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9……neun(ノイン)

 しばらくすると、きゃっきゃと楽しそうにはしゃぐ声と共に、


「わぁぁ、フィー。手を繋ごう。走っちゃダメだよ」

「はーい。カーシュお兄さま! あ、お父さま! おはようございます!」

「おや。フィー。おはよう。今日は元気そうだね。それに、今日もとっても可愛いよ。おいでおいで〜」

「あ、父上」


 そして現れたのは、エルンストに抱かれた9歳になったフィーと、後ろで悔しそうなカシミールの姿である。




 フィーのワンピースは、最近再び戻ってきたこともあって、アストリットの着ていたものだったりする。

 しかし、髪の色は淡い栗色で瞳も淡く、頰は白いフィーは、実の姉のような派手な色や奇抜な形よりも、優しいパステル系の色に、シンプルだが上品なものが似合う。

 兄と共に帰省したフィーが持ち出した服は、姉達の古着で、家族や侍女達が、これはダメだとほどき縫い直し、街のバザーに出すことにした。

 代わりに、アストリットの大事に着ていたワンピースを幾つも出し並べ、そして、新しい布を選んでいるエリーザベト達や侍女に、


「お母さま、お姉さま? どうしましたか?」

「あぁ、フィーちゃん。アスティのワンピースもあるのだけど、新しく何枚か仕立てようかと思っているのよ?」

「えぇぇ? こんなにあるのに! お母さま、フィーはお姉さまのワンピースがいいです」

「でも、折角……」

「お母さま? 大きくなったら沢山作りましょう。それに、ここのくたびれたリボンを取り替えたりしませんか? それとね? フィーちゃん」


アストリットは、後ろに隠していたものを差し出す。


「お姉さま? それは?」

「うふふ。みんなで作ったの」

「……お姉さま、お人形?」


 当時は、粘土や地域は木が多かったので、木製の人形が多い。

 男の子には兵隊のお人形まであったらしい。

 フィーも古ぼけた人形を持っていたが、アストリットが持っているのは全く見たことがなかった。


「木のお人形って硬いでしょう? フィーちゃんが抱っこするのも重くて冷たいでしょうし……柔らかいものを詰めて作って見たの。初めてだったから、うまく出来たかしら……」


 アストリットの中にいるまどかは、内心ヒヤヒヤである。

 瞬の時代には当たり前にあるテディベアやぬいぐるみを作るのは、ボアという布がないので無理だが……父たちの狩った生き物の毛皮では生々しい。

 代わりに、余り布や古い布があれば、人形は作れるかもしれないと思ったのだった。

 そして、作ろうと決めた時、六面体が二つ転がり、何とかクリティカルである6が二つ出た。

 安心して、自分の時代の8頭身の人形は無理だが、頭を1として、胴体が同じく1、手足が余り長くなくていいとイメージして作り始めた。

 髪は紐をよったものを、草木染めで染めてみた。

 そして、目はタレ目に見えるように涙型の布をかがりつけ、紅色の糸で口をにっこりと笑っているように刺繍する。

 解いたドレスの布で簡単なワンピースと髪飾りをつけ、何とか出来上がった人形を見て、動けない母のエリーザベトが、


「あら、何て可愛い。私も作ろうかしら」


と、面白そうだと加わり、仕立て直した余り布やリボンなどを館中から集めて、それに気がついた侍女達も巻き込み、一大事業と化した。

 そして、着せ替えの出来るお人形を作ったのである。


 その上、アストリットは体の弱いフィーや妊婦の母に負担にならないベッドをと、わらを全て出してしまい、代わりにもう捨てるしかない使い切ったハギレや、くたびれて使えないという綿などを集めて、体に負担の少ないマットを作る。



