1……eins(アインス)
荷物は触るなと繰り返し、瞬は数人の侍女に囲まれ着替えをする。
ベアタはアストリット……瞬の侍女の中でも、最も上の身分であるらしい。
しかし、一種のオタクで髪の毛も切らずにほったらかし、瞳も黒い上にベアタから見て鼻ぺちゃな瞬をどうして『姫さま』と呼ぶのか、不思議でしょうがなかったのだが、
「こちらで如何でしょうか? 姫さま」
と鏡を示された時に唖然とする。
漆黒の瞳と髪が……何故かプラチナブロンドの長い髪に瞳は淡いブルーになっている。
ベアタ達のようにツンと鼻が高い訳ではなく、想像以上に色白で整った、あるべき場所に全てがきちんと揃った愛らしい少女になっている。
ベアタが何かを持ち出してくる。
「今日こそお化粧を……」
「いらないわ!」
瞬はきっぱりと告げる。
世界史は余り得意ではないが、中国や日本でも鉛や水銀を肌に塗ったり、口にしていたと聞いたことがある。
それに、中世ヨーロッパでは毒薬のベラドンナを点眼することで、瞳を美しく見せるという恐ろしい美容法もあったらしい。
それに、青白い程美しいともてはやされ、血を流し、貧血状態でパーティに出るのも当たり前だったとか……そうだ! ヨーロッパでも鉛の入った白粉が使われていたんだ。
それ以上にまだ15歳の自分に、どんな化粧が必要なのだ!
元々の瞬ですら白かったのに、この鏡の中の少女はまだ白い肌をしている。
「やめて頂戴。これ以上しないで!」
「ですが、姫さま。大事なお客様のお越しです」
「私はいいと言っているの。この姿が向こうに失礼になるというなら、ここに残ります。そうお伝えして頂戴」
「……解りましたわ。姫さま。ですが、姫さまのお美しさが……」
残念がる侍女達に、
「美しさよりも、大切なものがあるのよ。では参ります」
歩き出した。
髪を結い上げて貰い、華美な飾りもつけないが……それでもアストリットは愛らしい。
ただ無表情のお人形のように見える。
だが……瞬は、ただ単に、
『この建物暗いし、匂いはこもってるし、何なんだ、ベッドも余りいい匂いしなかった気がする。なのにドレスは香水臭い……うげぇぇ……』
と思っていたのだが、急に瞬の目の前に文字が現れた。
『この世界は、地球でいうヨーロッパの中世の城を模している。』
『当時の城は石造りで、頑丈に作られていた。』
『敵からの侵入を防ぐことと、ガラスが高価だったこともあり、窓は小さく、開け閉めされるようになっている。その為薄暗い。』
『ベッドは城主などでもわらを詰めたもので、余りクッションも良くない。』
『取り替えることもなく、時々チクチクとするのでその上に幾枚も布をかけ眠る。』
『この時代では入浴と言うことは少なく、臭いを消す為に香水を用いた』
と文字が現れ消えていく。
「何……これ?」
『南部ヨーロッパではオリーブオイルで明かりを取ることが多かったたが、北部ではオリーブはない為、獣の脂を使った獣脂ろうそくが作られ、広まり、各家庭で用いられた。』
『17世紀になるとクジラから油が取れるようになり、乱獲が始まる事となる。』
「うげぇぇ……今は日本に、クジラとるなって言ってるのに、その前に自分達が乱獲か〜」
「どうされました? 姫さま」
声を掛けられ、瞬は微笑む。
「何でもないわ。気にしないで」
と言うか、気になるのは自分だけでなく周囲の人の香水の匂いの強さ……。
それに、目の前に何故かゲーム画面に書かれていた文字が現れること。
「ねぇ。ベアタ。私は、肩に下げていたものと、手に何か持っていなかった?」
「今お持ちの書物のみです。姫さま。その書物は何ですか?」
「四角いものは持っていなかった?」
「はい。その本だけにございますわ」
「ありがとう」
瞬は考える。
変なものがあったとして、取り上げられたのではなく、自分は世界に入ってしまい、ゲームの普通なら画面に現れる知識などが現れるらしい。
