第6話:錬金術師と魔術師
グルナディエ錬金術学院は数多ある錬金術の学び舎の中で、最も歴史と威厳を持つ学院の一つだ。
建造から数百年は経つ石造りの建物は老朽化が進んでいるが、それは、それだけの永きに亘り、叡智を蓄えてきた証拠でもある。学院そのものが、まるで歴戦の古兵のような雰囲気を醸し出している。
その古兵の中でも、ごく限られた者だけが入る事を許された学長室では、激震が走っていた。
「シュヴァルを色付きとして迎え入れる!?」
学長の発言を聞いたグラナダはオウム返しで叫んだ。
今、この部屋に居るのは学長とグラナダのみ。ヴィオラも同席したがったが、銀とはいえまだ学生である彼女は、おいそれと立ち入る事を許されない。
「君がそんな大声を出すとは珍しい」
落ち着いた声色でグラナダに喋りかけたのは、一人の老人だった。
髪もひげも真っ白になっているが、その瞳には強い意志の光が宿っている。彼こそがグルナディエ錬金術学院の現学長であり、名をラウレルという。ラウレルはゆっくりとした動作で立ちあがると、窓の傍に近づき、外を眺める。
「シュヴァルという錬金術師、召喚獣を異形へと改造したが失敗。だが、それにもめげずに魔無しの少女を見つけ、ヒトの領域を超えんとしている……か。今時珍しい、気骨のある錬金術師ではないか」
「学長は、シュヴァルの非人道的行為を容認するという事ですか?」
グラナダの問いに対し、ラウレルは無言で窓の外をしばらく眺めていた。
そして少し間を置き、グラナダの方に向き直る。
「確かに非人道的だ。人の道を外れた悪魔じみた所業。それ自体を肯定する事は出来ん。だが、禁忌に触れる人間というのは、真理に最も近い人間たりえる資質がある」
「どういう事ですか?」
「人は、他者より優れたい。秀でたいという欲求により、ここまで文明を築き上げてきたのだ。その歴史の中には、目を覆いたくなるような出来事もあった。だが、それを糧として現在があるのも事実」
そこまで言うと、老齢の錬金術師は再び椅子に腰かけた。
「この部屋を見たまえ。何百年も前の歴史が未だに幅を利かせ、わしのような老いぼれが未だに先頭を走らねばならん。だが、それすらもあの詐欺師どもによって滅ぼされようとしている」
「魔術師連合の事ですね」
グラナダが相槌を打つと、ラウレルは軽く頷いた。
「魔術師……いや、奴らは詐欺師と名乗るべきだ。我ら錬金術師が、この世の理を砂漠の中から一滴の水を探すような苦労で解き明かし、その法則を広めんとするのに対し、奴らは天性の魔力のみで軽々と理を超越する。そして、それを利用し、多くの善良な人間を騙している」
ラウレルは苦虫を噛み潰したような表情で魔術師を罵った。これに関しては、グラナダも同感だった。ラウレルとグラナダ、それにヴィオラは多量の魔力保持者だ。錬金術師ではなく、魔術師になる素養を持っているのだ。
しかし、彼らはあえて錬金術師として生きる事を望んだ反骨の者達だった。
「魔術師は派手ですからね。異界から力ある生物を呼び出し使役し、手の平からは火球や氷塊を飛ばす。皆が憧れるのも無理はありません」
「その通り。だが、それは持って生まれた魔力に支えられたものだ。そして、魔力量が多いのは貴族ばかり。だというのに、奴らは『魔術師連合』なる組織を作り、修練で魔術師になれるなどと嘘を吐く」
錬金術師と魔術師の最大の違いは、魔力の消費量だ。
山登りに例えると、山頂まで登るのにどうすればいいかと聞かれた時、錬金術師は『獣の出ないルートを探し、平坦で楽な道を探して登っていく』と答える。一方、『空を飛んで真っ直ぐに向かえばいいだろう』と答え、それを平然とやるのが魔術師だ。
だが、当たり前だが一般人は空を飛べない。
錬金術師は、ルートを開拓するのに時間を掛ける。その代わり、道さえ見つければ後に続く者は多い。魔術師というのは、そういったものを一切度外視した個人的なものにすぎない。
9割の努力と1割の才能で戦っていくのが錬金術師なら、9割の才能と1割の努力で他者を蹂躙するのが魔術師である。
