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第54話:聖女(他称)と悪魔の錬金術師

 悪魔バフォメットによる攻撃から数日が経過した。強大な悪魔が暴れ回った結果、建物や街自体はかなりの被害を受けたものの、人的被害がほぼ出なかったのは奇跡といっていいだろう。


 いや、それは奇跡では無い。全て必然であった。


 バフォメットが降臨した直後にグラナダとリーデルが足止めをし、そこからラウレルと冒険者ギルドが即座に連携を取った事。


 何より、聖女アナスタシアと聖獣ユニコーンによる圧倒的な聖なる力による浄化と、それらを統べる錬金術師シュヴァルの名はまたたく間に広がった。


「さてと……そろそろ来る頃か」


 錬金術学院本部も打撃を受けたものの、心臓部であるラウレルの部屋は無事だ。ラウレルはゆったりと腰を下ろし、全身に包帯を巻いたグラナダと共に、ある人物が来るのを待っていた。


 しばらくすると、ドアがノックされる音が室内に響き、ラウレルは入るよう促す。


 現れたのは、巷で噂の錬金術師シュヴァルと付き添いで横に立っている魔無しの……いや、聖女アナスタシアだ。


「お久しぶりです。僕に用事があるという事で駆け付けたのですが。アナスタシアも一緒に来いというので連れてきました」

「うむ、今日はこれまでの清算をしようと思ってな」

「清算ですか?」


 シュヴァルの問いかけに対し、ラウレルは鷹揚(おうよう)にうなづいた。横にいるグラナダも軽傷ではないものの、立っている分には問題無いようで、シュヴァルは少し安心した。


「まず、この国を救ってくれた事に礼を述べねばならん。感謝するぞシュヴァルよ」

「いえ、僕は何もしてませんが」


 錬金術師の最高峰にいるラウレルとグラナダが深々と頭を下げるが、シュヴァルは慌てて否定した。


 シュヴァルは本当に何もしていない。確かにバフォメットを引き剥がすアイディアは出したが、実際にやったのはシュヴァル以外の面々である。


「はっは、謙遜する男だ。そして聖女アナスタシアよ、君に対しても礼を言わねばならんな」

「いえ、聖女として当然の事をしただけです」


 アナスタシアは澄ました表情でそう呟いた。

 謙虚なようだが、こいつは本当に何もしていない。


「アナスタシアよ、君を見てヴィオラはいたく感心し、同時に深く反省をした。あれは才能はあるが精神的に未熟でな。今回の件も一人で先走ってしまった」

「ヴィオラ様はどうされたのですか?」


 ラウレルの言葉にアナスタシアは聞き返す。この部屋にヴィオラはいない。アナスタシア的には、ヴィオラこそが最大の障壁なので、その後の動向も気になる。


「ヴィオラは事件の当事者だ。残念ながら退学処分とせざるを得なかった。さらに、国に被害を及ぼした事もあり、極刑は免れるよう尽力したが、傷が治り次第、国外追放となる」

「そうですか」


 アナスタシアは表情には出さないが、内心でガッツポーズを取った。強力なライバルが目の前から消えれば、聖女の地位は不動の物となる。


「ヴィオラは巡礼聖職者を目指すそうだ。もともと彼女は癒しの魔法生物を研究していたし、そちらの方が向いているかもしれない。悪魔祓いをした君の姿がとても眩く見えたそうだ」

「それは何よりです」


 グラナダが補足するようにヴィオラの将来を話すと、アナスタシアの表情がほころんだ。ラウレルとグラナダからしたら、ヴィオラの未来を祝福する微笑に見えるだろうが、横目で見ているシュヴァルは『勝ったぜ』という邪悪な笑みだと知っている。


「ヴィオラの話もあるのだが、その前にわしらはお前に謝罪をせねばならない事がある」

「謝罪……ですか?」


 シュヴァルは首を傾げた。確かに悪魔バフォメットはシュヴァルを殺そうとしていたようだが、それはヴィオラ個人の願望だと思っていた。ラウレルとグラナダが謝るような事をシュヴァルは思いつかない。


