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第48話:聖女と悪魔の錬金術師(1)

 シュヴァルがゴーレム研究所に招き入れられてから早一ヶ月。

 その間、驚くほど順調にアームゴーレムの改良が進んだ。


「驚いたよ。まさかここまで優れた道具になるなんて自分でもびっくりだ」


 そう言いながら、シュヴァル工房の机に置かれた、新型アームゴーレムをシュヴァルはうっとりした表情で眺めている。その周りを囲むように、アナスタシア、ハイエース、そしてアムリタとアルマが覗き込む。


「そんなにすごいのかこれ? 見た感じ、あんまり変わったように見えないけど」

「まあ見てなよ」


 普段はあまり調子に乗らないシュヴァルだが、意気揚々とアームゴーレムを腕に嵌める。腕まですっぽり覆う、赤銅色の鎧の腕部分だけのような形をしている。


 アームゴーレムを嵌めたというのに、シュヴァルの動きは全く鈍っていない。


 それどころか、手の平でグーやパーを作る。今までのグーパンオンリーとはまるで違う動きに、アナスタシアも目を丸くする。


「すごいぞ! まるでガンダムのプラモデルみたいだ!」

「ガンダムノプラモデルが何だか分からないけど、見ての通りの機密動作性だよ。それにほら」


 さらにシュヴァルは、ゴーレムを嵌めたほうの腕でテーブルを持ち上げた。これだけの動作をするとシュヴァルはヘロヘロになっていたのだが、全く普段通りだ。それどころか笑みまで浮かべている。


「すごいですね! シュヴァルさんはやっぱり天才錬金術師だったんですよ!」

「いや、9割くらいは研究所の人がやってくれたんだけどね……」


 アムリタは拍手をしながらそう言うが、シュヴァルは苦笑しながらそう言った。


 発想としては気に入られたのだが、実際に設計図と構築をやったのはアマリアを始めとする研究所のチームだ。


 レッキスもよく手伝ってくれた。彼の推薦で入れたのに、レッキスはまるでシュヴァルの手下のように動いてくれたので、レッキスにはむしろシュヴァルの方が頭が上がらない。


「僕は使い終わった後に壊れて外れるふうに考えてたんだけど、アマリアさんはちゃんと外す時に負荷が掛からないようにしてくれたんだ。それだけじゃない。他のゴーレムに取り付ける事で、単純な力作業なら馬を使うよりもずっと……」

「はいはい。ゴーレムオタトークはそこまで」


 放っておくといつまでも研究の成果を語り続けそうなので、アナスタシアは待ったを掛けた。シュヴァルはまだ語り足りなさそうだが、とりあえず一度黙る。


「貴様のゴーレム研究とやらは完成したという事でいいのだな?」

「うん。今まで僕が何年も掛けてきた事がようやく達成できそうだよ」


 シュヴァルは満面の笑みを浮かべた。自分は色々な偶然が重なって赤銅になれたが、やはり生粋の色付きは格が違う。正直悔しいが、こうして成果が形となるのはとても嬉しい。


「ということは……ハイエースよ」

「うむ。言うまでもない」


 アナスタシアがハイエースの方を向くと、ハイエースは大仰に頷いた。


「え? なに? 何かあるの?」


 黙って聞いていたアルマが、興味深そうに二人を見る。シュヴァルはというと首を傾げているが、そんな彼の前に、アナスタシアが一歩前に出る。


「これでようやく究極美少女計画に全力で取り組めるな! やったなシュヴァル!」

「…………ああ、そういえばそんなのあったね」


 アナスタシアとハイエースはバンザイしながら喜ぶが、シュヴァルはうんざりした表情になる。最近忙しくて忘れていたが、こいつらは美少女になる事と、美少女を侍らせる事しか頭に無い存在だった。


