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8……acht(アハト)〜少し昔の話〜

 フィーは、長兄と丁度10歳年の違う女の子である。


 余り丈夫ではなく、母親ではなくどことなく長兄に雰囲気や目鼻立ちが似ていた。

 賢い子供だったこと、そして、母や姉達とは違い、風邪を引いたり熱が出てはベッドにいることが多い。

 つまり動きが制限されると言うことは、本を読んだり、小さい頃に傍についてくれていた乳母達が沢山の話をしてくれた。

 乳母は夫を戦争で失い、フィーと同じ年の子供はフィーが物心ついた頃にはいなかった。

 だが、彼女はフィーを実の子供のように愛してくれ、母や姉達から守ってくれた。

 しかし、乳母がいわれのない言いがかりをつけられ暴力を振るわれていた時には、何もできずただ泣き出したフィーの部屋に、キラキラとした髪の二人のお兄さんが姿を見せた。


 一人はキラキラとした日の光のような金色の髪と青い瞳のキリッとした人で、もう一人は銀色のような金色の髪と、淡いブルーの瞳の優しそうな綺麗な人。


「何をしている! コジマ! エルケ!」


 その声に、姉達がバレた! と言いたげに首をすくめた。

 姉達を振り払い、乳母に近づいた。


「大丈夫か? ゲルトルート」

「あ、ありがとうございます。申し訳ございません、若君さま」

「謝らなくていい。ゲルトルート。悪いのはコジマとエルケだ。コジマ! エルケ! ゲルトルートに謝れ!」

「何で私が! 召使いに?」

「そうですわ! 私達が悪いといつもお兄さまは言いがかりを! お母さまに言いつけますわよ」


 その一言に、金髪の……異母兄が目を細める。


「私はお前達の兄ではない! 陰で、お前達がそう言っているだろう? 違っているか?」


 成人に近づいた兄は、本館から出て、別館で暮らすようになっていた。

 兄を敬愛する乳母や侍女達は、


「姫さまのお兄さま、ディーデリヒさまは、本当に素晴らしい方なのですよ。勉学も怠らず、剣術や乗馬、そして領地のあちこちに出向いては、畑の様子や町で何か不便はないかと視察に回られているのです」

「それに、私の町は流行病があり、治療法や薬など全く解らず、身体が弱っている子供や老人が倒れて……次は私だわ……もう死ぬしかないと諦めていた時に、ご自分が馬車を操って、薬に滋養のあるものを積んで来て下さったのですよ。お医者様も呼んで下さって……」

「私は、兄の作った借金のかたに売られかけた時に、助けて頂いたのです。そして、ここに勤めてくれないかと」


笑顔で話す。


 父は忙しく滅多に戻ってこない。


 いつも居るのは、ヒステリックに叫ぶ母に、命令するだけで自分達が偉いと言って、フィーや侍女達をいじめる姉達。

 フィーは恥ずかしくて申し訳なく、表情も暗いと言うよりうんざりとしている。

 しかし、ディーデリヒとは年も離れていて、余り丈夫でないフィーは、会うこともほとんどなく、それに母や姉達のしていることを薄々勘付いていたこともあり、兄に嫌われていると思っていた。


 遠目で何度か見たことはあったが、ここに来てくれるとは思わなかった。


「大丈夫? 確か、ニュンフェちゃんだったかな?」


 柔和な少年が近づいて微笑む。

 膝をついてくれたプラチナブロンドの彼に、


「はい。はじめまして、おにいしゃま。ニュンフェでしゅ。ばあや達はフィーって呼んでくれます」

「フィーちゃんか。お利口だし可愛いね。お兄ちゃんはカシミール。カーシュって、フィーちゃんのお兄さんに呼ばれているんだよ」

「カーシュおにいしゃま……えと、おにいしゃま……フィーは、お母さまがおにいしゃまに意地悪して、お姉さまも……ばあややメイドのおねえしゃまにお湯をかけたり、つねったりして……おにいしゃまに会いたいのに……それに、お姉さまと同じ、で……い、妹じゃない……から……」


