第5話:色付き
グラナダ達がシュヴァルの元へ調査に来てから一週間が経過した。
その間、シュヴァルは机に向かい、ひたすらにゴーレム錬成に関するレポートを書いていた。
『金銀の双翼』と呼ばれ、錬金術師なら知らぬ者はいないと呼ばれるグラナダとヴィオラに『真の研究』を期待されているのだから、熱も入るというものだ。
「シュヴァルー! まだゴーレムの錬成は終わんないのか?」
「もうちょっと掛かるかな」
「えぇー、私の究極美少女計画は?」
「そんな変な計画、破滅したほうがいいよ」
シュヴァルがペンを動かしながらそう答えると、アナスタシアは頬を膨らませた。
最近、シュヴァルは論文ばかり書いていて、アナスタシアの体の錬成は全く手つかずだ。というか、もともとアナスタシアの錬成はシュヴァルが望んでいる訳ではない。
なので身体データも適当にメモしておいただけなのだが、まさかグラナダがそれを欲するとは思っていなかった。こんな事ならもっと真面目に書いておけばよかったと、シュヴァルは少しだけ後悔した。
「だからさ、あの二人も美少女化計画に興味があるんだって!」
「それは無い。多分、総合的な能力を判断してるんじゃないかなぁ」
シュヴァルは座ったままでアナスタシアに向き直ると、考え込むように口元に手を当てた。ゴーレムに関する論文は以前に何度も出しているから、恐らくは別の分野の能力を見られている。
優れた錬金術師は、並行して出来る事が多い。グラナダとヴィオラも当然それに当てはまる。
だから、グラナダはシュヴァルのゴーレムの能力ではなく、アナスタシアのデータを欲したのではと考えていた。
「そんな事より、朝ごはん作ってきたぞ。お前、今日は何も食べてないだろ?」
よく見るとアナスタシアは、木製のトレーに乗せたスープと黒パン、それに蒸し芋を持ってきていた。
どれも塩のみで味付けされた簡素な物だが、何も食べていない事を指摘されると、シュヴァルの胃は気付いたようにぐう、と鳴った。
「ああ、どうもありがとう。君の体だと作るのも大変だろう」
「分かってるんなら早く取って。この身体だと結構重いんだから」
旧バージョンならなんて事の無い重さだが、幼女化し筋力の落ちたアナスタシアには、大人の料理を乗せたトレーは結構重い。シュヴァルはアナスタシアからトレーを受け取ると、硬い黒パンをスープに浸し、柔らかくしてから頬張った。
「ふはは! こんなに可愛い美幼女奴隷ちゃんにご奉仕してもらえて、さぞやご満悦だろう! この幸せ者め!」
「君の頭の方が幸せだと思うよ。ていうか、君は奴隷じゃないし、そもそも男だよね?」
「奴隷じゃないのは確かだけど、今度男って言ったらぶっ飛ばすぞ」
アナスタシアは可愛らしい声に、精一杯ドスを聞かせて抗議した。アナスタシアは脱法美少女であるが、首輪に関してはシュヴァルに買ってきてくれと自分から要求したのだ。
犬でも飼うのかと思っていたら、唐突に自分で装着したので、シュヴァルは自分の錬成でアナスタシアの頭がおかしくなったのではと思った。思ったのだが――。
「ほら、奴隷とご主人様って関係、なんかいかがわしい感じがするよな?」
などと主張するので、シュヴァルはめんどくさいので相手にしなかった。
アナスタシアは元々そういう性質だったのだ。
そもそも、この国では奴隷制は禁止されている。要するにアナスタシアはファッション奴隷なのだが、周りからどう見られるかはあまり気にしていないらしい。奴隷は禁止されているが、首輪を付けてはいけないという法律は無いので、好きなようにさせている。
「そんな事言ってもねぇ。僕が君の事を知らなかったら可愛い女の子に見えるかもしれないけど、以前の君の姿を知ってるし」
「あいつはもう消した! そんな事言いつつ、本当は劣情を催したりしてるんでしょ? まったく、シュヴァルは素直じゃないんだからっ♪」
寒気がした。
「あのね。そもそも君の体は素人の僕が錬成した物なんだよ? だから色々と欠陥があるし、完全な女性とは言えない」
「欠陥?」
「いいかい? 君の体は大人――つまり、成長しきった状態を無理矢理縮めた状態なんだ。身体の機能自体は女性でも、もう成長期は過ぎてる」
「よくわからん」
「つまり、君は今のままだと、それ以上はほとんど成長しないって事。老化すらしないで、その姿のままで一生を終えるかもしれない。恐ろしいだろう?」
シュヴァルは少しだけ意地の悪い言い方をした。大人になってから子供のままで老いていくというのは、シュヴァルにしてみれば自然の摂理に逆らう恐るべき事だった。
