第46話:計画始動
「……素晴らしいわ」
ゴーレム研究所長、アマリアはうっとりとした表情でシュヴァルのアームゴーレム設計図を眺め、そう呟いた。
「そんなに僕の設計図は素晴らしいですか!?」
「ゴミよ!」
「えっ!?」
アマリアは笑顔でばっさり切り捨てた。素晴らしいって言ったじゃん。シュヴァルとレッキスは固まっているが、アマリアは上機嫌な様子で言葉を続ける。
「まず大きな問題点が7個。無くてもいい部分が36個。あと意味不明な部分が109個ある。ぱっと見ただけだけど、多分もっといっぱいあるはず」
「そんなに!?」
シュヴァルは色々な意味で仰天した。短時間でそれだけの欠点を見抜いたアマリアも凄いし、それだけ問題点がある設計図を描いた自分の才能の無さもある意味で凄い。
「でも、発想は素晴らしい。この無駄にパワーだけある破壊の権化! 全体の効率化をせず、一極集中した馬鹿みたいな設計……これよ! 私たちに足りないのはこの馬鹿みたいな発想だったのよ!」
「はぁ……」
小柄な手足を動かしながら興奮するアマリアに対し、シュヴァルとレッキスは気のない返事をした。
錬金術師は金、銀、銅の色合いでレベルが分けられる。銅の時点で一般的な錬金術師よりも遥かに抜きん出ているが、基本的には努力して成り上がるランクである。
教本通りに錬金術を学び、一定以上のレベルになった秀才系が多いのだ。アマリアやレッキスもその部類に入る。その点、本人は自覚していないが、シュヴァルは色々な意味で異端児だった。
医療で例えると、心臓病の患者に対し、患部を手術する。薬での治療を試みるなどが一般的だろう。だが、あまりにも頭が悪いと『心臓を取れば心臓病になりようが無いのでは!』というトンデモ理論を語り出す。
当たり前だが、そんな事をすれば絶対に心臓病にはならないが、絶対に死ぬのでやらない。そういう事を平然とやってのけるのが無知ゆえの恐ろしさである。
シュヴァルが持ってきたアームゴーレム設計図は、悲しい事に、アマリア達にとってそっち側に分類されるものだった。
ゴーレムの錬成は、いかに魔力の消費量を減らし、効率よく土人形を作るのかという点を重視する。
シュヴァルが持ってきたのは真逆の発想だった。シュヴァルとしてはそんなつもりは無いのだが、アマリアにとってはロマン砲のような魅力的な発想だったらしい。
「まあこのまんまじゃ使い物になんないけど、これをベースにしてより効率的な物を作る事は出来そうね。シュヴァル君だっけ? ちょっと細かい事を聞きたいんだけど。ここのメイン術式なんだけど……」
「ああ、それはですね……」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
アマリアとシュヴァルがゴーレムトークを始めたので、慌ててレッキスが間に入る。アマリアはあからさまに迷惑そうな表情になって舌打ちをした。
「何よ? いい所なんだけど」
「何よじゃなくてですね、シュヴァルさんを研究所の一員にする面談をする手はずでしょう」
「あー……そういえばそうだったわね。うん、合格でいいや」
「そんなあっさり!?」
アマリアが秒で合格判定を下したので、シュヴァルの方が逆に驚いた。もう話は終わったとばかりに、アマリアはすぐにアームゴーレムの設計図に目を落とす。
「じゃあそういう事で、明日から来てもらって構わないから。レッキス、あんたは申請しといて」
「分かりましたよ。本当は所長がやる仕事なんですけどね」
レッキスは面倒事が増えたことに肩をすくめるが、アマリアはハエでも追っ払うかのようにしっしと手を振った。もう話は終わりということらしい。
「で、ここの魔術回路なんだけど……これをこう考える」
「なるほど!」
「それで、ここをこうして……」
「むむっ!?」
アマリアはアームゴーレムの設計図を机の上に広げ、逐一ダメ出しをしていった。それと同時に改善点も指摘し、シュヴァルは食い入るようにそれを聞き入る。
シュヴァルからしてみたら、アマリアはアームゴーレムに対して唯一興味を持ってくれた人材だ。そりゃあ嬉しいだろう。ほとんど二人だけの世界に入っている。
その様子を確認し、レッキスは一声かけて退出したが、二人とも聞いていない。
「……まったく、つくづく恐ろしい男だ」
