置けないが、薪や桶などを置いてあるところが多く、使うとそのまま旅立つものもいるが、アストリットたちのように使った分を補充したりすることもある。
そして、
「ハーブは豊富だね。この辺りは多いみたいだ」
薪を割るのをディーデリヒに任せ、出て行ったイタルは袋に入れて戻ってきた。
「乾燥させて、ギルドやギルドで紹介された薬屋で売ることもできるから、少しは旅費の足しになるかな」
「わぁ、色々ありますね。すごいです」
「種は僕が持ち運ぶ分を除いて、この辺りに撒いておいたよ。又ここを通る人に使ってもらえるように。アスティも知ってるかな?」
「えっと、セージとカモミール、ミント、これはローズヒップですか?」
「それはEnglish。こちらの言葉ではSalbeiはセージ、もしくはサルビアとも言う。Kamilleがカモミール、Minzeはミント、Krauseminzeはスペアミント、Pfefferminzeはペパーミント、Hagebuttenがローズヒップ、Zitronengrasはレモングラス、Süßholzは甘草、Kardamom、Orangenschalenはオレンジピール、Lavendelがラベンダーだね。Lindenblütenはシナノキの花、Anisがアニスだよ。Rosmarinはローズマリー、Majoranはマジョラム、Oreganoはオレガノ」
慌ててアストリットはノートとペンを出すと、書き込んで行く。
「Roesleinが小さなバラ、HeidenrösleinはHeideが荒野という意味だから」
「野ばらですね。学校で習いましたね。私はシューベルトよりハインリッヒ・ウェルナーの方が好きです」
「あっ、アスティ。原曲の歌詞になったゲーテの詩集が出たのは1799年だよ。今の時代、作曲者のシューベルトもウェルナーもいないよ?」
「あっ。え、ええと、イタルさん、よくご存知ですね」
「言うか、僕は歴史学者の卵なんだ。だから最初に1000ターラー渡された時に、大体の年代が解ったんだ。で、こんな高額何で渡すのか、銀貨2枚で家族1ヶ月の家計を十分賄えるのにと思った!」
ポケットに収めていたターラー銀貨を出してみせる。
「タクマ達は酒場とかでばらまいていたけどね。僕は数枚だけギルドで崩して、それ以外は隠しているんだ。もし投資できるようだったら投資して、世界を変えるというのはいけないけれど、飢饉や流行病が無くなる手助けをしたいんだ。だから、短期間でハーブの勉強をしたんだよ」
「……!あ、あの!イタルさん」
問いかけようとしたアストリットの背後で扉が開く。
「ただいま……ん?何をしているんだ?」
「あ、ディ。おつかれさま。僕の摘んできたハーブを見せていたんだ。アスティも知らないハーブが多かったみたいで、教えてくれって」
イタルは答える。
「それに、僕は本当は学生でね?アスティより色々知識があるから……アスティ、小学生にしては賢いから中学生なのかな?」
「こ、高校生です!入ったばっかりですけど……」
「じゃぁ、16位?僕は大学院生だよ、一応飛び級してるから19だけど」
「ダイガクインセイ?トビキュウ?」
首をかしげるディーデリヒに、イタルは苦笑する。
「えっとね?僕たちの時代にはね?地域によっては身分の差別なく学校で子供達が学べる権利があるんだよ。アスティと僕の知っている国は7歳になる年から初等教育6年間、その次に中等教育3年間、そして試験を受けて合格したら進学して勉強できる3年間の高等学校に、もう一回試験を受けて進学出来る大学。4年基本学ぶんだけど、もっと勉強したい場合は大学院に進める」
「……16年は勉強できるということか?」
「基本は9年で、高校に進むのは確か100人のうち95人かな?残りは経済的に難しい……例えば、家族が亡くなったとか、家の経済事情でとか……まぁ、本人が勉強せずに働くという子もいるからね。それに僕のように、学力が高いと認められたら、同じ年齢の子供よりも上の人と勉強できる」
「勉強と言うのは、読み書き、計算などか?」
「それ以外に、自分の国や周辺の国の歴史に生き物について、もしくは、火を付ける時には火打ち石などを使うけれど、何故、火が燃えるのかを説明する授業に、重いものを持ち上げる時に、棒を挟んで持ち上げると楽に持ち上げられる、それはどう言う力が働くかについてだね」
ディーデリヒは考え込む。
「火がつくのは、火の元になるものが……火打ち石と火打ちがねがあるからで……」
