第53話:聖者の行進
悪魔に肉体を乗っ取られたヴィオラからバフォメットだけを引き剥がす。そんな無理難題をシュヴァルは出来ると言ってのけた。
「シュヴァルは錬金術師でしょ? 悪魔祓いなんか出来んの?」
「出来るわけないじゃないか」
アナスタシアの問いに対し、シュヴァルはあっさり否定した。シュヴァルはあくまで三流錬金術師。美少女造形に関しては無駄に卓越したセンスはあるが、他に特別な異能がある訳ではない。
シュヴァルは工房メンバーの一人、アルマの方に目を向ける。
「アルマの協力が必要なんだけど、いいかな?」
「あたし? 言っておくけど悪魔祓いなんか出来ないわよ。破壊なら出来るけど」
「逆だよ。反魂を使ってもらいたいんだ」
「反魂ですか?」
今度はアムリタがシュヴァルに問いかける。
「なるほど。一回ヴィオラをバフォメットごと殺して、それから反魂を掛けて生き返らせるのか。ドランボがあるから殺しちまっても後で生き返らせれば大丈夫だ! いや、いいのかそれで!?」
「ドランボって何? ていうか、そんな乱暴な方法やらないよ」
アナスタシアの訳のわからない例えに対し、シュヴァルは溜め息混じりにそう答える。シュヴァルの意図がわからず、みんな首を傾げたままだ。
「ちょっと待て。そもそも猫耳吸血鬼の反魂は不完全だろう。そんな状態で頼んでいいのか? 私はアムリタ二号は勘弁願いたいのだが」
「うるさいわね! 魔獣のあんたには分からないだろうけど、あれはすごく難しいんだから仕方ないでしょ!」
ハイエースが苦言を呈すると、アルマはばつが悪そうに反論した。反魂の術を使ってアムリタを蘇らせたが、骨だけに魂が戻り、肉体は別のパーツをシュヴァルが加工した。
それに、アルマから一定の距離が離れてしまうと術が解けてしまう問題もある。そのためにアルマは街へとやってきたのだ。アムリタは満足しているのでギリギリセーフだが、その方法をやる場合、結局はヴィオラを殺さねばならない。
「どっちにしろ、アムリタとヴィオラの二人同時は無理よ。どっちかが離れたら死んじゃうし。両方にくっつく訳にいかないもの」
「確かにそうだね。でも今回に関してはむしろ失敗して欲しいんだ」
「あ! 私、シュヴァルさんのやりたい事が分かりましたよ!」
アルマは反対するが、それを遮るようにアムリタが手を上げる。まるで先生の質問に答える生徒のようだ。
「反魂の術をバフォメットさんに掛けるんですね」
「アムリタさん、正解」
シュヴァルが答えると、アムリタは嬉しそうに飛び跳ねた。
「つまり……どういうことだってばよ?」
「反魂の術っていうのは魂を戻すものだよね。だから、バフォメットの魂に失敗する術式を掛けるんだ」
「なるほど。その状態でアルマから離れれば、バフォメットの魂のみが離れていくってわけね」
「そういう事だよ。ダンディさんが言っていた感じだと、多分、距離的に街から出てしばらくすると失敗反魂の術に引っ張られて消えると思うんだ。試してみないと分からないけど」
「……そういうことね。なんか引っかかるけど、まあそれで成功するならいいわ」
「ふざけるなあああああ!!」
シュヴァルの逆反魂理論に皆が納得しかけたとき、地面に倒れ伏したままのバフォメットが大声で叫んだ。
「貴様ら! 悪魔の魂を雑に扱うんじゃない! そんな事されたらどんな気持ちになる!」
バフォメットは激怒した。そりゃそうだ。
「別に私たちが死ぬわけじゃないしぃー」
「ねー」
アナスタシアがギャルっぽく言い、アルマも同意する。そんな訳でバフォメットの意見は速攻で却下され、その場でアルマは反魂の術式の陣を描く。
「今回は失敗していいから気が楽だわ。どうせ失敗するんだから何でもいいわね。そうだわ! モチョの絵柄の陣にしよっと」
「アルマさん上手ですね。私も何か描いていいですか?」
「いいわよ」
「じゃあ私、ネコを描いちゃおうかしら」
「いいんじゃない。私、ネコも好きよ」
「き、貴様ら! せめて真面目にやれ! 悪魔をなんだと思ってるんだ!」
恐ろしいほど雑な魔法陣を目の前に描かれているが、肉体的にボロボロにされたバフォメットは黙って見ているしかない。その様子に、シュヴァルはちょっとだけ同情した。
「出来たわ! うん、我ながら完璧な魔法陣だわ!」
「絵じゃん!」
そうして出来上がった魔法陣を見て、バフォメットは思わずツッコミを入れてしまう。もう魔法陣でも何でもなく、地面に描かれたモチョの絵だった。
ついでに隅っこの方にアムリタが描いたデフォルメされたネコの顔と『ニャーン!』という文字がある。ニャーン!
