zwei und zwanzig(ツヴァイウントツヴァンツィヒ)
ボロボロと泣きながら自分の荷物を持ち、飛び出したが、母はまだ本調子ではなく料理や城のことも指示しなければいけない。
そして、こちらもまだ本調子ではないディーデリヒのペット達に食事を与えなければと、動く。
ディーデリヒに会うと辛いと思ったが、それよりも心配だった。
ラウと癒しの魔法をかけたものの、どれだけ治っているかと言うのは、アストリットには分からない。
それに、魔法と食事を与えて、元気になった獣もいたが、特に身体を起こせなかった……狼のアナスタージウスが心配だった。
獣達が怯えてはいけないので、一人で大鍋を必死に持ち、ヨロヨロと向かう。
先に器や水は持って行っていた。
それに、他の人を呼ばなかった。
心の傷はどれほど深いか、目には見えないのだ。
『あ、アスティだ』
リューンが駆け寄ってくる。
『ご飯?ご飯?』
「えぇ。桃李やラウ、ロートとヴァイスは?」
『お昼寝。ロートが寒い寒いって。そう?』
「あぁ、ロートは暖かい地域の子だから、でも、4頭でくっついても……」
『アナスタージウス達と固まって寝てる』
狼の家族にくっついて寝ている姿を想像すると、ふっと微笑ましくなる。
「皆の食事、食べましょうね」
『……何かあった?』
リューンの声に、ビクッとする。
『何か哀しそう』
「……喧嘩……しちゃった」
近くの切り株に鍋を置き、リューンの前にしゃがみこむと、我慢していた涙が溢れ出す。
そして喋り始める。
自分でも何を言えば良いのか分からないけれど、胸の中に溜まっていたものを吐き出す。
しばらく泣き続け落ち着いて来ると、ぽつりっと声が漏れた。
『……リューン達は、基本的にディや、主人と思った人のみかた。でもね、ゲームではキャラクターをそれとなくサポートするの』
涙を拭いていると、リューンはこの世界では聞かない言葉を告げた。
しかも、よく考えると普段と喋り方が違う。
ハッとすると、リューンは首をかしげる。
『戻りたい?元の世界に。ゲームの世界だから、何度でも消去してやり直せるよ。まぁ、アスティにはなれない……普通の旅人で、職業を選んで、色々な地から旅をして、もしくはディ達が戦場に向かう時にすれ違うくらい。でも本当に、自由だよ。ここみたいに束縛ないし、終わりにする?』
「……終わり……?」
『うん、辞めたい時は、リューン達に言って。『Eid』……アイルランド語の『geis』……誓約ということで、解除できる。アスティ……マドカの誓約は『大切な命を一つ捧げること』あぁ、アスティが口にする肉とかも命だけど、それは違うの』
目を見開く。
「……だ、誰かの命と引き換え……?」
『うん、そうだよ。ほら、あの狼なんてどう?』
「狼……」
ざっと青ざめる。
柵の中にいるはずのアナスタージウスが、足を引きずりながら近づいて来るのが見えたのだ。
「な、何で?アナスタージウス!嫌よ!そ、そんな目で見ないで!貴方と引き換えなんて考えてない!それだったら私自身が……」
『それは無理。だって、マドカは旅人だもの』
穏やかな眼差しで自分を見上げるアナスタージウスの首に腕を回し、首を振る。
「嫌!嫌!」
『何で?ただのゲームの中の生き物じゃない』
「違うもの!ゲームでも、私にとっては現実だもの!アナスタージウスは私の大事な……友達だもの、嫌!」
しばらく泣いていたアストリットは、涙をぬぐい、リューンを見る。
「……リューン……。今、私をプレイヤーって……旅人って言ったわよね?」
『えぇ、そうね』
「じゃぁ、旅に出るわ。私も……。お父様にお願いする……そして、フィーちゃんやサンディお姉様に頼んで……」
『はぁ?マドカ……アストリットは、旅人じゃないわよ』
「私はアストリットじゃないわ。『結城 瞬』だもの。旅人よ」
アナスタージウスを見ると、尋ねる。
「アナスタージウス。私と一緒に旅立ちましょう……お願い」
アナスタージウスはスリスリと甘えるようにすると、ペロンと涙をぬぐった。
『ダイスキ、マドカ』
「ありがとう……」
数日後、書き置きを残し、アストリットはアナスタージウスと共に姿を消した。
「アストリット……アスティが!」
あぁぁ……
嘆くエリーザベトをフィーとカサンドラが支える。
「父上!行方は?すぐに探さなければ!」
「女の子が一人でなんて!」
カシミールとテオドールは父に訴えるが、エルンストは、
「本人が行きたいと言ったよ。世界を知りたい。一旦預けたお金の一部を両替して返していただけませんか?高額な銀貨を持っていたら怪しまれると思いますからと言ってね」
「じ、自分が!」
「そんな!アスティは、まだ15の子供!」