「わしらが、お前をこの国を乗っ取ろうとしている悪魔の錬金術師だと思っていた事だ」

「……は?」


 ラウレルは珍しく歯切れ悪くそう言ったが、シュヴァルは空気が抜けるような返事をした。そんなシュヴァルに構わず、ラウレルはそのまま言葉を紡いでいく。


「わしらはお前の行動全てが、錬金術師ギルドを乗っ取り、そしてこの国そのものを掌握するものだとばかり思っていた。だが悪魔バフォメットに対し、聖なる力をあれだけ振るい、国を守る者がそんな事をするはずがない。少し考えれば分かる事なのに恥ずかしい限りだ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 僕が国を乗っ取るとか、そんな事をするわけないじゃないですか!」

「うむ、その通りだ」


 なんかよくわからんが、知らないうちに大変な事になっていた。シュヴァルはひどく狼狽(ろうばい)したが、とりあえず誤解が解けたようで胸を撫で下ろす。


「まさか、全て計算し、この国を救おうとしていたとはな」

「はぁ!?」


 ラウレルが感慨深そうに呟くと、シュヴァルは目上の人間相手だというのに変な声を上げた。ラウレルもグラナダも特に気にする様子は無い。


「まず最初に、トシアキという異世界人を実験台として使った事で、わしらはてっきり非道な実験をしていると思っていた。だが、多くを得るためには多少の犠牲はやむを得なかったのだろう」

「いや、トシアキは生きて……」

「トシアキは死にました!」


 ラウレルの見解に対し、シュヴァルが反論しようとするとアナスタシアが割り込んだ。トシアキは死んだ。そういう事になっている。


「そこでお前は異世界に干渉するコツを掴んだのだろう。そして、この世界で聖獣や吸血鬼などの戦力を蓄えた。来るべき異界の者との戦いに備えるためにな」

「いやいやいや」


 シュヴァルは否定するが、ラウレルは完全に自分の思考が固まっているらしい。シュヴァルの意思を無視して話をし続ける。


「わしらはお主の家にあった古代文字と謎の痕跡を見た、あの時にある程度、この世界に異界の強大な者が干渉しやすく準備したのだろう。頭骨を寄代(よりしろ)にするのだと思っていたが、あれは骨董品としての価値はあっても、呪具としては使えないらしいな。わしらは美術品には疎い。だから後でわしらに分かるよう、商家出身のレッキスを監視役として選ぶようゴーレム研究の道を選んだ。違うか?」

「全然違いますが」


 ラウレルの仮定に対し、シュヴァルは即座に否定した。

 だが、ラウレルはばっさり切り捨てられたのに上機嫌だ。


「はっはっは! まだ読み足りない部分があったか。わしも耄碌(もうろく)したな。とにかく、わしらはお前の用意した頭骨を召喚の道具だと思っていた。だが、これも計算されていたのだな」


 ちっとも計算してないが、ラウレルとグラナダの中ではそういう事になっているようだ。後ろに控えていたグラナダが一歩踏み出し、ラウレルの代わりに語り始める。


「今回は悪魔バフォメットだったが、僕達のみで君への対処が無理だと判断したら、あの頭骨をベースに異界の力を頼っただろう。今回はヴィオラが対象となったが、それが僕である可能性もあった。そして、それこそが君の狙いだった訳だ」

「はぁ……」


 もう何を言いたいんだかさっぱり分からず、シュヴァルは否定するのも面倒になったので流した。とりあえず一通り聞いてから全否定したほうが疲れなさそうだ。


「僕もラウレル学長も、錬金術師と魔術師の格差をどうにかしたいと思っていた。もちろん、君も心を痛めていたのだろう。だから荒療治に出た。強大な敵が現れれば、一致団結して戦わざるを得ないからね」


 グラナダはそう言って目を閉じた。長らく絶縁状態だったリーデルと共闘した時は、死の恐怖を感じると同時に懐かしさも覚えていた。


 バフォメットの件以降、まだ数日しか経っていないというのに、錬金術師と魔術師の認識は変わりつつある。お互い自分の利益ばかり考えていたが、両者が協力する事で、より一層高みへと昇る可能性を見いだせたからだ。


