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第50話:悪魔には悪魔を

 グルナディエ錬金術学院の一角で爆発が起きた。場所はなんと本館の片隅である。錬金術師の歴史と知性の殿堂と言われる場所が、一瞬にして轟音と共に崩れる。


「ふむ。この娘の錬金術とやらは便利だな。我の魔力を効率よく放出する事が出来る」


 ヴィオラを支配した悪魔バフォメットは、新しい身体の試運転中だった。バフォメットは強力な悪魔ではあるが、今の身体は人間の少女のものだ。


 肉体的なパワーは落ちたが、その代わり、ヴィオラの錬金術師としての力を使う事が出来る。ヴィオラ自身は攻撃的な術式は使わないようにしていたが、銀ともなると知識としては一通り網羅(もうら)している。


 もちろんヴィオラ本人ほど術式を器用に使えないが、内包している魔力量が悪魔と人間ではまるで違う。粗雑な術式に悪魔の力を乗せてねじ伏せるだけだが、人間相手なら充分だろう。


「いずれこの身体にも馴染むだろう。当面はこれで我慢するか」

「ヴィオラ! 何をしている!」


 後ろからの叫び声にヴィオラが振り向くと、グラナダが立っていた。グラナダは困惑していたが、ヴィオラの顔を見るとすぐに表情を引き締める。


「貴様……ヴィオラでは無いな」

「ほう、我の存在に一瞬で気付くとは。人間にしては優秀だ」

「この状況を見たら馬鹿でも気付くさ」


 グラナダは警戒心を最大限まで上げ、そう答えた。


 ヴィオラの瞳の色が赤く染まっている。これは他者に魔力的な干渉を受けた時に出るものだ。そして、彼女が立っていたすぐ近くには、ほとんど崩れているが複雑な魔法陣と、割れた獣の頭骨がある。間違いなく彼女は召喚術を使い、恐らく失敗したのだろう。


 グラナダは一瞬でそう推測したが、何よりもはっきりとした事実がある。


「彼女がこんな破壊活動をするはずが無い」


 グラナダははっきり言い切る。ヴィオラは才気あふれるが経験は浅い。結果として失敗する事も多い。だが、その根底には人を思う優しさがある。こんな無意味な破壊の術式は決して使わない。


「では名乗ってやろう。ヴィオラという人間はもはやおらぬ。我は悪魔バフォメット。人間という劣等種に絶望をもたらすものだ」

「彼女を殺したのか?」

「死んではおらん。殺してしまっては我の身体として機能せんからな。今は意識の奥深くで眠り続けている。まあ、そんなことはどうでもいい」


 そう言って、バフォメットはグラナダに向けて手をかざす。


「死ね」


 その瞬間、近くにあった瓦礫が浮き上がり、グラナダめがけて射出される。風の術式だが極めて雑なやり方だ。だが、数と速度が人間で扱える術式のそれではない。


「くっ!」


 グラナダも即座に術式を展開し、同じく風を操り直撃を避ける。銀以上のクラスになると、頭の中で術式を組みあげて即座に発動出来る。いちいち図面を書いて魔力を注ぎ込むシュヴァルとは雲泥の差だ。


「なるほど。確かに早い。人間にしてはな」

「ぐっ!」


 グラナダは第二陣の瓦礫のつぶてを受けて吹き飛んだ。致命傷こそ免れたが、バフォメットとグラナダでは種族差がありすぎる。グラナダが一つ術式を展開する間に、バフォメットは三回の攻撃を繰り返せるだろう。


「そう言えば貴様の名を聞いていなかったな。シュヴァルという男は貴様か?」

「シュヴァル? そうか、ミイラ取りがミイラになったか」


 バフォメットの言葉一つで、グラナダはなぜこんな状況になったのか理解した。悪魔を倒すために悪魔を呼び、そして乗っ取られた。


「僕の名はグラナダ。お前が使っている少女の上司だ」

「そうか。ならば用は無い。我は契約としてシュヴァルとやらを殺すのが優先だ。そうすれば、我は何の気兼ねも無く動く事が出来る」


 バフォメットは、目の前の男がシュヴァルという人間で無い事に落胆した。悪魔は契約に縛られる種族だ。ヴィオラの身体を借りてはいるものの、これでも本来の調子は出せていない。


 だが、シュヴァルという男を殺せば契約は終わる。その上でヴィオラの魂を殺せば、晴れてバフォメットは完全な力を発揮する事が出来る。この貧弱な肉体も魔力で補強出来るだろう。