これで少しは肉体の錬成の危険性を意識し、美少女計画などという謎の野望をやめて欲しい。そう願った。
「って事は、場合によってロリババアルートもあり得るって事か……」
「ろ、ろりばばあ?」
聞いた事のない謎の異世界単語に、シュヴァルは困惑した。
少なくとも、アナスタシアに怯んだ様子は見られない。
「あらゆる形態になれる究極美少女計画が失敗しても、美幼女ロリババアルートには入れる訳だ。なんだ、どう転んでも勝ちじゃないか! やっぱりシュヴァルは才能があるな!」
「…………君の言っている事がまるで分からないよ」
何がどうなったら、欠陥美幼女の体に才能を見出すのだろう。シュヴァルには理解不能だった。すると、アナスタシアは人差し指を立て、ちっ、ちっ、と舌を鳴らし振る動作を見せた。
「シュヴァルには分からないかもしれないけど、私の住んでいた世界には、異世界で子供になって人生をやり直したい人間が一杯いたんだぞ!」
「そ、そうなのかい? 普通、早く大人になりたいものなんじゃ……」
異世界人とは一体……シュヴァルは理解しようとしたが、脳がそれを拒絶した。
理解出来てしまったら、深い闇に呑まれそうな気がしたからだ。
「何にせよ、私の究極美少女計画はまだ始まったばかりだ。前に来たあの美少女……まあ私ほどじゃないが、かなり可愛い子とイケメンの二人組って偉い奴なんだろ? あの二人が見に来たって事は、シュヴァルに一目置いてるって事じゃないか」
「普通はグラナダ様とヴィオラ様が動く事はないからね。その点では君に感謝しているよ。多分、何かのついでに寄っただけかもしれないけどね」
「でも、あのヴィオラだっけ? あっちはなんかキツい感じがしたな。シュヴァルの事を睨んでたし」
「そりゃ仕方ないよ。彼女は若干十六歳で色付き……しかも『銀』の称号を得た天才だよ。こんな片田舎の、うだつのあがらないおっさんの僕なんか触れたくもないだろう」
「色付き?」
「錬金術師は纏っている服の装飾で格付けが決まるんだ。グラナダ様は金縁、ヴィオラ様は銀縁があっただろう?」
「そうだっけ? 顔とおっぱいしか見てなかった」
「……君、やっぱりエロ親父だよ」
「違うぞ! 百合だぞ!」
「百合?」
「女の子同士でラブラブになるって事だよ。あ、でも私はおっさんもブサイクも差別しないぞ。私は恵まれないおっさん達の救いの女神になる事を目標としてるからな。仮にシュヴァルが落ちぶれてゴミ拾いとかで生活し始めても、私がお嫁さんになってやる。よかったな!」
「何でおっさんを幼女に改造して結婚しなきゃならないんだ……」
アナスタシアは嬉々として語っているから、多分本気なのだろう。
だが、シュヴァルからすれば、アナスタシアと結婚なんかした日には、ロリコンのホモという矛盾した双撃を受ける事になる。嫁を貰うなら、産まれたときから女性だった女性と結婚したい。
「まあ、そんなくだらない事はどうでもいいんだ」
「くだらなくない!」
「……じゃあ、くだらなくないって事にしておくけど、何にせよ君は今のままじゃ満足出来ないんだろう? だとしても、今の僕にはこれ以上、君にしてやれる事はあまり無い。僕も色付きになれれば行動範囲が増えるかもしれないけど」
「じゃあ、なればいいじゃん」
「簡単に言わないで欲しいな。実績か、あるいは実績を出しそうなごく一部の人間しかなれない身分なんだよ。今の僕にそんな話が来る可能性は……ゼロに等しいね」
「そんな事を言っちゃダメだぞ。信じれば夢は叶うんだ! 私だって『異世界で美少女になりてぇー!』って思ってたら、シュヴァルが美少女にしてくれたんだ。大丈夫だって!」
「……ありがとう」
それからアナスタシアは、モチョに餌をやると言って部屋から出て行った。
大分方向性は間違っている気がするが、シュヴァルは少しだけ救われた気がした。アナスタシアは大分歪んではいるが、冷静に考えたら、ここまで自分を買ってくれたのは彼女だけだ。
彼女がここに来るまでほとんど誰とも喋らず、研究に没頭していた。
もちろん、アナスタシア自身の理解不能な野望もあるのだろうが、それがシュヴァルの願いにも通じているなら、もう少しだけ頑張ってみてもいいかもしれない。
「最後まで足掻いてみるか……」
シュヴァルは、喋っている間に冷めてしまったスープを一口飲んだ。
大分冷めてしまっているが、それでも、ほんのりとした温かさが体に染み入るような、不思議な感触だった。
――同時刻、グルナディエ錬金術学院の学長室では激震が走っていた。
「シュヴァルを色付きとして迎え入れる!?」
学長の発言を、グラナダはオウム返しで叫んだ。