しゃくりあげると再び泣き出す。


「おにいしゃま……ごめんなしゃい」

「大丈夫、大丈夫だよ……泣かないで」


 カシミールがあやすと、その後ろから近づいてくる靴音。


「ど、どうしたんだ? また、あいつらに何かを……? フィー、大丈夫か? 痛いところは?」

「ふえぇ? おにいしゃま。フィーの、お名前……しってる、の?」

「当たり前だろう? フィーは、俺のたった一人の妹だ。ニュンフェと言う名前も、フィーが呼び辛そうだから、ゲルトルートとフィーと言う呼び方を考えたんだ。フィーは覚えていないと思うが、よく小さいお前を抱っこしてたんだ」

「……おにいしゃま……フィーのこと、きらい、ない? しゅき?」


 ディーデリヒは、ベソをかく妹を抱き上げ、涙をぬぐい笑いかける。


「当たり前だろう? お兄さまはフィーのお兄さまで、大好きだよ。嫌いになったりしない」

「おにいしゃま……フィーもだいしゅき!」

「あ、私は? 私もお兄さまって呼ばれたい!」


 はいはーい!


 手をあげるカシミールから離れるように下がる。


「呼ばせてやらん! お前にも妹がいるだろう! まぁ、フィーの方が可愛いに決まってるけどな」

「何だって? 私のアストリットがどんなに可愛いか! アストリットは私に瓜二つなんだ! その時点で可愛いだろう!」

「お前の顔が、母上のエリーザベトさまに似ているのは知っている。それにエリーザベトさまは領主夫人の鑑と呼ばれる程の手腕と、夫であるエルンストさまを支えられ、お前を始めとする子供を育てた良妻賢母の代名詞であると。で、お前の妹がエリーザベトさまにそっくりで、あのエルンストさまが可愛がっていることも」

「そうだろうそうだろう。私の妹だから」

「お前の妹という風に言われると、癖の強いお前の馬鹿弟が思い浮かぶ。エルンストさまとエリーザベトさまの娘と聞くと、あぁ、あのエルンストさまがおっしゃっていた子かと思う……が、フィーの方が俺には近くて可愛い!」


 カシミールとディーデリヒが睨み合うのを、フィーはくすくす笑う。


「おにいしゃま、カーシュおにいしゃま、喧嘩だめでしゅよ? フィー、ア、アシュ、あ……」

「アストリットはアスティって呼んでいるんだよ。アスティは私の3歳下。ディーデリヒは15で、私は14だから、11歳だね」

「フィーは5しゃいでしゅ。あ、アスティおねえしゃまって、呼んでもいいでしゅか?」

「アスティはすごく喜ぶよ。アスティは上が私たち男兄弟で、妹が欲しいって言っていたから。フィーちゃんみたいに可愛い妹、はしゃぐと思うなぁ」


 フィーは頬を赤くして二人を見る。


「フィー……優しいお兄しゃまが二人、おねえしゃまが一人でしゅ。……怖いお姉様……いらないでしゅ。おにいしゃまはだいしゅきでしゅ。でも、カーシュおにいしゃまのおとうしゃまとおかあしゃまが、フィーのおとうしゃまとおかあしゃまだったらよかったでしゅ……」


 幼い子供の一言は、悪気はなくとも特にディーデリヒや乳母のゲルトルートの胸に突き刺さる。

 一瞬暗い表情になる二人の横で、カシミールは明るく声をあげた。


「あ、そうそう。あのね? フィーちゃん。実は、私やディーデリヒは、2年程留学をすることになっているんだ。それでね? 私の父がフィーちゃんの調子が良くならないのは、もしかしたらこの領地に身体が合わないからじゃないかって、もし良かったら私の実家で静養してはどうかって、フィーちゃんのお父さんに手紙を送ってね? 2ヶ月前だったんだけど……でも返事がなくて、私達も旅立つのにって、心配した父に言われて様子を見に来たんだ」

「カーシュおにいしゃまのおとうしゃまが?」

「うん。そうしたら、フィーちゃんのお父さんに聞いたら受け取ってないって。でも、こちらはちゃんと家の印を使って封蝋したものを使者に渡して、フィーちゃんのお母さんが受け取ったと確認してたから聞いたら、見もせずに破り捨てていたみたいでね」