「そんな事を許可すると思うか?」

「貴様の許可など必要無い」

「舐めるなっ!」


 グラナダは怒りの咆哮を上げながら、氷の術式を発動させた。バフォメットは目を見開いた後、一瞬で氷漬けになった。大気中にある水分を操り一瞬で凍らせる、水の術式の高位版だ。


 バフォメットが強者のおごりを見せている間に、ひそかに術式を紡いでいたのだ。


 本来なら高位術式は意識を集中しないと術式を紡ぐ事すら困難だが、悪魔相手に喋りながら、魔力を正確に編み込む事はラウレルですら出来ない。


「すまないが、そのまま凍っていてもらうぞ」


 グラナダは荒い息を吐きながら、複雑な処理をして割れそうになる頭を抑える。


 肉体的にはバフォメットはヴィオラのものを使っている。物理的に拘束してしまえば腕力で破壊する事は出来ない。


 その上、人間なら氷漬けにされれば死んでしまうが、バフォメットが内部にいるなら、彼女の生命を維持するだろう。足止めさえできれば、彼女の身体から悪魔を祓う手段を探す事も出来る――はずだった。


「馬鹿め。人間ごときが我を止められると思うな」


 グラナダ渾身の氷の術式を、バフォメットはいとも簡単に砕いて脱出した。氷の残骸が飛び散り、すぐに水へと戻る。強引に魔力を放出し、グラナダの編んだ魔力を解いたのだ。


「……化け物め」

「人間にしてはよくやった方だ。少々手間取った」


 バフォメットは、これっぽっちも敬意を表していない口調でそう答えた。姿形はヴィオラだが、その表情は悪魔そのものだ。


 ヴィオラを近くに置いておけばそれだけ危険になると思っていた。だから彼女を遠ざけた。だが、結果的に一番残酷な状態になってしまった。


(すまない。ヴィオラ……)


 中身こそ悪魔だが、ヴィオラの身体に殺されるのはある意味で罰なのかもしれない。そう考え、グラナダは目を閉じ、死を受け入れる事にした。


「よお」


 その時、場の空気にまったく似つかわしくない声が響いた。そしてその声は、グラナダがよく知っているものだった。


「……リーデル?」

「久しぶりだな。で、そっちは初めましてかな?」


 負傷したグラナダの手を引っ張り上げたのは、魔術師リーデルだった。ここ数年まったく交流が無かったので、死が間近だというのにグラナダは呆けたような顔になる。


 グラナダを立たせながら、リーデルはバフォメットに向き合った。


「おいてめえ、人がデートに誘いに来たってのに、何を勝手にヴィオラちゃんの身体使ってんだ。俺が最初に触るつもりだったのによ」

「何だ貴様は?」

「通りすがりの正義の魔術師さ」


 リーデルはおどけたようにそう答えた。だが、瞳の奥には隠しきれない怒りを感じる。


「リーデルとか言ったな。貴様もシュヴァルでは無いのか。まあいい、虫が一匹だろうが二匹だろうがどうでもいい」


 そう言って、バフォメットは再び雑で暴力的な術式を展開する。先ほどと同じ瓦礫を飛ばすだけの術式だが、今度の量は倍以上ある。


「グラナダ!」

「分かった!」


 二人は短い言葉だけで一瞬でお互いの意図を汲み合った。その直後、瓦礫が全て四散し、暴風でバフォメットが壁に叩きつけられる。


「ぬうっ!?」


 大きなダメージこそ無いが、少女の肉体にはなかなかの衝撃だ。バフォメットは叩きつけられた衝撃で身体が痺れ、地面に倒れ伏した。


「虫が二匹に増えてもどうでもいいんじゃなかったか?」

「……チッ」


 リーデルの物言いに対し、バフォメットはこの世界に来て初めて舌打ちをした。


 錬金術師グラナダと魔術師リーデルは、二人で分担して魔力を発動させたのだ。


 どちらか片方なら、魔力を放出した上で術式を編むという過程が必要になる。二人がやってのけたのは、魔力量が多いリーデルが魔力を全放出し、それをグラナダが形を整えるという離れ業だ。