 それと、川辺で葦に似たものを見つけたので、それを従僕に取ってきて貰い編みはじめた。


「何してるの?」


 お人形作りはある程度侍女たちに頼んだと思ったら、葦を使って何かを作り始めた妹にカシミールはギョッとする。


「あ、お兄さま。日陰ですわ」

「は? 日陰?」

「はい。今度のお祭りの時に、色々とバザーに出品しますでしょう? その時に立てかけようかと思いましたの」

「立てかける?」





「えぇ。えっと、まだ作りかけですけど、こんな感じです」


 長い葦を紐で編んでいたものを広げて立てる。


「もうちょっと長く編んだら、フィーちゃんとかくれんぼして遊べますでしょう? それに、日陰を作ったり何かを隠したり出来ますから。しまう時は巻きます」

「で、短いのは?」

「同じように編みますが、こちらは逆に、お店の軒先に吊るして日差しを避けるんです」

「か、考えたのかい?」

「はい。本を読んでいたのですが、確かこれは別の地域では叩いて繊維を出して、紙を作るんです。でも、硬いし面倒でしょう? ですので、こうやって使えばと思ったので」

「ふーん……」


 カシミールは考え込む。


「お兄様? ……やっぱりダメでしょうか?」

「何で? 葦は湿地帯に沢山、無駄に生えているじゃないか。それを干して編んで、別の地域に売りに行けばいい。商売になるよ?」

「本当ですか?」

「あぁ、それに、濡れても干せば繰り返し使えるだろうし……良いものを考えたね」

「もうちょっと考えて見ても良いかと思うんです。お兄さま」


 アストリットは兄を見つめる。


「お兄さま……私は何が出来ますか?」

「ん? 何で?」

「……私は、お兄さまのように賢くもありませんし、武器は持てません。出来るのは、想像してそれを何とか形にできないかとあがくこと……こんなことだから、フレディお兄さまも気持ちが悪いと……」

「何を言っているの」


 カシミールは妹を抱きしめる。

 そしてその髪を撫でた。


「アスティは本当に優しくてそれに賢いよ。今、母上達が楽しんで作っているお人形だって、最初はアスティがフィーちゃんが喜んでくれたらいいなって、可愛いお人形を作ったんだよね? 木の人形も趣はあるけれど、やっぱり柔らかくないし、フィーちゃん位の女の子ならおままごとも好きだと思う。お洋服を着せ変えるなんて、斬新だよ。きっとフィーちゃんは喜んでくれるよ」

「お兄さま……」

「そうやって、調子の悪かった母上や、小さい妹のフィーちゃん、この城に仕える人達まで思いやれる……優しいアスティを自慢に思うよ。それは父上も母上も思っているとも。だから、その人を思う優しい気持ちと強さを、自分を否定しないで。アスティ。私の自慢の大事な妹は君だよ」

「……はい。それに私にとってお兄さまは、私の自慢で優しくて大切なお兄さまです」


 兄に抱きついた。




 そして、何枚かの着せ替えの服に、靴などの備品を揃えた人形はフィーの手に渡った。

 最初はおずおずとだったが、細かい部分まで丁寧に作られているドレスを着た人形に、フィーはぎゅっと抱きしめた。

 そして、それ以上に自分のことを思ってくれるアストリットを、ますます慕うようになった。


「お姉さま」

「フィーちゃん。もう熱は下がった?」

「はい! お着替えしました。アティチュードも。よく似たお洋服があったので」

「本当。よく似てる。二人とも可愛いわ」


 アストリットは、自分にお人形を見せてくれるフィーに微笑む。


「あ、そうだわ。はい、フィーちゃんとお人形ちゃんとお揃いのリボン」

「わぁぁ! ありがとう。お姉さま」


 フィーにアストリットが結び、フィーはお人形に飾る。


「あっ。フィーちゃん可愛いね」

「お兄さま、ありがとう」

「お兄さまもいりますか?」

「見てるだけでいいよ〜」

「フィー」


 アストリットの後ろから姿を見せる兄に、フィーはぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「お兄さま! お揃いなの!」

「あぁ、良かったな。とても可愛い」

「お人形のアティチュード、可愛いです!」

「フィーも可愛いよ」


 妹に笑いかけ、ディーデリヒはアストリットを見下ろす。


「このリボンは? アスティが?」

「はい。あ、ディさま」

「ん?」


 背伸びをして、片側に寄せてゆるく編んでいたディーデリヒの髪に、優しいグリーンのリボンを結ぶ。


「フィーちゃんと色違いです。この赤いリボンはお兄さ、あで、クリーム色はリューンに。ラウちゃんと選んだんですよ」

「ラウ、ありがとうな」

『あーずるいー』

「あ、リューン。ほら、アスティがくれたぞ。似合うだろうだって。ありがとうって言いなさい」


 ディーデリヒはリボンを示す。


『あいがと……で、でも、ディはリューンのだもん!』

「こらこらこら」


 ケンカを売るドラゴンをたしなめる。


「リボン結んで、可愛くしろリューン。ディナーだぞ」


 言いながらディーデリヒはアストリットに腕を差し出す。


「エスコートらしいものは上手じゃないが……」

「ありがとうございます。ディさま」


 少し背の高さはあるが、ディーデリヒが気を使い、エスコートして歩いていくのだった。

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