第9話:秘密兵器
ヴィオラの誘いを断ったアナスタシアは、モチョを連れて本館前へとやって来た。そこで意気消沈しているシュヴァルを発見し、何となく結果を察した。
「面接うまくいかなかったのか?」
「途中までは良かったんだけど、最後に失敗したんだ。大体君のせいで」
「えっ?」
半分目が死んだ状態のシュヴァルは、面接時の状況をアナスタシアに語り出した。
時刻は三十分ほど遡る。
「君がグラナダ達が話していたシュヴァル君だね? わしはラウレル。まあ、名前くらいは聞いた事があるだろう」
「は、はい! お会いできて光栄です!」
学長室へと招かれたシュヴァルは九十度を超える角度で頭を下げた。錬金術師トップクラスの人間に会っているのだから、当然といえば当然の反応である。
今、学長室にはラウレルを中心とし、傍にはグラナダが控えている。錬金術師の花形二人が並んで座っていると、シュヴァルには用意された椅子が処刑台のように見えた。
グラナダが座るように促すと、シュヴァルは背嚢を床に下ろし、緊張した面持ちで腰掛けた。いよいよ面接の始まりである。
「随分と緊張しているようだが、なに、軽い顔合わせのようなものだ。気楽に構えてくれればいい」
「は、はい……頑張ります」
よく分からない返答をするシュヴァルに、ラウレルは一瞬苦笑しそうになるが、即座に気を入れ直す。
(見た所、凡百の錬金術師に見えるが、こやつが異世界人で人体実験を行った形跡があるのは事実。見かけに騙されてはならんな)
グラナダやヴィオラが言っていた通りだと、ラウレルは身構えた。冴えない錬金術師の演技をこれほどまでに出来る人間は珍しい。完全に自分をコントロール出来ているのだろう。
「さて、今回、君は色付きになるための面接で呼ばれた。書状に書いておいたが、早速だが君の研究成果を見せてもらいたい」
そう切り出したのはグラナダだ。色付きの面接を行う際、シュヴァルには面接時に研究成果を持ってくるように記載しておいた。グラナダの呼びかけに対し、シュヴァルは待ってましたとばかりに慌てて足元の背嚢の紐を解く。
「言われた通り、今の僕の最高傑作を持ってきました! 僕の考えた新型のゴーレムです!」
「ふむ、やはりゴーレムなのか……」
「ええ、僕の専攻はゴーレムですから。何か問題でも?」
「いや、そのまま説明を続けてくれ」
さすがにここで人体実験をアピールするような馬鹿な真似はしないかと、グラナダは内心で舌打ちした。シュヴァルの専攻はゴーレムなのだから、ゴーレムを出してくるのは当たり前だ。ラウレルもグラナダもそれ以上は突っ込めない。
そうして、シュヴァルはかなり苦労しながら、鉄で出来た巨大な筒のような物を取り出した。筒の先にはごつい指が何本か付いており、全身鎧の腕の部分だけを不格好にしたような妙な代物だ。
「これが僕が錬成した、『アームゴーレム』です。何と、人体に取り付ける事が出来るんですよ。ゴーレムを丸ごと錬成するのは手間が掛かりますが、こうして……ええと、ちょ、ちょっと待って下さいね!」
シュヴァルはいかにも重そうな鉄の塊を腕に嵌め、かなりの時間をかけて装着した。すると、腕の先の指がぎこちなく動き出す。
「この『アームゴーレム』は見ての通りパワーがありまして、ほら、この通り」
シュヴァルは袋から石を取り出すと、アームゴーレムの先端で掴み、握りつぶして見せた。大人の手の平くらいある石は、簡単に砕け散る。
「どうです? これだけのパワーがあれば、万が一獣に襲われた時に反撃も出来ますし、農作業で邪魔な大岩も破壊したりできます」
「……まあ、斬新な発想ではあるな」
「ですよね!?」
ラウレルが少し間を置いて意見を述べると、シュヴァルの表情が輝く。だが、同時に足がぶるぶると震え出す。
「ちょ、ちょっと失礼します。実はこれ、まだかなり重量があって、五分くらい付けてると足腰が……」
「構わんよ。外したまえ」
「はい。少々お待ち下さい。外すのにも結構コツが必要で……」
ラウレルの許可が下りると、シュヴァルは五分くらい掛けてようやくアームゴーレムを取り外した。何せ片腕で外さないとならないので、手間が物凄い。
そうして何とかアームゴーレムを外すと、シュヴァルは次に背嚢から分厚いレポートを取り出した。
「アームゴーレムの錬成方法と、その過程を一通り纏めてきました。是非ご覧ください」
先ほど『斬新だ』と言われたシュヴァルは、大分調子を取り戻したようで、嬉々としてラウレルに無駄に分厚い論文を手渡した。ラウレルは斬新だとは言ったが、別に褒めていないのだが。
それでも、ラウレルはそのレポートに目を通す。さすがに量が多すぎるので流し読みになるが、その文量や、端々から熱意は伝わってくる。
「君は随分とゴーレムに執心のようだが、他に何かやりたい事は無いのかね?」
「いや、特に無いですね。僕の真の研究はそこにありますから」
シュヴァルが平然とそう言い放つと、ラウレルとグラナダはしばし沈黙した。
「そうか。まあ、ゴーレム専攻の君がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。ところで……」
