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elf(エルフ)

 しばらくして戻ってきたアストリット……まどかは、不安げに家族を見回し、この世界にきた時に持っていたバッグをテーブルに置く。


「あの……し、信じては頂けないと思いますが……」


 バッグのファスナーを開け、中にあるずっしりと重い皮袋を取り出し、テーブルに広げた。

 追い出した弟フレデリックに渡した銀貨の何十倍もの銀貨の山に、カシミールはギョッとする。


「そ、それは……どうして、アスティがそんな額を? もしかして、あいつが……」

「いいえ、フレデリックお兄様が置いて行ったものではありませんの。私が……信じて頂けないかと思いますが、私が持ってきたものです」

「持ってきた?」


 エルンストは娘を見る。

 戸惑いがちにアストリットの中の瞬は口を開く。


「実はこの体はアストリットです。そして、この体をアストリットと今喋っている私、瞬が共有しています」

「マドカ?」

「はい……私は15歳の、ここからずっと東にある日本……Japanヤーパン……Chinaヒーナの海を越えた島国の人間です」

「『Die Wunder der Welt(東方見聞録)(原題は『Il Milione』 (イタリア語))』Marcoマルコ Poloポーロの旅した話の中にあったね……」


 カシミールは考え込む。


「私はアストリットと同じ15歳で、学校に通っています。様々なことを学んでいました。文字を書くこと、計算すること、歴史、芸術や、植物動物についても……kartoffelジャガイモとSüßkartoffelさつまいもは学校で育てたことがありました。それに、kartoffelの芽に毒があると言うのは、学校で料理を作ったり、生き物や植物を育てたり勉強することで知識として覚えます。そして、読めないと思いますが、このような辞書や教科書で勉強しているのです」


 教科書と辞書……漢和辞典と英和辞典を差し出す。

 興味があったカシミールは英和辞典を、ディーデリヒは漢和辞典を手にする。


「……あ、文字が揃っている。何となくわかる」

「……お兄様も持っている辞書は、西に海を渡ったAlbionアルビオンと言うのでしょうか、Greatグレート Britainブリテン……の文字です。ディ様の持っているのは、ChinaとJapanで使われている文字です。私にもよく分からないのですが、ある事があって私がアストリットの体に入り込みました。でも、騙すつもりもなく、ただ……私が動くと、アストリットが考えていること、どういう風にマナーがある、こうするといいとか伝わるのです。フィーちゃんのお人形やお母様のベッドは全部私が考えました」

「何で?」

「お父様。今、私たちが使っているベッドには、ワラなどが使われていて、ノミやダニと言う小さな虫がいます。その虫に噛まれると赤い湿疹のような点々が体にできます。それだけで済めばいいのですが、体の弱った人や幼い子供が噛まれると病気が移り、死んでしまうのです。私の時代では医術は進んでいるのですが、それでもごくまれに、犬や狩ってきた生き物に付いていて噛まれ……ですからお腹に赤ちゃんのいるお母様や、小さいフィーちゃんに病気になって欲しくないので……すぐに変えて貰ったのです」


 アストリットは必死に答える。


「そしてこのお金ですが、盗んだりしたものではありません。何も分からない、どうすればいいか分からない私に、何かあれば使うといいと渡されたものです。最初、私はアストリットの体に入っているとは思いませんでした。それに渡された時、この銀貨の価値を聞き、どこかに隠してしまおうと思いました」

「幾ら渡されたの?」


 エルンストは穏やかに問いかける。


「せ、1000Thalerターラーです」

「1000Thaler!」


 カシミールは目を見開く。

 弟を追い出した時に渡した額の百倍……2Thalerで、一般家庭の1ヶ月分の生活費である。

 アストリットの嫁入り道具を用意しても、余剰がある程の価値はある。

 アストリットは、躊躇いがちに家族を見る。


「あの……私がこれを隠して持っていても、すでにお父様やお母様、お兄様たちを騙している上に、どこからのものか分からない大金をと思うだけで本当に苦しいのです。ですから、お願い致します。私を信じて頂けないと思います。でも、アストリットは信じて下さいませ。そしてこのお金を、この地域の人々の為に使って下さいませ。お願い致します」