「そんなのあったねじゃないんだよ! むしろ今までのゴーレムの方はおまけだろうがっ!」

「おまけじゃないよ! もともと君を美少女にする事自体、僕は反対だったんだよ!」


 アナスタシアは怒鳴るが、シュヴァルだって好きでアナスタシアを美少女にした訳ではない。


 彼女がどうしてもおっさんから美少女に改造して欲しいと言い張るので、仕方なく今の姿にしただけだ。


「ふざけるな! 何のためにこの高貴なる魔獣ユニコーンが貴様なんぞに協力したと思っている! 貴様には究極の美少女を作るという壮大な使命があるだろうが!」

「ないよ!」

「約束しただろ!」

「してないよ!」


 アナスタシアとハイエースの間では勝手に確約になっていたが、そもそもシュヴァルはそんなアホみたいな計画を遂行する気はない。


「ねー、あたしもう部屋に帰っていい? モチョも待ってるし」

「あ、じゃあ私も帰ります。あまりお邪魔すると悪いですし」


 アルマとアムリタ、女性陣二人は何とも言えない気持ちになったのか、そそくさと部屋を出ていった。


 後に残されたのは、不毛な口論をするオス三体である。


「……でもまあ、やる事が無くなったのは事実なんだよね」


 しばらく美少女を錬成するか否かという言い争いをしていたが、シュヴァルはぽつりとそう呟いた。


「美少女錬成計画があるじゃん」

「それはまあ置いといて。僕はもう満たされちゃったんだよね。もともと落第寸前で田舎に帰る予定だったし」


 シュヴァルは椅子に腰を下ろし、これまでの出来事を振り返るように宙を仰ぎ見た。錬金術師として追放されそうな状態になり、苦肉の策で異世界召喚を行った。


 想像していたのとは大分違ったが、色々な回り道をしつつも研究は完成しつつあり、さらに赤銅とはいえ錬金術師のエリートになれた上に、その中でもごく一部の人間しか入れない研究所の一員にすらなれた。


「僕はアームゴーレムに研究の全てを捧げてきたんだ。もともと僕が錬金術師になったのは、田舎や庶民の人たちのためだからね」


 シュヴァルが錬金術学院の門を叩いたのは、苦労している田舎の人達の農作業や力仕事が、少しでも楽になるようにという気持ちから出たものだ。


 いざ錬金術師になると、人のためどころか自分の生活すらままならないという現実に打ちのめされもした。


 けれど、色々あったがアームゴーレムは完成しつつある。


 シュヴァルの構造では毎回大量に魔力を垂れ流すクソ仕様だったが、アマリアの作り直した魔術式は、出力はそのままで魔力をチャージする作りになっているのだ。


 異世界人で魔無しのアナスタシア以外のほとんどの人間が簡単に使う事が出来る。魔力が切れた場合、錬金術師や魔術師なら簡単に再チャージも出来るという優れ物だ。


「いい事づくめじゃん。何か問題でも?」

「問題が無い事が問題なのかな。なんていうか、僕の目標は達成されちゃったからね」


 シュヴァルは笑った。大きなプロジェクトがようやく完成し、成功した者だけが見せる表情だ。満足感と、終わってしまう寂寥感(せきりょうかん)が混ざっているらしい。


「何を言ってるんだ! シュヴァルのゴーレム研究が完成したら、究極美少女錬成計画を進めるって約束したじゃないか!」

「だからしてないって言ってるでしょ!!」


 また最初に戻ったので、この口論は恐らく長引くだろう。


「シュヴァルよ。貴様はやり遂げた気になっているだろうが、それはあくまでゴーレム研究所という組織の成果に過ぎん。お前は本当にそれでいいのか? 才能を持って生まれたのなら、例えそれが望んだものでないにしろ、開花させてやることに人生の美しさや価値があるのではないか?」


 ハイエースは穏やかな口調でシュヴァルに語りかけた。

 純白に輝く一角獣が語るその姿は、神々しさすら感じる。


「なんか綺麗な言い回ししてるけど、美少女を錬成させる気だよね」

「チッ」


 ハイエースとアナスタシアは同時に舌打ちした。神々しさは空の彼方に吹き飛んだ。


「ごちゃごちゃ女々しい事を言うんじゃない! 貴様は黙って美少女を錬成するんだよ! 美少女を!」

「そうだそうだ! エロ馬の言う通りだぞ! 人の純粋な希望を踏みにじっていいと思っているのか! 鬼! 悪魔!」

「君たちさぁ……」


 なんでこいつらはそこまで美少女に固執するのか。シュヴァルはこめかみを抑えつつ、うるさい奴らは放置して今後の振る舞いを考えることにした。


 正直、錬金術師として自分は大成功を収めたと言っていいだろう。ほとんど研究所によって手直しされたが、発案者としてこのアームゴーレムの術式は『シュヴァル式』と名付けらた。