 ゲルトルートはその言葉に真っ青になる。


 封蝋と言うのは、今で言う手紙の封にのりの代わりにロウを溶かし、その上から紋章付きの印であったり指輪を押し付けて他人が開けないようにするもので、紋章や家紋などを押したものは、ある程度冷まして指で軽く押さえたものよりも緊急性が高いものや様々な交渉ややり取りを書いたものが多く、より重要なものとなる。

 隣の領の領主エルンストからの重要な手紙を受け取ったのに、夫に渡さず破り捨てた……。

 普通はあり得ない。

 エルンストから、怒りと謝罪を求められてもおかしくない。

 いや、エルンストはここの領主よりも中央からの信頼が厚く、ディーデリヒの母方の親族もディーデリヒに直接近づくことはしないが、エルンストを通じて甥であり孫であるディーデリヒに何かあってはと気にかけていると言う。

 ディーデリヒはきっとしないだろうが、ディーデリヒがこの領地でのことを漏らしただけで、正式な結婚をしていない愛人はすぐに捕らえられ、斬られても文句は言えない。

 その科は子供であるフィーにも及ぶ可能性すら……最悪の場合は、家ごと潰されてもおかしくないのだ。

 その時には、ディーデリヒは中央の親族が匿い、伯父である宰相の息子として公表されるだろう。

 宰相は結婚したが妻に先立たれ、認知した子供もいない。

 宰相は妹の遺児を自分の子として公表しても、懐や権力にゆるぎも痛みもないだろう。

 逆に、妹ともう一人の甥を殺しておいて、喪も明けぬうちに愛人を館に招き入れた愚弟から甥を取り戻し、その後本人は隠し通せていると思っているだろうが、幾つかの悪質な所業を追求していくだろう。


 愚かな……。


 隣の領主夫人は女傑ではないが、先程ディーデリヒが褒め称えるだけあり、その美貌と知性が知れ渡っているが、逆にここの領主の愛人……正式な夫人と認められていないのだ……は、愚かな振る舞いをしては忠言をする者を蔑め、夫に嘘を教え、次々と辞めさせている。

 今、フィーの側にわずかに残るゲルトルートや数人の侍女は、ディーデリヒに何度も頭を下げられ、そしてまだ幼いフィーを置いて去ることも辛く残っている者ばかり。

 もし、ディーデリヒがいなくなったら、自分達はどうなるだろうと悲観しているものもいるのだ。


 しかし、カシミールはサラッと、


「だからね? 今回のことは黙っといてあげるから、代わりにフィーちゃんとばあやさん達、フィーちゃんの身の回りのことをしてくれてる人を連れて行くからってお父さんに言っておいたからね?急だけど、明日にはここを出ていくから、大丈夫かな?」


最後の一言は、フィーにだけでなく、ゲルトルートたちに問いかけていた。


「畏まりました。姫さまもこれから寒くなりますし、暖かいあちらで静養と言うのは宜しいかと……あ、差し出がましい言葉、申し訳ございません」

「そうなんだよ。ここの方が冬は早いから、余裕を持って準備ができればと父は早めに使いを送ったのだけど……急で本当にごめんね」

「いいえ、カシミールさま。そして、お父上のエルンストさまのお心遣い。本当に、私のような者から申し上げるのは失礼だと存じますが、主人に代わりお礼を……有り難いことでございます。その上私共にまで……」


 そっと後ろを向き、目尻に滲んだ涙をぬぐう。

 そして、


「ディーデリヒさま、カシミールさま……申し訳ございません。最低限の準備になるやもしれませんが、姫さまや私共の荷物をまとめさせて頂けますでしょうか? しばらく姫さまの傍から離れて……」

「それは頼む。それに、大事なもの、必要なものは持っていくといい。足りなければ……」

「うちで揃えたらいいから。それに、フィーちゃんは、私とディと3人で遊んでいるから、大丈夫」


二人の言葉に、頭を下げたゲルトルートは同僚と下がり、最低限のもの、まとめられるものを大急ぎで支度をしたのだった。




 これは、まどかの知らない4年前のお話……。

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