 アストリット……瞬は土下座をする。

 前にも言ったが、お世辞にも綺麗な床ではない。

 しかし必死に頭を下げる。


「もし、信じられないと言ったら?」


 エルンストの言葉に、頭を上げず涙を浮かべ、震える声で囁く。


「しゅ、修道院に……参ります」

「修道院……プッ!」


 カシミールが噴き出した。


「こら! カシミール!」

「す、すみません! 父上。アスティ……修道院はこの近辺では男性だけだよ。女性の修道院はかなり遠いんだ」

「そ、そうなのですか……じゃぁ、旅に……」

「それは俺は反対する。アスティの身のこなしといい言葉遣い、世間知らずで旅に出てどうする。その銀貨はここに置いていくということは、無一文で行くつもりなのか?」


 ディーデリヒの声に、顔を上げる。


「だ、大丈夫です。わ、私は、一応ミニマルと呼ばれてて、お転婆なので」

「ミニマル?」

「えっと、『Kleineクライン Prinzessinプリンセズン』……小さい姫と、お兄様は私を呼びますが、『kleinクライン Tierティーア』……小動物を意味する、ミニとアニマルを縮めてミニマルと呼ばれているのです」

「『klein Tier』……」


 再びカシミールは噴き出す。


「カシミール!」

「すみません……父上。えっとマドカ? だっけ? 君自身はその言葉が正しいなら、多分ちょこまかしていたと思うけど、アストリットはそんなに筋力もなければ、走り回ることも出来ないよ。まぁ、一応乗馬は出来る。でも、早駆けなんてもっての他、軽く走らせる程度だよ。体力ないのにどうするの?無一文で出て行くなんて私や父上、母上が許すと思うかい?」

「で、でも……」


 席を立ったカシミールは、アストリットの小さい体を抱き上げる。


「ほら、床が汚れているのに座り込んで……フィンガーボウルで手を洗いなさい。誰か、手を拭く布を」

「あのっ……お兄様……」

「そうそう。私は、アストリットでもマドカでも、君の兄だよ。誰が何と言おうと君が嫁ぐ以外で離れたりしないから、安心して」

「そうだよ。カシミールの言う通りだ」


 アストリットの提案した料理を食べたエルンストが微笑む。


「誰が何と言おうと、お前は私達の娘だよ。それに、そのお金は持っておきなさい」

「いえ! 無理です! こんな大金を持っていたら怖いです。だって一億二千万……いえ、お兄様が驚く額です。一般家庭の500ヶ月……約41年間生活できますよね?」

「まぁ、そんなにすぐに計算できるの?」


 エリーザベトが驚くが、手を洗って貰い、何故か兄の膝の上に座っているアストリットは、


「暗算……えと、アバカスの一種を小さい頃から勉強していて、アバカスを使って加法、減法、乗法、除法、平方根、立方根……足したり引いたりをしたり、頭の中で簡単な計算なら出来ます」

「アバカス……と言うと、私の部屋にあるあれ?」

「お兄様のは発展が違うので計算が難しいのです。私の使っているのはそろばんと言って、上に珠を一列、これは数字の5を意味します。下には1を意味する珠を4つ。もし、2足す3だったら、上の珠をさっと下ろすんです。で、6を足すと、下の珠を一つあげて、5の珠を無しにしてその左にある1の珠をあげます。桁が上がる……11になるんです」


 バッグの中から小さいそろばんを取り出したアストリットは、パチパチと珠を弾く。


「……何か簡単? 計算に頭悩ませることが減りそう……」


 エルンストは覗き込み、その前で、除法の計算をする。


「先の計算は500ヶ月を12ヶ月で割りました。そうすると、ここに41年と8ヶ月と出ます」

「……うむむ……そうなると難しいな……」

「じゃぁ……」


 ノートを開き、割り算の計算を書く。


「これを、そろばんで計算しました」

「……お姉様。フィーも勉強できますか?」

「えぇ。教えてあげるわね。フィーちゃんは賢いから、すぐにできるようになるわ」

「じゃぁ、アスティはここにいなきゃダメだな。フィーはここの娘だし、アスティもそうだ。それに何度も言うが、無一文じゃ絶対にアスティは生き抜けないぞ」


 ディーデリヒが頭を撫でる。


「それに、1000Thalerも渡されて、アスティが出て行ってみろ、そのお金がどこから出たかとか言われるぞ?酷い時には、ご両親がアスティを売ったとか不名誉な噂が広がる」

