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第7話:グルナディエ錬金術学院本館

 普段絶対に乗れない高位錬金術師用の馬車の中、シュヴァルは石像のように固まっていた。その横では、ぱたぱたと足を揺らすアナスタシアが、膝の上でモチョを丸めて遊んでいる。


「そんな緊張するなって。向こうからわざわざ呼び寄せてるんだから、シュヴァルの研究が認められたって事だろ?」

「そんな事言われても緊張するなって方が無理だよ。僕、学長にあった事なんか一度も無いし」


 数日前、シュヴァルの元に『貴殿を色付きの錬金術師の資質があると当学院は判断した。至急学院にて面接を行いたい』という書状が届いた時、シュヴァルは最初冗談かと思った。


 だが、その書状には学長ラウレルの署名が記されており、学院に向かうための馬車の手配、面接の日時が細かく記されていた。シュヴァルの研究が認められた事を歓喜したのは、本人よりもアナスタシアだった。


「やった! まさか、こんなに早く色付きになれるなんて! まさに天が私の美少女計画を推進していると言っても過言ではないな!」

「それはない。というか、まだ確定じゃないから」

「もちゅ! もちゅ!」

「ほら、モチョだって『天が美少女を作り出す応援をしてる』って言ってるぞ!」

「いや、多分早く身体を洗ってくれって言ってるんじゃないかな」


 ……などというくだらないやりとりをしつつ、シュヴァルは面接に備えて慌ただしい数日間を過ごした。ゴーレム研究を認められたのは素直に嬉しい。以前、グラナダとヴィオラが来た際に説明しきれなかったシュヴァル式ゴーレムを、学長に直々に見てもらえるのだ。


「なんていうか、それだけでよくやったって自分を褒めてやりたいよね」

「そんな低い(こころざし)でどうする! シュヴァルが色付きになれなかったら、みんなが待ち望んでるアナスタシアちゃん究極美少女化計画が大幅に遅れるぞ!」

「みんなって誰さ……」


 今、シュヴァルとアナスタシア、それにモチョが乗っているのは、以前グラナダ達がシュヴァルの研究所に来る際に使っていたのと同じ型の馬車だ。シュヴァルがこの土地に来る際は徒歩と、やたらガタガタするオンボロ馬車だったので、こうも違いが出るのかと驚いていた。


 シュヴァルは面接に備え、普段羽織っている擦り切れた制服ではなく、もう一着のスペアの方を着ていた。地味だが厚手の外套で、ポケットも多数あるのでなかなか機能性がある。貧困にあえぐシュヴァルの一張羅(いっちょうら)である。


 一方、アナスタシアは相変わらず首輪を付け、擦り切れた麻のドレスを羽織っているだけだった。シュヴァルの面接準備の服を整えるため、その分、アナスタシアの衣裳の代金を回したのだった。

 アナスタシアは元男性であり、多少雑な格好をしていても気にならない。


「シュヴァルが金持ちになったら。フリルのいっぱい付いたゴスロリドレスを着るけどな!」


 と言い張るので、とりあえずシュヴァルはアナスタシアの好意に甘える形になった。移動用の馬車は用意してくれるが、中央に数日間居ると宿代がかかるので、出来る限り資金は温存しておきたい。


「じゃあ、面接対策をしておこう。シュヴァル、私が面接官役になってあげよう」

「君がラウレル学長の質問の対策になるとは思えないんだけど」

「ちぇっ」


 確かにそうだと納得し、アナスタシアは頬を膨らませモチョを丸める作業に戻った。馬車の乗り心地は最高だったが、中央都市に着くまでの数日間、シュヴァルはガチガチに緊張したままだった。



 そうして特に何事も無く、シュヴァル達はグルナディエ錬金術学院へと辿り着いた。


「でっけー建物……」


 馬車から降りたアナスタシアは、開口一番そう呟いた。


 二人が案内されたのは、錬金術学院の本館に位置する場所だった。簡単に学院の建物を説明すると、大多数の錬金術師が入れるのが一般館。そして、色付き以上の者だけが入る事を許されるのが本館だ。


 設備で言うと、一般館の方が広いし食堂なども充実していて、本館の方がずっと小さい。だが、ここには数世紀前に渡る叡智(えいち)と名誉が詰め込まれている。錬金術学院の頭脳であり、心臓部であり、憧れの聖地なのである。