それまで比較的穏やかだったラウレルの瞳に、鋭い眼光が宿る。
「君のそのアームゴーレムの袋の奥に、まだ何か入っているのではないかな?」
「えっ? い、いや、特に大したものは。雑貨とかですよ」
「面接時に不必要な物を持ちこむ事は禁止されていると書状に書いたはずだ。万が一、爆発物でも持ちこまれたら大変だからな。本館入場時にチェックも受けている筈だ。つまり、その袋の奥に、君の研究に関わる何かがまだ眠っている訳だ」
出し惜しみをするシュヴァルの退路を防ぐように、グラナダが追撃をする。シュヴァルの表情が先ほどとは違う緊張をしているのを、ラウレルとグラナダは見逃さなかった。
「面接官であるわしとグラナダの前で、研究成果を全て出さないという事は、色付きを辞退したとみなしていいのかね?」
「……分かりました。でも、本当に大したものじゃないんですが」
ラウレルが半ば脅迫するような発言をすると、シュヴァルはしぶしぶ背嚢の奥に押し込めていた『アナスタシアの秘密兵器』を取り出した。それはアームゴーレムに比べて随分と小さく、布で包まれていた。
シュヴァルはその布を取り外し、仕方なさそうにラウレルに差し出した。
「これもゴーレムかね? 随分と小さいが、どちらかというと人形のようだな」
ラウレルが手に持っているのは、美しい少女の形をしたゴーレムだった。大きさは二十センチほどで、ご丁寧に全ての関節が動く精巧な造りになっている。
「これはアナスタシア嬢がモデルなのかい? 随分と彼女に似せて作ったものだ」
「そ、それは彼女が造ってほしいと頼んで来たんです! 最終的に色を付けて大量に作るのが目的だそうで……」
グラナダの指摘に対し、シュヴァルは慌てて真実を告げた。
そう、それはアナスタシア監修による『聖女アナスタシアのリボルテックフィギュア』だった!
ゴーレムの造形ばかりしているシュヴァルに無理矢理頼みこみ、やたらディティールにこだわった逸品である。
アナスタシアいわく、『精巧なゴーレムを造れるアピールにしろ』との事だが、美少女フィギュアを持ち歩いている変態に見られる危険性があり、家に置いてきたはずだった。
だが、アナスタシアがこっそり持ち出していたらしい。
先ほどのアームゴーレムとはまた違う感じで、ラウレルとグラナダはアナスタシアフィギュアを、矯めつ眇めつ、関節を動かしたり、全体を食い入るように検分している。
シュヴァルは、一刻も早くこの羞恥プレイが終わる事を願った。それほど長い時間ではないはずだが、シュヴァルには時間の経過が異様に長く感じられた。
「なるほど。君の研究については大体理解出来た。もう面接は終了にしよう」
「えっ!? い、いや、まだアームゴーレムの論文で語りたい事がありまして!」
「ラウレル学長の判断が不服だと?」
グラナダが釘を刺すと、シュヴァルは矛を収めざるをえない。そこで面接は終了となった。数日後に結果を言い渡す。その間、街の宿を用意してあるので、アナスタシアと待機しろと言われ、宿代が浮いた事だけが救いとなった。
「……という訳さ。結局、アームゴーレムについてはろくに説明出来無かったよ。誰かさんが変なゴーレムを押しつけたせいでね」
「い、いやほら……ここまで面接に来れただけでもすごいっていうか……」
「君、ちょっと前に『面接を受けるだけ満足するな』みたいな事言ってたよね?」
アナスタシアがえへへと笑って誤魔化そうとしていたので、シュヴァルは不機嫌そうに睨んだ。アームゴーレムの時は斬新な発想と言われて喜んだのに、一気に美少女フィギュアを面接に持ちこむ変態錬金術師にされてしまった。
「いや、なんか……本当、ごめんな……」
「いいんだ……確かに学長とグラナダ様が直々に面接してくれたんだ。悔いはないよ……」
「もちゅ……」
二人と一匹の間に微妙な空気が流れる。とはいえ、時間が逆戻りしてくれる筈もなく、アナスタシアご一行は、用意された宿へ重い雰囲気のまま向かう事になった。
「まあ、今夜は飲もう! 私もヤケ酒に付き合うぞ!」
「君は幼女なんだからお酒はまずいでしょ」
「何を言うんだ! 私は年齢的にはシュヴァルとあんまり変わらないぞ!」
「時と場合によって、おっさんと幼女を使い分けるのはやめるんだ!」
宿に向かう道中、シュヴァルとアナスタシアは既にヤケ酒モードに突入していた。アナスタシアは老人扱いすると「年寄り扱いするな!」と怒り、かといって普通に扱うと「最近の若者は年寄りに敬意を払わん!」と叫ぶ、めんどくさいダブスタ老人みたいな事を言っていた。
何にせよ、面接はあまりいい所が無いまま終わってしまった。せめて、せっかく中央まで出てきたのだから、何かおいしいものでも食べて観光して帰ろう。二人と一匹は、既に諦めモードだった。
「やはり……わしらの想定していた通りだったな」
「ええ、ヴィオラは反発するでしょうが、シュヴァルの色付きは確定せざるを得ないでしょう」
シュヴァル達が宿に向かっている頃、ラウレルとグラナダは真顔で、笑顔のアナスタシアちゃんフィギュアを眺めながら、そんな事を話していた。