「君には感服したよ。僕達が頭を抱えていた問題を、君は一人で解決法を考えて成し遂げたのだからね。これくらいの危機が無いと変われないというのも情けないが、人とはそういう生き物なのかもしれないね」

「いやいや、そんな事したら国が滅びるかもしれないじゃないですか!」

「君もなかなか意地悪だね。だからこそ聖女、聖獣、吸血鬼、侯爵令嬢。それに研究所とあらゆる場所にコネを作っておいたんだろう? 聖女が切り札だったのは間違いないだろうけど、それ以外にも保険を掛けていた」


 グラナダは冴えない男と内心蔑んでいたシュヴァルに対し、英雄を見るようなまなざしを向けている。一体、この男は何十手先まで考えて行動していたのだろう。そう思っているのが見てとれる。


 結果から言うと、シュヴァルは長らく問題になっていた錬金術師と魔術師という二つの勢力のわだかまりを解消させた。もちろんすぐにとは言わないが、お互い歩み寄る大きな一歩をと言っていいだろう。


「いや、ですから僕はそんな事はこれっぽっちも考えていませんってば」

「過ぎた謙遜(けんそん)は嫌味だぞ? わしらがお前の考えている事をこれっぽっちも読めていなかったという証拠を突きつけられてるのだからな」


 ラウレルは上機嫌で笑う。


 国を滅ぼす錬金術師と思われていたのも謎だが、その後でいきなり救国の錬金術師みたいな180度方向転換されても、それもまた違う。


 シュヴァルはあくまで凡百の錬金術師に過ぎないのだが、なんかもう何を言ってもダメな気がしてきた。


「……とまあ、わしらは見事にお前に騙されておったのだな。なんとも愚かな集団だと笑ってくれて構わんよ。これでわしも、ようやく後進に道を譲る事が出来る」

「どういう意味ですか?」


 シュヴァルが質問すると、ラウレルはゆっくりと口を開く。


「単刀直入に言おう。赤銅のシュヴァル、君に金の称号を贈りたい。反対する者は誰もおらんだろう」

「えっ」


 単刀直入すぎてシュヴァルは一瞬理解出来なかった。一般人は赤銅まで行ければ万歳なのに、一足飛びで金の称号を得た人間は、おそらく錬金術学院の歴史でもシュヴァル一人しかいないだろう。


「あの、さっきも言いましたけど、僕は本当に何もしてませんよ!?」

「実るほど頭を垂れる稲穂(いなほ)かな、という言葉に相応しい態度だ。それでこそ金の錬金術師に相応しいというものだ。グラナダと共に、より一層、この錬金術学院を黄金の輝きで照らして欲しいものだ」


 ラウレルは目を細め、嬉しそうにそう呟いた。


 ラウレルとしてはグラナダという優秀な右腕は居ても、金の称号を持つ錬金術師一人ではいささか頼りない。そこに現れたのがシュヴァルという逸材だ。


 グラナダが天才ならシュヴァルは鬼才。ラウレルの中ではそう位置付けられているようだ。金の錬金術師が二人もいれば、グルナディエ錬金術学院を任せ、ラウレルは安心して隠居する事が出来る。


 さらに聖女や聖獣といった存在も合わされば、錬金術師だけではなく、あまねく全てを照らす金色(こんじき)の輝きを放つだろう。


「僕も君に無礼な態度を取ってしまったが、これからは同格の存在だ。君の力があれば心強い」

「……えーっと、僕は金の称号で確定したということでいいんですかね?」


 シュヴァルがそう言うと、ラウレルもグラナダも即座に頷いた。

 すると、シュヴァルは深く深く溜め息を吐きながら、こう返事した。


「では、金のシュヴァルは、本日をもって錬金術師を辞めさせていただきます」

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[一言] そう来たか
[一言] ええー!終わっちゃうんですか!?
[一言] アナスタシア貴様ーーなにちゃっかりやってんねん
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