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第8話:錬金術師の姫

「何ですか? ご主人様は今、大事な面接中です」


 シュヴァルを『あの男』呼ばわりしながら話しかけてきたヴィオラに対し、アナスタシアは警戒レベルを一段階上げた。シュヴァルいわく、この少女は美しい上に、前に見たイケメンと同程度に優秀らしい。


 冴えないおっさんの本性を拭いきれていないアナスタシアとしては、条件反射で警戒してしまう。悲しい性だった。


「ふふ、そんなに警戒をしなくても危害を加えるつもりはないわ。それに、あなたの主人――シュヴァルではなく、あなた個人とお話したいの」

「私とですか?」


 アナスタシアはモチョを膝に抱えたまま、不思議そうに首を傾げた。格は違えど同じ錬金術師のシュヴァルならまだ分かるが、自分と話す事など特にないはずだ。


「単刀直入に言うわ。アナスタシアちゃん、あなた、私の所に来ない?」

「へっ?」


 いきなり何を言い出すのかとアナスタシアは呆けた表情になる。そんな彼女の疑問を補足するように、ヴィオラは柔和な笑みを浮かべながら語りかける。


「これだけだと意味が分からないわよね。私はね、(しろがね)の称号を持っているけど、色付きになってくると錬金術師は大体二通りに分かれるの。あらゆる分野を平均以上にこなせるか、もしくは欠点を補って余りある長所を持っているか。ここまではいいかしら?」

「まあ、なんとなく」


 アナスタシアが相槌を打つと、ヴィオラはさらに言葉を続ける。


「あなたの主人……シュヴァルは名目上は後者に分類されるでしょうね。私は前者に属する部類だけど、『生命倫理』という部門に関しては一目置かれているのよ」

「それで、生命倫理専攻の偉いヴィオラ様が、私なんかに何のご用でしょう?」


 自慢話でもしたいのだろうかと、アナスタシアは適当に聞き流していた。ヴィオラは、傷付いて警戒している小動物を慈しむように、穏やかな口調で話しかける。


「言葉だけだとちょっと説明しづらいわね。実際に見せた方が早いかしら。いらっしゃい、カラドリウス」


 ヴィオラがそう言うと、彼女の頭上に三十センチほどの光の輪が現れた。そして、その中から一羽の鳥が姿を現し、ヴィオラの肩に止まった。その鳥は鳩によく似ているが、全身が美しい緑の羽毛に覆われ、翼の部分は上品な紫色をしていた。


「この子はカラドリウス。私の作った『魔法生物』よ」

「魔法生物? 召喚獣みたいなものですか?」

「違うわ。この子は元々は普通の鳩だったの。少しずつ魔力を注ぎこんでこの姿になった。もちろん、誰かと違って強引に姿を捻じ曲げた訳じゃないわ。何世代も掛けて、自然な形で新しい優れた生命を作り出す。それが私の得意分野よ」


 ヴィオラはそう言って、肩に止まった美しい鳩――カラドリウスの頭を軽く撫でた。カラドリウスは気持ちよさそうに目を閉じている。


「じゃあ、ちょっと実践してみせるわね。カラドリウス、お願い」


 ヴィオラの呼び掛けに呼応するかのように、カラドリウスは『クゥ』と一鳴きする。そして、ヴィオラは外套の内側から短刀を取り出し、その美しい黒髪をばっさりと切り落とした。


「ちょっ!? な、何やってるんです!?」

「驚くのはこれからよ」


 ヴィオラは切り落とした髪の束を握ったまま笑っている。そして、その髪の束を再び元の位置に近付けると、肩に止まっていたカラドリウスの(くちばし)が輝き、切れた部分を軽くつつく。その直後、まるで時間を逆戻しするかのように、ヴィオラの髪は元に戻っていた。


「はー……すごい」


 まるで手品だ。幻想的な光景を目の当たりにしたアナスタシアは、小さな手で拍手をした。ヴィオラも軽く微笑む。


「カラドリウスは癒しの魔力を蓄えてるの。簡単な傷ならこの通りよ。この子はまだまだ改良の余地があるけど、私たちの研究所には同士が沢山いるわ。そこにアナスタシアちゃんも迎え入れたいの」

「なんで私なんですか? 私は別に錬金術師じゃないですよ? ご主人様ならともかく」

「それは……ええと、あなたが『魔無し』だからよ。魔無しの子は魔力を通しやすいから、研究要員として出来る事もあるわ」


 無論、ヴィオラはアナスタシアを実験用具として使うつもりはない。単純にシュヴァルの元から救い出したいだけである。幸い、ヴィオラは既に使いきれない程の資産があり、少女一人養うのは何ともない。


「つまり、私を実験体に欲しいと言う事でしょうか?」

「ち、違うわ! 極悪錬金術師じゃあるまいし、人体実験なんかする訳がないでしょう! 私達の研究は自然の(ことわり)に沿って行うのよ」

「そうですか」


 人体実験を行う錬金術師なんて悪い奴もいるんだなぁとアナスタシアは聞き流していた。自分を実験道具として欲しいというのなら断固としてお断りであるが、ヴィオラはそうはしないと言い張る。


(だとしたら、何で私なんか欲しがるんだろう……ま、まさか!?)


 その時、アナスタシアはある考えに至った。


(この女……まさか、私の究極美少女化計画を妨害しようとしているのでは!?)


 んな訳ないのだが、アナスタシアにはそれくらいしか思い浮かばなかった。アナスタシアは錬金術師界隈に疎いが、シュヴァルを例に考えれば、学院を出るのは大体二十五歳になる。多分、一般的な錬金術師はそのくらいで独立するのだろう。


 その中で、ヴィオラは若干十六歳にして銀の称号を持っている上に美少女だ。


(きっと錬金術師たちはおっさん揃いだ……その中で、可愛くて才能もあるなんて、多分、前の世界で言う所の『オタサーの姫』みたいポジションに違いない!)