「じゃあ早速、バフォメットに反魂死刑を執行するわよ。そいつを魔法陣の上に乗せてくれる?」
「やめろおぉぉぉ!」
「はいはい。大人しくしましょうね。あなたがヴィオラさんを騙して、街を壊したりひどいことするから悪いんですよ」
バフォメットはほとんど抵抗も出来ず、アムリタに引きずられてモチョ陣の上に置かれた。アルマは意識を集中させ、魔力を陣に集中させる。淡い光がバフォメットを包み、すぐに消えた。
「うん。まあ大体こんなもんね。自分で言うのも何だけど、100パーセント失敗するわね」
「本当にバフォメットのみに掛かったのだろうな?」
「それは問題無いわ。人間同士とか種族が近い魂は判別が難しいけど、悪魔と人間じゃ違いすぎるもの」
ハイエースの問いに対し、アルマはあっさり言ってのけた。これで理論が正しければ、あとはアルマを待機させて離れれば、バフォメットの魂だけが徐々にこそぎ落とされていくはずだ。
「では私がやるとしよう。美少女を担いで走るのなら、私に敵うものはいないだろうしな」
失敗反魂の術が掛かったバフォメットをハイエースが背中に乗せる。ヴィオラの肉体は痛めつけられているので、だらりと垂れ、干された布団みたいになっている。
「待て! 私も乗せていけ! 美少女の肉体を乗っ取るインチキルートを通った悪魔が悶え苦しみながら死んでいくのを見たい」
ハイエースが走り出そうとすると、アナスタシアが提案した。
「貴様を乗せて走るのか……気に入らんが、まあ私の雄姿を見せる上で、貴様を乗せておくと映えるのも事実だな。まあいい、乗れ」
「よっしゃ! じゃあ行くぞハイエース! 聖者の行進だ!」
「任せておけ。さーて、悪魔はどのくらいの距離で死ぬかな。クックック……」
聖獣ユニコーンと美少女アナスタシアは凶悪な笑みを浮かべる。美少女に対して異常なこだわりがある二人からすれば、バフォメットは許されざる罪を犯したのだ。万死に値する。
「ま、待つのだ! そうだ! 貴様らと改めて契約してやろう! ヴィオラの肉体を完全に乗っ取った後、貴様らに協力してやる!」
干されたふとんみたいになっていたバフォメットが、最後の力を振り絞り、ハイエースの背に乗ったアナスタシアを見た。
「それが人に物を頼む態度か?」
「……お、お願い、します」
「ダメに決まってんだろ。お前、人を騙して身体を乗っ取って、あげく人を傷つけたり街を破壊しておいて、ごめんなさいで済むと思ってんの?」
「……いや、だって悪魔だし」
「悪魔は滅する! なぜなら……私は聖女だからな!」
話は終わりとばかりに、ハイエースはすごい速度で駆け出した。アナスタシアとヴィオラを乗せた状態で、彼女達を振り落とさない程度に走っているし、走り方はやはり上手い。
「はーはっはっは! さあ行くぞ親子小娘! 我々の雄姿を一般ピーポー共に見せつけるぞ!」
「あったりめえよ!」
二人はそう叫んだ後、街の人々が避難している区域に突入した。その途端、さっきまでのテンションを急に押し殺し、よそ行きモードに変化する。
「あれは……シュヴァルの所の聖獣と、小間使いの女の子じゃないか!」
人々が恐怖におののく中、誰かがそう叫んだ。