「魔力の量は生まれつき決まっている。修練でどうにかなるものではない。だというのに、魔術師共は奇跡を見せ、多くの者が魅了される。そして授業料や講義料などとのたまい貴重な財産と時間を奪う。奴らを詐欺師と呼ばずして、何と呼べばいい!」
語っている間に怒りが溜まってきたのか、ラウレルの語尾は少し興奮していた。グラナダも無言で首を縦に振る。恐らく、ヴィオラが聞いても同じ反応をするだろう。
「……だが、現状では我ら錬金術師の立場は悲惨なものだ。ほとんどの人間は華やかな魔術師の世界に憧れ、光に呼び寄せられる虫のように吸い込まれていく。飛んで火に入る夏の虫とも知らずにな」
「学長のおっしゃる通りです。年々、錬金術師を志望する者は減っています。国からの奨学金も、我らの分が削られ、魔術師連合の割合が増え続けているのも事実です」
グラナダも眉を顰め、学長の意見に同意した。
確かにグラナダやヴィオラは優秀ではあるが、学長の右腕として動くには若すぎる。
錬金術師はそれだけ人手不足なのだ。
「ですが、だからと言って、それがシュヴァルの人体実験を肯定し、色付きにする理由になるのでしょうか」
「先ほども言ったが、我ら錬金術師は窮状に立たされている。このままでは、あの魔術師共に全てを牛耳られ、数多くの被害者が出るであろう。我らには強力な切り札が必要なのだ」
「それが……シュヴァルであると?」
「少なくともその可能性はある。平然と人体実験をする人間はなかなか居ない。普通は倫理という壁が立ちはだかる。狂気に満ちた者だけ見える世界に、錬金術師を救う道が開けるかもしれん。戦場の英雄と呼ばれる人間が、大量殺戮者であるようにな」
無論、ラウレルとて人体実験などという事は肯定しない。だが彼は、錬金術師を束ねるリーダーでもあった。個人の感情ではなく、錬金術師の長期繁栄のためには、どうしても魔術師を凌駕する実績を示す必要がある。
「だが、過ぎた狂気は危険であるのも事実。だからこそ、シュヴァルを色付きにしようというのだよ。彼が在学中に大した実績も出さず、ゴーレムなどという地味な部門を選び、錬金術の最果ての世界に追いやられてから行動を活発化させたのは、あるいは最初からそれが目的だったのかもしれん」
「つまり、シュヴァルはあえて潜伏していた、という事ですか」
「あくまでわしの想像だがな。下手に国外に逃げられてしまえば、色々な意味で厄介な事になりかねん。色付きの称号を与え、中央で監視を付けておきたい。シュヴァルが従えている魔無し少女……アナスタシアのようにな」
いたいけな少女に嵌められた首輪を思い出し、グラナダは忌々しい気持ちになった。
だが、学長の意図は汲めた。つまり、シュヴァルにも首輪を嵌めておこうという訳だ。
「学長の意図は分かりました。ですが、色付きにするためには手続きをせねばなりませんよ。皆が色付きになるのを望んでいますし、表面上はほぼ実績ゼロのシュヴァルをいきなり格上げしたら、そこから奴の『真の研究』に気付く者が出るかもしれません」
「わかっておる。それに、お前から聞いた話だけでは食い違っている部分もあるかもしれんからな。シュヴァルを中央に呼ぶよう手続きを頼む。わしがこの目で確かめさせて貰おう」
「了解しました」
グラナダは一礼し、ラウレル学長から受けた命令を果たすため、学長室を出て行った。
グラナダが出て行くと、老いさらばえた学長のみが静寂の中に残される。
「アナスタシアと言ったか……わしの孫娘と同じくらいの少女を生贄にするとは、シュヴァルも罪深い男だ」
非人道的な実験を繰り返す悪魔の錬金術師シュヴァル。老練の錬金術師ラウレルから見ても恐ろしい男だ。だが同時に、ラウレルはどこか楽しそうだった。
それは錬金術師を突き動かす『未知への探求』という領域に、シュヴァルが踏み込んでいる可能性があるからだ。そんな若者はここ最近見た事が無かった。老人となった今でも、錬金術師の長の知的好奇心は老いていない。
「どんな男か早く会ってみたいものだ。罪深さで言えば、わしも同罪だな」
ラウレルはぽつりとそう呟き、シュヴァルが目の前に現れる日を静かに待つことにした。
あんまり奴隷要素無かったんでタイトルちょっと変えました