 全然違う。だが、一度その方向性で考えが纏まってしまうと、アナスタシアの妄想はさらに加速していく。


(シュヴァルが色付きになれば、私もおまけでヴィオラの近くに住む事になるからな……そうなると、ヴィオラとしては困っちゃうんだろうな。何故なら……私が姫になってしまうから!)


 一体、この無駄な自信がどこから湧いてくるのかわからないが、アナスタシアの中でもう確定事項だった。


『いやぁ、アナスタシアちゃんは本当に可愛いなぁ。しかも、俺たちみたいな冴えない錬金術師にも優しくしてくれるなんて、まるで聖女様だ』

『そんな事ないですよぅ。私はおじさん達のつらい気持ちがよくわかりますから♪』

『ぐぬぬ……私の女王ポジションがあの幼女に……!』


 というやりとりを、アナスタシアの脳内ヴィジョンが映し出す。将来の姫ポジションを取られないために、今のうちに監視下に置いておきたいのでは。だとしたら、何としても断らねばならない。


「どうかしら? 悪い提案ではないと思うのだけれど」


 アナスタシアが見当はずれな未来予知をしている間、黙り込んでしまった幼女にヴィオラが心配そうに話しかける。アナスタシアはそこで現実に引き戻され、答えを口にした。


「お誘いはありがたいですが、私はご主人様の元にいます」

「ど、どうして!?」


 まさか断られると思っていなかったのか、ヴィオラは驚愕の表情でアナスタシアを見る。一方、アナスタシアは極めて冷静だ。


「私はご主人様――シュヴァル様に救っていただいたのです。以前の私は、見るに耐えない醜悪な姿をしていました。ですが、シュヴァル様が今の姿に変えて下さったのです」

「……醜悪な姿? アナスタシアちゃんが?」


 オウム返しに聞き返すヴィオラに対し、アナスタシアは下手に事実を隠すより、シュヴァルに対する恩義で離れられない人情を押しだす作戦に出た。それに、もしもシュヴァルが色付きになったら、ヴィオラとも近い位置になるのだろう。


 美幼女にしてくれたシュヴァルに恩義があるのは事実なので、少しでも奴の好感度ポイントをあげてやろうという意味もある。


「はい。なので私はシュヴァル様の元を離れる訳にはいかないのです。あの方は、私をより美しくしてくれるはずですから」

「あの男が……そんな事を?」

「お話は終わりのようですので私は失礼させていただきます。そろそろシュヴァル様の面接も終わっている事でしょう」

「ま、待って! あなたはそれで幸せなの!?」


 モチョを抱えさっさと逃げようとするアナスタシアの背に、ヴィオラは大きな声で叫んだ。アナスタシアは軽く振り向き、満面の笑みを返す。


「私はシュヴァル様の元にいるのが一番幸福なのです。お誘いは嬉しく思いました。ありがとうございます」


 そう言い残し、アナスタシアは本館の方へすたすた歩き去った。後に残されたヴィオラは、呆然と立ち尽くしていた。


「シュヴァル……! あの男、なんという事を!」


 ヴィオラは美しい顔を憤怒で歪ませていた。アナスタシアはシュヴァルの元にいるのが最も幸せだと言い張る。


「だが、それは洗脳だ……偽りの幸せをあの男は世間知らずの少女に刷りこんだのよ!」


 ヴィオラは、アナスタシアの言動から彼女の過去を推測した。


 魔無しは日常生活を送る上で不便は無いのだが、差別をする品性の無い人間もいる。さらに、『以前は醜悪な姿をしていた』と言っていた所から、もしかしたら彼女の体には、傷やあざがあったのかもしれない。


 シュヴァルはそこに目を付けたのだ。身体を錬成し、傷や痣を消してやることで恩を売りつけた。さらに『もっと美しくしてやろう』と悪魔の囁きを少女に投げかけた。


 ヴィオラもまだ年若い乙女だ。美しくありたいという願望は、少女なら誰だって持つのは理解出来る。シュヴァルはその心理を巧みに利用した。年端もいかない少女に夢を見せ、従順な実験生物を手に入れたのだ。


「まさに……悪魔の所業だ!」


 ヴィオラは激昂した。人体実験をするために平然と嘘を吐く。まさに悪魔じみた頭脳の持ち主。悪魔はいつだって最初は優しいが、最後には魂を奪い取る。シュヴァルは確かに技術的には優れているのだろう。だが、人格や倫理というものは常軌を逸している。


「あの男が色付きになれば大変な事になる……面接で何かミスをしてくれていればいいのだけれど」


 ヴィオラはアナスタシアの身を案じつつ、シュヴァルが色付きの面接に落ちる僅かな可能性に縋る。だが、それほど頭の回る錬金術師がミスをする可能性はほぼゼロだろう。


「私自身が動かないと駄目か……アナスタシアちゃん、あなたの洗脳を必ず解いてあげるから」


 そう決意し、ヴィオラは行動を開始する事にした。アナスタシアも気になるが、あのような悪魔の錬金術師をのさばらせないために。




「もう駄目だ……ミスった。終わった……」


 その頃、面接を終えたシュヴァルは、本館前の階段で頭を抱えながら絶望に打ちひしがれていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何世代もかけて改良? それって、魔力や錬金術なんて使わないでもできる、普通の品種改良では。。。 それに、傷や痣を消す代わりに実験対象となるのは、普通の治験では? 双方合意だし、何も問題無い…
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