「しかし、自分が誰で、どこにいるとか分かんないかなぁ……」
ぼやくと、突然画面が現れ、
『名前:アストリット・エリーザベト・ディーツ。ディーツ伯爵エルンストの娘。15歳』
そして地図が現れ、三角矢印が点滅する。
『ここが、ディーツ伯爵領の城の一つ。名前はない。近くに小さい町がある。周囲はほぼ鬱蒼とした森に囲まれている。隣の町などにいくのですら大旅行である。』
「そう言えば、昔はそうだったらしいし……」
内心思う。
「でも、ゲームで最初に入力した『シュン』は何なのよ。意味ないじゃない」
アストリットという名前に慣れない瞬である。
しばらく歩くと、犬達が現れ、ギョッとする。
家では小型犬を飼っていたが、現れたのは細身ではあるが猟犬に近い……多分、セッターやポインター、もしくはこのドイツ語の世界、スタンダードシュナウザーやシェパードなどの原型なのかもしれない。
「こちらにございます。姫さま」
「犬がいていいの?」
「こちらは食堂ですから。残飯は全て犬が食べるのですわ」
当たり前のように告げる。
瞬は頭を抱える。
そうだった。
食事は狩った肉中心で、食べたら骨などを始めとする残飯は全て床に捨てる。
それは犬の餌になるのだ。
それにところどころ落ちていたのは、犬のフンで……。
「不衛生だ……そういえば、料理も各家庭にオーブンとかなかったから、パンも小麦を持って行ってパン屋で焼いて貰うはず……。一応フィンガーボールはあっても、ナイフは共用、フォークは無しで手づかみ……。フランス料理は16世紀にフランスの一部地域から起こった料理だから……もうダメだ……」
遠い目になる。
「姫さま?」
「……何でもないわ。行きましょう」
開いていた扉から入っていく。
奥にエール(ビールの原型)を、ゴブレットという脚付きのグラスで飲んでいる男達がいた。
1人は40代、後3人は10〜20代である。
目の前に画面が出る。
『父エルンスト。右、長兄カシミール、左、次兄フレデリック。戦いの前に猟に向かった。一人は客人であろう。皆、満足な狩ができたと盛り上がっている』
「お帰りなさいませ。お父様、お兄様。そして、お邪魔致しまして申し訳ございません。お客様。簡単な挨拶になりますが、ま……アストリットと申します」
丁寧に頭を下げる。
4人は振り返る。
「あぁ、ただいま」
赤茶色の髪と、焦げ茶色の瞳のエルンストは答える。
いかついというよりも、幾つもの領地を提督として帝国より預けられるのが不思議な程、優しく温厚な顔をしている。
カシミールは、アストリットと似たプラチナブロンドの髪と瞳はブルー。
フレデリックは、父と同じ色である。
「アストリット。こちらで食べるかな?」
父親の問いに、微笑む。
ちなみに、客人は明るい金の髪と濃いブルーの瞳である。
穏やかな微笑みを浮かべている。
「ありがとうございます。ですがお兄様や、皆さまと色々とお話があるでしょう。私は遠慮させて下さいませ。また明日の昼食の時に」
「そうか……残念だ」
『エルンストは妻に似たアストリットを溺愛し、カシミールは長男として一応安泰。しかし次男のフレデリックは妹をよく思っておらず、アストリットは言葉が少ない為、どうしていいか解らない』
「複雑ね……」
呟き、食堂を出ていく。
当時の貴族は朝食を食べず、昼食をディナー、夕食を軽食として取った。
アストリットにも、部屋で自分の分の夕食が用意されているはずである。
「では行きましょう」
アストリットは告げたのだった。
ドイツ語の名前というのが良く分からず、無作為に選んでいる為、ある貴族の名前にたどり着く場合がありますが、別人ですのでご了承ください。
ちなみに、お父様の名前は、とあるゲームのキャラクターです(笑)
メガネがないのが惜しい!
髪の色があの色が良かった!