「アスティは子供だけれど、ちゃんと物事を考えられるよ。分かっていないのが兄二人とはね……」
ため息をつく。
「あの子が行きたいと言ったんだ。戻ってくるまで待つことだよ。まぁ、待てずに行った子もいるけどね」
エルンストは、ただ一人告げた相手がもう、多分見つけているだろうと……娘がどんな行動に出るか、内心見て見たかったと思った。
「うーん……えっと、ねぇ、アナスタージウス?どこに行く?一応、お父様が、アナスタージウスと相性のいいロバのエルゼに荷物を載せて行きなさいって言ってくれたけど、まぁ、馬はちゃんと乗ったことないものね。エルゼ。重い?」
ロバの瞳がくるくる動く。
ロバはあまり好奇心が旺盛ではなく頑固と聞いているが、エルゼは社交的らしい。
「ありがとう。あら?アナスタージウス?どうしたの?」
チラチラと後ろを見ていたアナスタージウスは、足を止めて、後ろを向く。
『キタ、オソイ』
「えっ?」
森の木々の間からヒョコッと顔を出すのは狼……アナスタージウスと同じ、茶色や灰色の混じった毛色をしている。
数頭現れた後ろから、飛び出てくるのは猟犬達である。
青ざめるが、
「皆、こっちに!」
「……遊んでるだけだよ。それに、アナスタージウスの家族は協力して狩をするんだ」
一頭の馬に乗り、もう一頭を引いて現れたのは、ディーデリヒ。
その馬の背には、ラウとリューンが乗っていた。
少し手前で降りたディーデリヒを呆然と見上げる。
なんでここにいるんだろう……。
それよりも、どうして、あんなに自分の言うことを聞かなかったエルゼがすぐに懐いたのだろう。
ディーデリヒは頭を撫でてとやってくる動物達を撫でながら近づく。
そして、
「な、な、何されるんですかぁぁ!」
一応、女の子の格好では駄目だろうと、兄の古着を着て、珍しい色の髪も編んでまとめてフードに隠した。
皮をなめしたブーツと、あのバッグは目立つのでエルゼにくくりつけ、自分は皮のリュックを背負っている。
その前に、片膝をつき、頭を下げるディーデリヒに悲鳴をあげる。
「な、な、何を、ディ様!」
「すまない。先日……君を泣かせるつもりではなかった。君の心を占める人物に嫉妬してしまった。許してくれないか?アスティ……マドカ」
「え、えっ?し、嫉妬?」
頭の中でぐるぐるする。
自分の好きな声優さんは、あの人で、あの人が声をあてているのは、目の前のディーデリヒで、そのディーデリヒに……。
「……あぁ。嫉妬した。でも、ものすごく情けないと思った。そうしたら、エルンスト父上が、マドカが旅に出ると言うから……慌てて追いかけて来た」
「あ、あの……どこに行くか決めてないし、ただ、地熱の使い道と、あったらSüßkartoffelを仕入れに行くつもりなんです」
「一緒に行く」
「でも、ディ様忙しいでしょう?それに……」
「数年も旅をするわけではないのだろう?それに、アナスタージウスとロバだけで、自分の身を守れるのか?」
痛いところを突かれる。
「えっと……ギルドで、そう言う冒険者登録と、一緒に旅して良い旅人を探すつもりだったんです」
「……マドカ。一言言うが、オオカミを連れた身元不明の子供を、ギルドはすぐに登録を認めないと思うが……」
「お父様に手紙を書いてもらったのです。お母様の遠縁の子供って」
「……ますます危険だ!忘れているのか?アスティの伯母上は皇后陛下。母上の遠縁の子は皇帝陛下の子供や、中央の貴族の子供たち……こんな辺境に来るはずがない」
ハッとする。
そう言えば、アストリットの伯母は皇后陛下、母の兄弟も中央の貴族で、ついでにディーデリヒの亡くなった母上は、代々宰相を排出する一族の現当主の妹……。
「あの、都に行って、ディ様。伯父上に会われます?」
「何で?あぁ、会ってもいいが、会うと即、俺とマドカの結婚式だと思うぞ?で、こちらの地域に戻れなくなると思うが……行くかい?」
にっこりととんでもないことを言ったディーデリヒに、顔を赤くして首を振る。
「キャンセル!……Abbrechen!別のところに行く!ディ様!わ、私は箱入り娘で何も分かりません。一緒に旅して下さい!お、お願いします」
「それでもいいかなと思ったんだけど……」
「良くないです!絶対、家よりも大きな屋敷の奥で、閉じ込められちゃう!せっかく旅に出たのに!」
「それもそうだな……じゃぁ、確か、ここから一番近いベルリンに行って、植物や技術について聞いてみよう。でも、あまり好奇心が旺盛では、魔女狩りと言って……」
「分かってます!じゃぁ、ディ様のお付きというか、見習いでついていきます」
ぺこん頭を下げる。
ディーデリヒと共に、瞬は旅に出ることになったのだった。