「そういえば君は中央に来た事が一度も無かったっけ。まあ、僕も下宿してて街にはほとんど行かなかったんだけど……遊ぶお金も友達も無かったしね」

「そっかー、でも今は美少女奴隷兼友達も出来たし、よかったな!」

「奴隷兼友達って……ていうか、あんまり奴隷奴隷叫ばないでくれる? ただでさえ君は目立つんだから」


 一般館前に馬車の停留所があるので、シュヴァル達はそこから歩いてきていたのだが、その間、好奇の視線が刺さり、シュヴァルは気になって仕方がなかった。無名の色無しが本館に向かっているというのもあるが、一番の理由は、多分、首輪を付けてぼろぼろの服を着たアナスタシアが原因だろう。


「いいじゃん。女は見られて美しくなるって言うだろ?」

「……女?」


 シュヴァルが怪訝な表情をすると、アナスタシアがジト目で睨んだのでそれ以上は何も言わなかった。


「じゃあ、僕はラウレル学長に面接をしてくる。秘密兵器も用意したしね」


 そう言って、シュヴァルは背負っていた背嚢(はいのう)を地面に下ろした。ずしりと重いその荷物は、シュヴァルがこの日のために錬成した『秘密兵器』だった。背嚢を背負い直すと、シュヴァルは覚悟を決めたのか、本館に足を踏み入れようとする。


「待った! 秘密兵器をもう一つ忘れてるぞ! モチョ!」

「もちゅもちゅ!」


 アナスタシアがシュヴァルを呼び止めると同時に、モチョがシュヴァルの元に駆け寄り、足元に身体を擦りつけた。モチョの背中には、小さな袋が括りつけられている。


「えっ、これ持ってきたの? 捨てようかと思ってたのに」

「それをすてるなんてとんでもない!」


 アナスタシアは鼻息荒くそう言うと、モチョの背中から袋を外し、シュヴァルに押し付けた。シュヴァルは露骨に嫌そうな顔になる。


「こんなの持って行ったら逆に引かれるんじゃないかな……」

「こんなのとは何だ! アナスタシアちゃん推薦の秘密兵器だぞ! それに切れるカードは多い方がいいだろ? 必要が無かったら使わなきゃいいんだから」

「分かったよ。でも、多分いらないと思うけど」


 アナスタシアに押し付けられる形で、シュヴァルはしぶしぶその小さな袋を受け取った。ここまで来たらもう後には引けない。シュヴァルは緊張した面持ちで、本館前の警備兵に書状を見せ、足を踏み入れる。


「じゃあ、面接の間、アナスタシアは中庭あたりで待っていてくれるかな。くれぐれも動き回らないように」

「分かりました。ご主人様」


 シュヴァルに対し、アナスタシアはぺこりと頭を下げた。

 二人きりの時は気が緩んでべらんめぇ口調で喋るアナスタシアだが、他人が見ている所では途端にかしこまった口調になる。最高の美少女になるための練習らしいが、シュヴァルには理解不能だった。


 シュヴァルが本館に入っていくと、アナスタシアは言われた通り中庭のベンチにモチョと共に腰掛けた。中庭は芝生が綺麗に刈り揃えられ、中央には噴水まで設置されている。ここだけ見れば、どこかの美術館のような美しい光景が広がっている。


「はぁ……暇だ」

「もちゅ~……」


 アナスタシアはベンチで足をぶらぶらさせ、モチョを丸めたり伸ばしたりして暇を持て余していた。普通の子供なら滅多には入れない場所なら遊んでしまうものだが、アナスタシアのベースはシュヴァルとほぼ同年代なので、さすがに言いつけをきちんと守るくらいはする。


「あの、ちょっといいかしら?」

「ん?」


 モチョを膝の上でこねまわしていると、不意に上から声を掛けられた。アナスタシアが瑠璃色の瞳で上を見上げると、長い黒髪を束ねた美しい少女が覗き込んでいた。


「ええと……確か」

「あなたとは前に一度会った事があるわね。私はヴィオラ。(しろがね)のヴィオラと呼ばれている、ちょっとは名のある錬金術師よ」

「それで、ヴィオラさんが何のご用です?」


 アナスタシアは多少警戒しつつ、ヴィオラに問いただす。この女、見た目は美しいが才女らしく、冴えないおっさんを敵対視しているのではとシュヴァルは前に言っていた。アナスタシアは今でこそ美少女となったが、まだまだエセ美少女である。万が一こちらの本性に気付いたら、牙を剥いてくる危険がある。

 

 アナスタシアが警戒しているのに気付いたのか、ヴィオラは少しだけ表情を緩め、笑いかけた。


「ああ、別に警戒しなくてもいいのよ。今はあの男はいないから、少しだけお話したいと思って」


 ヴィオラは、悪魔シュヴァルが居ない事を幸いと話しかけた。だが、アナスタシアは逆に、シュヴァルを『あの男』呼ばわりするヴィオラに対し、警戒レベルを一段階上げた。

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