 自分の研究成果が、末席でも錬金術師の歴史に刻み込まれるのだ。これほど名誉な事はない。


 けれど、同時にシュヴァルはただの田舎出身の若者である。むしろ成功し過ぎたと思っているくらいだ。シュヴァルは出世欲や支配欲というものがあまりない人間だ。これ以上は身に余る。


「まあ、もう少し考えてみるかな」

「美少女錬成計画を!?」

「それはまあ……考慮はするよ」

「分かった。今はそれで許そう」

「君たち、何で上から目線なの」


 アナスタシアの食い付きっぷりに苦笑しつつ、シュヴァルは適当に流した。錬金術師は研究職だ。次の題材を見つけるべきなのだろうが、もう既に充分満たされてしまった。


 流れ的には銀や金の色付きになるのを目指すべきなのだろうが、どうにもピンと来ない。それに、アナスタシアを異世界から呼び出したことでこの状況になったのも一応は恩恵がある。


 ハイエースにもそれなりに助けて貰ってはいるし、研究とは孤独なものだ。そういう点でも、自分の所に集まってくれた変態達には感謝すべきだろうし、要望に応えてやりたいというのもちょっとはある。


「とはいえ、どうしたものかな……これ以上やると変なトラブルも起きそうだし」


 手持ち無沙汰になったシュヴァルは、お茶を啜りながらぼんやりとそう呟いた。



 ◆ ◆ ◆


 

 同時刻。


 錬金術学院のとある一角。ヴィオラの研究室は奇妙な風体になっていた。整然と片付けられていた書物や研究レポートの類は全て別の場所に移動され、部屋全体の床に、複雑な魔法陣が描かれていた。


「まさか、私がこんな事をするなんてね」


 ヴィオラは寂しげに笑うが、それに応えるものは誰も居ない。


 今、この空間にあるのは、がらんどうの部屋に描かれた召喚の魔法陣。そして、中心部にある巨大な鹿のような頭骨――シュヴァルの家から持ち帰り、封印を施して保管されていたものだ。


 ラウレルやグラナダにばれないように持ちだすのは苦労したが、彼らはヴィオラが抜けた分の穴埋めに忙しいらしく、隙を見てなんとか成功した。


「召喚術をやるなんて、行き詰った錬金術師の苦肉の策だと思ってたけど。いや、今の私がまさにそうね」


 誰に聞かれる訳でもないが、ヴィオラは自嘲するように呟いた。異世界召喚――膨大な魔力により、異界の門を開いてこの世界に呼び出す術式だ。


 シュヴァルによって殺害されたと思われるトシアキなる異世界人も居た。


 脆弱極まりない中年男性だったらしいが、あくまで実験体として呼び出したからだろう。恐らく、ろくな魔法陣も魔力も使わずに呼び出されたから、そのような弱者がこの世界にやってきたのだ。


 ハイエースなる魔獣ユニコーンは、魔術師リーデルが召喚したため非常に強力だ。異世界召喚術はハズレを引く事もあるが、正しい術式と注ぎ込む魔力の量が多ければ、それ相応の存在を呼べる事が多い。


「シュヴァルが使っていたこの触媒と、私の全力の魔力を注ぎ込めば、あの悪魔に対抗できるかもしれない」


 ヴィオラはかなり追いつめられていた。シュヴァルの悪行が許せないというのもあるが、一番ショックだったのは、グラナダから突き放されたことだった。


 彼の役に立とうとしても、自分の力では普通にやっていては到底追いつけない。その間に、ラウレルやグラナダに危害が及ぶ危険性だってある。ならば、自分を犠牲にしてでも戦力を増強しなければならない。


「お願い! 私の召喚術に応えて!」


 ヴィオラの決意は固い。召喚術は一度に膨大な魔力を注入するため、当面はまともに研究すら出来なくなるだろう。


 それでも構わない。メンバーから外された自分は、早急に研究する対象などないのだから。


「私は……悪魔の錬金術師と呼ばれても構わない! シュヴァルの野望を阻止して、グラナダ様のお役に立てるなら!」


 ヴィオラはそう叫び、ありったけの魔力を魔法陣に注入する。


 その瞬間、魔法陣が激しく光り輝いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎回面白くて笑ってしまいます。キャラの掛け合いが魅力的。 [一言] 美少女(オッサン)には美少年(オバサン)しかねぇ!!!(棒)
[一言] 触媒からして既にヤバイじゃん 悪い結果しか想像できない
[一言] おいおいおいヤバいんじゃないの
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