 魔術師の膨大な魔力量を錬金術でうまく錬成し、竜巻のように調整する。そうすることでバフォメットの放った術式を無効化し、同時に本体を吹き飛ばした。


 口で言うのは簡単だが、他人の魔力を調整するのは生半可な事では無い。お互いの息がぴったりと合わなければ到底出来る事では無い。


 グラナダとリーデルは、道は違えども、未だに親友ということだ。


「さてと、ヴィオラちゃんには悪いが、改めて拘束させてもらうぜ? 二人分だったらさすがに簡単に抜けだせ……うおっ!?」


 行動不能にしたヴィオラを再度拘束しようとしたが、その一瞬前にバフォメットは動いていた。先ほど使った瓦礫を飛ばす風の術式で無理矢理自分を吹き飛ばし、中庭の方まで転がるように飛んでいった。


「グラナダとリーデルと言ったな……この屈辱、後で必ず返してやるぞ! シュヴァルとやらを殺した後でな!」


 バフォメットは呪詛の言葉を吐き、もう一度、風の術式を発動させ、射出されるように空へ飛び上り、二人の見えないところまで吹っ飛んで行った。魔力量による力技。人間では到底できない悪魔の所業だ。


「こうして二人で遊ぶのは子供の時以来だな。もうちょっと楽しい遊びがいいんだがな」

「助かった。すまないな。リーデル」

「いいって事よ。それより、まだ全然助かってないぞ」

「……そうだな」


 ひとまず二人の命の危機は去ったが、問題は何も解決していない。ヴィオラを乗っ取ったバフォメットは野放しのままだし、このままなら奴は間違いなくこの国の全ての民を殺すだろう。


「騒ぎに気付いてる奴も増えてきたみたいだな」


 リーデルが辺りを見回すと、周りの錬金術師たちも何事かとざわついている。本館が突然爆発し、巨大な魔力のうねりを感じたのだから無理もない。


「まずは周りの連中をどうにかしないとな。グラナダ、お前が一番状況に詳しいし権限もあるだろ。ラウレルの爺さんに頼んで、他の連中や街の奴らにさっさと避難するように促してくれ」

「それは分かるが早く追わないと……ぐっ!」


 リーデルは落ち着いて喋っているが、グラナダの方は大分冷静さを欠いていた。直接対峙したグラナダは、あの悪魔がどれだけ凶暴かつ強力かを知っている。


「そんな怪我で追いかけても返り討ちにあうだけだ。かくいう俺も、さっきので結構無茶したんでヘロヘロでな」


 リーデルは落ち着いているように見えたが、よく見ると足が震えていた。怯えているわけではない。単純に魔力を放出し過ぎたからだ。


 悪魔バフォメットに対し人間が意表を突くには、優秀な魔術師と錬金術師がフル出力で戦ってこの程度なのだ。


「……終わりか」


 グラナダとリーデルは支え合うようにして立っている。周りの錬金術師たちが近寄ってきて慌てて介抱しようとするが、グラナダはそれを制し、少しでもこの状況を周りに伝えるよう指示した。


 正真正銘の悪魔が街に解き放たれてしまった。後はもう撤退戦だ。


 悪魔の被害をいかに抑えられるか、どうやって人の被害を最小限に抑えるか。グラナダはそちらの方に思考をシフトする。


「いや、そうでもねえよ」


 だが、グラナダのマイナス思考を感じ取ったように、リーデルが否定の言葉を口にする。強がりかと思ったが、リーデルの表情はそれほど暗くはない。


「まだ一人いるだろ。あの悪魔が殺そうとしてるマジモンの悪魔がよ」

「……そうだな。目には目をか」


 グラナダとリーデルは魔力を使い果たした。この状況にラウレルが気付けば、すぐに住民たちを避難するように動くだろう。おそらく魔術師達もこの事態では黙っていないはずだ。だが、彼らはあくまで防御に徹する。


 だとしたら、悪魔を迎撃できる人間は一人しかいない。これまで恐ろしいほど狡猾に立ち回り、魔獣や吸血鬼すら従えた恐るべき錬金術師シュヴァル。


 悪魔を止められるのは、同じくらいの悪魔にしか出来ない。グラナダとリーデルはそう判断した。


 唯一にして最大の問題は、シュヴァルが大した事ない凡人という事なのだが、悲しい事にそれを理解している人間は誰一人としていなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この話好き
[良い点] お疲れ様でした。 >唯一にして最大の問題は、シュヴァルが大した事ない凡人という事なのだが、悲しい事にそれを理解している人間は誰一人としていなかった。 シュヴァルは確かにゴーレム製造…
[一言] まるでバトル物のようなシリアスバトルが!この作品で?・・・ふしぎ! シュヴァルと愉快な仲間たちに関わったらもう絶対にシリアスに戻れないよ。グッバイ、シリアスさん・・・
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