純白に輝く一角獣が風のように駆け抜け、その背には美しい少女が乗っている。そして、その二人に挟まれるように、悶え苦しむ女性の姿が見えた。女性からはいかにも禍々しい黒い霧が放出され、白と黒の対比を作っている。
「グオオオオオ! や、やめろおぉぉぉおお! 魂が抜けていくうぅぅ!」
バフォメットの反魂はかわいそうなくらい失敗したらしく、ものすごい勢いでヴィオラの身体から黒い霧のようなものが放出されていく。それはバフォメットの魂そのものだ。
バフォメットの犯した最大のミスは、ヴィオラの肉体を完全に乗っ取ろうとした事だ。悪魔は契約に縛られる。ヴィオラの意識が無い以上、契約を破棄する事が出来ないので、逃げる事も出来ない。
かといって、今さらヴィオラに肉体の主導権を返したとしてももう遅い。ヴィオラが意識を取り戻しても、この状態のヴィオラは契約を破棄しないだろうし、結局は聖なるデスマーチが続けられるだけだ。
つまり、バフォメットはシュヴァルに喧嘩を売った時点でほぼ詰んでいた。
「皆さん! 恐れる事はありません! 悪魔は私たちの聖なる力によって浄化されています! 間もなく悪魔は完全に滅びるでしょう! 私は聖女アナスタシア! 悪魔を滅する者!」
アナスタシアはハイエースに乗りながら、高らかにそう叫ぶ。それはまさに聖女の鼓舞。一角獣にまたがり悪魔を駆逐する聖女そのものだ。
実際にやってる事は、西部劇のならず者が、首に縄を掛けて馬で引きずりまわすアレに近いのだが、周りからは聖女と聖獣が悪魔を浄化しているように見えているようだ。
「や、やめろおぉぉ! 人間ども! 騙されてはいかんぞぉぉぉお! こいつらは……悪魔だ!」
「悪魔の言葉に耳を傾けてはいけません!」
悪魔バフォメットは、偽聖女と偽聖獣の真実を訴えるが、悲しい事にアナスタシアに一蹴されてしまった。その間に、バフォメットの魂はどんどん抜け落ちていく。
ハイエースは趣味が悪い事に、一直線に街から出ず、わざと円を描くように遠回りしながら街を走り回っていた。バフォメットに対する嫌がらせ兼宣伝である。
「よし、大体アピールは終わったな。いい加減、この悪魔に引導を渡すとするか」
ハイエースは一通り街中を走り終わると、そのまま街の外へと駆け出していった。
「お前ら……絶対いい死に方せんぞ……」
バフォメットは最後にそれだけ言い残し、完全に気を失い、がくりと頭を垂れた。バフォメットの残した最期の言葉だった。
「ふむ、黒い霧が出なくなったな。シュヴァルの理屈が正しければ、これでヴィオラの魂が浮き上がってくるはずだが」
街の外に広がる草原地帯まで来て、他に誰も居ない事を確認し、ハイエースは背中を確認する。
「おい起きろ。いつまで寝てるんだ」
意識を失ったヴィオラの頬を、アナスタシアがぺちぺち叩く。すると、徐々に眼が開き、ヴィオラの意識が呼び戻される。赤く染まった瞳はすっかり元通りだ。
「わたし……は? あれ? 悪魔は……」
ヴィオラが頭を上げると、そこにはアナスタシアの顔があった。
「悪魔は私たちが退治しました。もう大丈夫ですよ」
「アナスタシア……ちゃん?」
いまだ朦朧とする意識の中、ヴィオラは天使のような笑みを浮かべるアナスタシアを見上げる。陽光に照らされ、慈愛の笑みを浮かべるその様は天使のように美しかった。
こうして、悪魔による騒動は鎮圧された。