最終話:エピローグ ~ろばぴょい伝説~
「ふう、今日はこのくらいにしておこうかな」
古ぼけた木造小屋の片隅で、シュヴァルは肩をほぐすように首を回す。
シュヴァルは田舎に帰り、アームゴーレムの錬成を生業としてひっそりと暮らしていた。
ゴーレム研究所のお陰でかなり術式が洗練されたため、シュヴァル一人でも時間さえ掛ければ少しずつだが質のいい物を作り出せるようになった。
一日中ゴーレムの術式を発動させていると、魔力も肉体もかなり疲労が溜まるのだが、シュヴァルはこういった地味な作業が嫌いではない。
「アマリアさんやレッキスさんなら、一日で出来ちゃうんだろうけどなあ」
シュヴァルは苦笑し、街にいた頃の事を思い出していた。あの頃は全てが無茶苦茶だったが、今思えば決して悪い事ばかりでは無かった。
結果的にアームゴーレムを形にし、多くの人に使ってもらうという目標を成し遂げる事ができた。田舎出身の農民が、たとえ一瞬とはいえ金の錬金術師になれたというのも嬉しくはある。
金の錬金術師は歴史上でも数えるほどしかいない、シュヴァルもそこに名を連ねたし、グルナディエ錬金術学院の歴史には永遠にシュヴァルの名が刻まれる。
ラウレルやグラナダには強く止められたが、シュヴァルは頑として退学の意思を曲げなかった。こうして、シュヴァルはささやかで平穏な生活に戻る事が出来た。
「シュヴァル! いつまで引きこもってるんだ!」
前言撤回。シュヴァルは田舎に帰り、錬金術師として引退したものの、平穏な生活を送っている訳ではなかった。主に今叫んだ人物、アナスタシアが原因である。
「仕方ないじゃないか。僕の能力だと一個作るのに一カ月は掛かるんだから」
「ゴーレムは研究し終わったじゃん! 早く究極美少女錬成計画を進めろ!」
「研究し終わったから量産に入るんだよ。君だって聖女になったんだからいいじゃないか」
街から引き払う際、アナスタシアはどうしても連れてこなければならなかった。
彼女は街では悪魔を祓った聖女として名を馳せ、引き取りたいという冒険者も多く出た。でも中身はただの偽装美少女なので、次に似たような事件が起こったら間違いなく秒殺される。
「違うんだよ。そりゃ確かに私は聖女にはなったかもしれないけど、あんなローカルな街一つで収まる器じゃなくて、もっとこう……歴史に名を刻む聖女になりたいの! お前は歴史に名を残せるからいいかもしれないけどさ」
「僕だって別に残したくて残したわけじゃないよ。金の錬金術師にされると、功績の関係でどうしても登録されるんだ」
「むぅ、納得いかん! 第一、せっかく最高位になれたんだから、それこそ権力を使って私を錬成すればよかったじゃないか!」
「だから僕はそんな事したくないんだってば! そもそも金になったのだって誤解だし!」
シュヴァルの目的は全部叶ったし、これ以上あそこにいたら絶対ろくでもない目に遭う。だからさっさとおさらばしてきたわけだ。
侯爵令嬢であるアムリタはさすがに来る訳にはいかず、それと連動する形でアルマとモチョは彼女の屋敷に住む事になったが、それでも頻繁にこの村に来ているので、あんまり街から帰郷した気がしない。
「私は諦めん! シュヴァルが私を究極の聖女にしてくれるまではな!」
「君もしつこいね、ほんと」
シュヴァルは苦笑した。元をたどれば、アナスタシアを召喚したことから全ての歯車が狂い始め、大成功と大失敗を同時に体験する事になった。
アナスタシアが究極美少女を目指さなければ、シュヴァルは錬金術師の資格を失い、金と時間を失ってただの農夫へ戻っていただろう。そういう意味ではアナスタシアには感謝せねばなるまい。
「おい貴様ら。何をグダグダと喋っている」
シュヴァルの錬成小屋に、また一人ややこしいのが乱入してくる。究極の美少女を追い求めるイカレ魔獣ハイエースだ。彼もまた、シュヴァル達にくっ付いてくる形でこの村へとやってきた。
「聞いてくれエロ馬。シュヴァルが燃え尽き症候群になっちゃって、私の身体を錬成しようとしないんだ」
「いや、むしろ今が一番充実してるんだけど」
アナスタシアがハイエースに訴えるが、シュヴァルは即座に否定した。今まではやりたい事の下積みであり、むしろ今がシュヴァルにとって一番楽しい時期なのだが、アナスタシアはそんな事知ったこっちゃない。
「貴様の錬成などどうでもいい。それよりもシュヴァルよ。今日は朗報を持ってきたぞ」
「君たちの朗報は大体ろくでもない事なんだよなぁ……」
アナスタシアの訴えを一蹴し、ハイエースがシュヴァルの前に歩み寄る。すると、ハイエースに隠れるようにして、少し小さな影が見えた。
「あれ? エリスじゃないか」
「ブヒヒーン!」
ハイエースに寄り添うように立っていたのは、シュヴァルの実家で飼われているロバのエリスだった。今はすっかり元気になり、野良仕事をしないハイエースの分まで働いている。
「最初に出会った時、私はエリスをロバだと馬鹿にした。だが、話してみると、エリスはとても美しい心を持っている。人間にはありえんほどの純朴さだ。私はすっかり虜にされてしまったよ」