「そ、そんな! お父様もお母様もそんなことはしません!」

「じゃぁ、ここにいることだ。アスティ。それに、守銭奴のカーシュがそれで何をすると思う?」

「えっ?お兄様ですから……」


 2、3思いついたことを口にするが、真顔で首を振り、


「それは、アスティが考えていることだろう? カーシュはもっとえげつない。それを使って悪どいことを考えるに決まってる……絶対に」

「酷いなぁ! ディ。私のどこがえげつないのさ」

「どうせ、隣から返ってくる宝石を売って手に入れたお金とか言いふらして、投資に使うつもりだろう。アスティのものだぞ? 許可は取れ」

「アスティ〜! 酷いよ〜! ディがこんなこと言ってる! お兄ちゃんは、アスティが言ってた『チネツ』が気になってるのに……ねぇ? 『チネツ』ってなぁに?」


 にっこりと首をかしげるカシミールに、アストリットは答える。


「えっと、私の勉強したことですが、この大地の底にはマグマと呼ばれるとても熱いドロドロとした液体が渦巻いているそうです。その液体は時々地上に姿を現し……山が爆発したり、その熱に温められたお水が湧くことも。ディ様の言われていたものが温泉、お湯です。ディ様の言う通りならそのお湯に直接触れるのは出来ませんが、それを囲うように建物を作り、室内を温めることで、暖かい状態になります。蒸し風呂と言って、熱い蒸気を浴びて汗を流すことで、体を綺麗にも出来ますし、近くの泉から水を引いて、温度を下げ、入浴出来ます。それに、料理にも使えます」

「料理?」

「肉の生臭さや野菜のえぐみを、茹でたり蒸したりして取るんです。それに、蒸すことで旨味も凝縮されます」

「……へぇ、それが地熱……」

「あ、それと、お兄様。この辺りは雪が降ってもすぐ消えると言いましたでしょう? 特に温泉の周囲はきっと他の土よりも温度が高いはずです。ですので、その少し離れたところを畑にして、周りを柵で囲っておくと成長が早いかもしれません。その代わり、水はけは良くしておいて水をまいてあげると良いと思います。地熱を利用する方法です」


 アストリットは説明する。


「先程のお金を、その為のお金として利用してくれますか? 最初は失敗すると思いますが、成功すると冬の間も収穫できる、他の地域よりも大きく育つという風になるかもしれません。それに、鶏もその近くに柵や屋根を作り、放し飼いにすると、卵も産みますし、あまり冷えないと思います。ど、どうでしょうか」

「収入が入るようになったらどうするの? それと、どれだけ出すの?」

「えっ? この領の為に次の投資を考えます。それに全部……」

「……はぁぁ……私の妹が、こんなに可愛いとは思わなかったよ」


 溜息をつく。


「アスティ? 投資と言うのは、ただお金を出せばいいだけじゃダメ。収入がいつ頃入るか計算しないと次の投資に使うお金が予測不能だよ? それじゃ、緊急に必要なお金はどうするの。全部つぎ込むのはダメ。もし失敗したら借金だよ。多くて3分の1! 他は残す。折角名案を出したのに、それで半分位減ったねぇ……」

「でも、どれ位かかるか……」

「アストリット」


 エルンストの声が響く。


「アストリットのその提案は、私たちが現地に赴いて調べてから考えよう。その時に予算の計算や、どの程度期間がかかるか……もし失敗したらいつ手を引くか……話し合おう。いいね?そして、このお金はお父様が、預かっておくから安心しなさい」

「はい。お父様。よろしくお願いします」

「では、アスティは体を清めておいで」


 兄にそのまま抱かれ出て行ったアストリットを見送り、


「うーん……賢い子だけど、少し可愛すぎるね、うちの娘は」

「うふふ、私達の娘ですもの。ディくんもフィーちゃんもそうでしょう?」

「そうだねぇ……」


と夫婦は微笑みあったのだった。

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