「そう。それは硬い石を打ち付けることによって火花が飛び散り、それを、よく燃える火口に移すことで火をつける。では、火口は火にとってどう言うもので、火が燃えるのには他に何が必要かというのも勉強するんだよ」
「火口になるキノコを干したものとかだけではダメなのか?」
「と言うか……これをもし教えたとすると、Hexenverfolgung……魔女狩りに遭っては困る。僕はエルフで大丈夫かもしれない。でも理解できるアスティを迫害するかもしれない。だから口にできない」
イタルは告げ、黙り込む。
しばらくして、
「ただ言えるのは、この時代、南部のイタリアにガリレオ・ガリレイ(1564年-1642年)や、南西にあるフランスのルネ・デカルト(1596年-1650年)がいる。特にガリレオの知識を理解できるならば、教えられるけれど、難しいと思うよ。固定観念を根本から覆されることだからね」
「でも、イタルもアスティも、そのガリレオが正しいと知っているのだろう?」
「後世には証明される知識も人材も材料も揃っている。そういった論文だって……でも、今のこの時代は閉鎖的で突然、新しい知識や発明をそう簡単に自分のものにできない。錬金術やホムンクルスの研究が当たり前に繰り返される。金持ちのほとんどは自分の欲に忠実で、飢え苦しんだり家族を失って働く者を見下している。ディやアスティがそうじゃないのはわかっている。でも、そう言う金持ちが多いのが事実だ」
ディーデリヒは、苦しげに呟くイタルに、
「イタル……今回俺たちが出会ったのは、アスティが家出同然に旅に出たのがきっかけだ。まぁ、俺やアスティの兄たちがアスティを怒らせたのだが……アスティが旅に出たいと言ったのは、自分たちのことだけではなく、まず領地の人々が飢えて苦しまないように、Kartoffelを育てたいと言ったんだ。そしてSüßkartoffelと言うものを探したいのだと」
「kartoffelにSüßkartoffel……?」
「あの……い、イタルさんは知らないと思いますが、私の父が治めている領地は、隣にあるディさまの領地よりも暖かくて、雪が降っても積もらないのです。私は知らなかったのですが、ディさまが馬を走らせていると、お湯が湧き出ているところがあってその辺りは特に暖かいのだと……なので、カーシュお兄さまが買い叩いて放置していたkartoffelを植えてみてはどうかと……そして、Süßkartoffelもこの時代入っていると聞いたので種芋か蔓はないかと……植えて、分配し、苗を増やし、まずは領民の食料にできればと思って……」
「アスティの意見は、アスティの父上のエルンストさまも賛成されていて、Süßkartoffelの苗を探す者を出すつもりだったんだ。でも、アスティが一人で出て行ったと聞いて追いかけてきた」
告げるとアスティはイタルを見上げる。
「あの……イタルさん。ハーブにとても詳しくて羨ましいです。もし……他の植物にも興味がおありでしたら、私の実家で色々教えてくださいませんか?私の知識は本当にごくわずかで、力もありません。本当は家から飛び出しても情報もなく、ただ右往左往するだけだったのを、ディさまがまずは情報がありそうな町に行ってみようと向かっていたのです。kartoffelはあります。育て方は兄に伝えています。今探すのはSüßkartoffelです。それが見つかったら戻って植えてみようと思っているのです。それに、読み書きや計算を教えてみたいのです……手伝っていただけませんか?」
「……アスティ、本気?」
「本気です。1000ターラーは大半を父に預けていますが、土地の改良とか使ってもらう分と、働く家族を雇い入れたりできればと思っています。何でしたら、イタルさんを研究者として雇ってもいいです。お願い出来ませんか?」
しばらく沈黙が続く。
そして、
「……賃金はなくてもいいよ。共同出資ということで、よろしく。それと、Süßkartoffelならツテはあるから、安心してくれる?」
イタルの言葉に、アストリットは笑顔になる。
「ありがとうございます!イタルさん。よろしくお願いします」
「いいよいいよ。ディもよろしく」
「あぁ、よろしく頼む」
「あ、その前に、一回街でギルドに連絡を入れたいんだ。ここから近くの町……タクマの行った街ではない方にあるかな?」
「あぁ。少し遠回りになるけれど、俺の領地に向かう街が実は近い。そこに向かうか?」
ディーデリヒは答えたのだった。