「そうかい。そりゃあよかった」
シュヴァルは適当に相槌を打った。エリスの方もハイエースの事を気に入っているらしく、寄り添うようにハイエースに身を寄せている。口に出すと怒るので言わないが、馬とロバならお似合いだなとシュヴァルは思う。
「で、早速だがエリスを人型美少女に錬成して欲しいのだ」
「なんで!?」
シュヴァルは驚愕するが、ハイエースは平然と言い放つ。
「だってロバだし……知っているだろうが、私は人間の姿をした美少女が好きだ。そこで逆に考えたのだ、人間の美少女で美しい心を持った者ではなく。美しい心を持った動物を人間にしちゃえばいいじゃんと」
「エロ馬! ここに美しい外見と心を持った美少女がいるぞ!」
「知るか。人間の錬成は魔力があると難しいと聞いたが、エリスはただのロバだ。美少女に加工するのもそれほど苦労はせんだろう。我ながら素晴らしいアイディアだ」
「君たちさぁ……」
シュヴァルは呆れてものも言えなかった。何故こいつらはここまで美少女にこだわるのか。
「確かに出来るかもしれないけど、エリスは実験動物じゃないし……」
「ブヒン! ブヒヒン! ブヒヒヒーン!」
「うん。全然分からない」
「エリスは『ハイエース様のためならこの身が変わろうと構わない』と言っているぞ」
「ほんとぉ? エロ馬、自分のためにエリスを勝手に改造しようとしてるんじゃないだろうな」
「嘘じゃないわい! 私は人間の男相手には嘘を吐くが、美少女に対しては紳士なのだ!」
シュヴァルは溜め息を吐き、エリスを覗き込んだ。
「エリスは本当にそれでいいのかい?」
「ブヒヒーン!」
シュヴァルに返事をするようにエリスはいななくが、あいにくロバ語はさっぱりである。ハイエースが嘘を吐いている可能性もゼロではない。
「ロバ娘……確かに、あざとい猫耳吸血鬼みたいに動物の耳や尻尾を生やす計画は私も考えていたからな。そう考えると、エリスの美少女化はテストとして悪くない」
「そうだろう。親父小娘の貴様にも良さが分かるか。つまり、今すぐにエリスを人間の美少女としてカスタマイズすべきというわけだ。さあ、早速始めてくれ」
「いや、やるとは言ってないからね」
シュヴァルは否定したが、ハイエースとアナスタシアはもう完全にエリスを美少女にする気らしい。こうなるとこいつらはテコでも動かない。下手をすると暴走する危険性すらある。
「……分かったよ。ただし、エリスの代わりにハイエースには農作業をしてもらわないとね」
「なんで!?」
「なんでって、そりゃエリスが人間の女の子になっちゃったら、うちの作業をするロバがいなくなるからだよ」
「そ、そんな……! この聖獣ユニコーンが野良仕事だと!?」
「よかったなエロ馬。美少女のために働けるなんて男冥利に尽き……ぐはぁっ!」
アナスタシアが笑いながらハイエースの前に立つと、ハイエースは怒りの前足パンチをアナスタシアにぶちかます。
「いってぇな! 美少女を殴っていいと思っているのか!」
「黙らんか! 貴様も一緒に農作業をしてもらうぞ! エリスを錬成するのは貴様のためにもなるのだからな!」
「えぇ!? なんで私が!?」
「ブヒヒーン!」
それほど広くはないシュヴァルの錬成小屋は魔境と化していた。これでは街にいた時とほとんど変わらない。
「シュヴァルよ! いいからさっさとロバ娘を作るのだ! 後の事はその時になってから考えればいい!」
「ろばぴょい! ろばぴょい!」
「ああもう! うるさいな君たちは!」
田舎から上京し、落第寸前から銅の称号を得て、その後は目覚ましく活躍し、最終的に一足飛びで金の称号まで昇り詰めた。その直後に地位を捨て、片田舎に帰った偉大なる錬金術師シュヴァル。
彼の名は、グルナディエ錬金術学院の錬金術師の中で長く語り継がれていく事になる。
シュヴァルの生い立ちは、貧しい人々でも努力次第で成り上がれると鼓舞し、また、落第寸前の錬金術師たちは、逆境を見事はねのけたシュヴァルの物語に勇気づけられる。
悪魔の錬金術師と呼ばれながらも、聖女アナスタシアと共に本物の悪魔を祓いのけた真の強さは、地位や名声を得る事に固執し、行き詰った色付きの錬金術師達に警鐘を鳴らした。
金の錬金術師は長い錬金術師の歴史の中でも数少ない憧れの存在だが、その中でも、1、2を争うほどの人気の錬金術師はシュヴァルである。
……とまあ、それは数百年後の話であり、今現在のシュヴァルは見ての通り、田舎で混沌とした毎日を過ごしている。偉人の史実を紐解くと実際には問題が多数あったみたいなアレである。
金の錬金術師シュヴァルと聖女アナスタシアの物語はここで終わる。だが、ただのシュヴァルとアナスタシアはまだここにいる。
彼と彼女、そしてそれらを取り巻く奇妙な連中の変な物語は、これからも続いていくのである。
これにてこの作品は完結となります。
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