ドアを閉め外に出た後、レッキスはそう呟いた。
レッキスの考えでは、アマリアを圧倒する術式を展開するか、はたまた力づくで制圧するかのパターンだった。
ところがシュヴァルという男は、欠陥だらけのゴーレム設計図を差し出した。その結果、あっという間にアマリアの心を鷲掴みにしてしまった。
「冷静に考えれば想定は出来るが……いやはや、大したものだ」
レッキスは誰にも聞かれないように小声でささやく。レッキスの考えていたプランだと、どのルートでも研究所を乗っ取られたアマリアが密告をするという危険があった。
ならば、アマリアを懐柔してしまうのが一番いい。そのために、あんな突っ込みどころ満載の設計図を出したのだろう。しかも、どこで仕入れたのか分からないが、彼女の好みを抑えた上でだ。
完璧な設計図を出してしまったら、アマリアはそれ以上の口出しが出来ない。それは思考の空白を生み、シュヴァルほどの才ある者がなぜ赤銅なのかという疑問に至るだろう。
その疑問の先にあるのは、シュヴァルの野望とそれに付随するレッキスの存在だ。そこをうまく誤魔化すために、シュヴァルはあえて分かりやすい弱点を晒した。
逃げ場を失った兵士は必死になって反撃をするが、一か所逃げられそうな場所を用意しておくと、そこに殺到する。それを一網打尽にするのが兵法の一つである。
シュヴァルはそれを頭脳という戦場でやってのけた。もちろんそんな訳無いのだが、レッキスにはそうとしか思えなかった。
(ここまでは予定通りだが、『正規の飼い主』に報告に行かないとな)
レッキスはそう考えた後、ラウレルとグラナダの所へ向かった。
現状、レッキスは数少ないシュヴァルの本性(笑)を知っている人間である。シュヴァルに関して得た情報はそのたび報告する事になっている。
それにアマリアからシュヴァルを研究所に迎え入れたという報告をしておけとも言われている。
「シュヴァルが赤銅のゴーレム研究所に!?」
ラウレル学長室でそう叫んだのはヴィオラだった。学長ラウレルとその側近であるグラナダは、強張った面持ちのまま、レッキスの報告を聞いている。
「ヴィオラ様、あまり大声を出すと聞こえてしまうかもしれませんよ」
レッキスがそう言うと、ヴィオラは慌てて口を抑える。実力的に銀といえど、まだまだ歳若い乙女だなとレッキスは内心で笑う。
「なぜシュヴァルを招き入れるような真似を?」
「近くに居た方が監視しやすいからですよ。研究所内なら俺もそれなりに顔が利きますし、奴も軽々動く事は難しいでしょう」
グラナダが責めるような口調で問い詰めたが、レッキスは事務的に返した。
「研究所は錬金術師界隈でも独立した機関だ。何か問題が起こっても、内々に処理する事は出来るだろう。だが、逆に言えば外界から遮断されている場所でもある。わしとて用意に介入は出来ん」
「存じております。ですが、野放しにしておくよりはよいかと。彼に赤銅を授けたのも錬金術師サイドで管理しやすくするためでしょう」
「……確かにな」
ラウレルの言葉に対しレッキスは反論した。シュヴァルに赤銅を授けたのは他でも無いラウレル自身だ。そこを逆手に取ったのだ。
「とりあえず、アマリア所長が許可した以上、わしらから強制介入は正当な理由が無い限り出来ん。シュヴァルに関してはより一層監視を強化すること。よいな?」
「もちろん承知しております」
予想通りの展開に、レッキスは笑いをこらえるのに必死だった。研究所に迎え入れてしまえば、ラウレルやグラナダはなかなか手を出せない。それどころか、レッキスに監視を強化しろと命令すると思っていた。
事実、その通りになった。
これでシュヴァルといる時間が長くなっても、ラウレルの命令だからという言い訳が出来るようになる。レッキスは予想通りの成果を得たことに満足し、恭しく敬礼をしながら退室した。
「……まあ、大体こんなところかの」
「問題無く想定通りに動いてくれているようですね」
レッキスが出ていった後、ラウレルとグラナダは頷きあった。レッキスがどこまで魔に魅入られているか分からないが、シュヴァル側に着いた事はほぼ予想出来る。
「これで上手い事、逃げ道を断つ事が出来ればよいのだが」
「袋の鼠ということでしょうか」
ヴィオラの問いに対し、グラナダが頷く。正当な理由が無ければ学院長や金や銀レベルの錬金術師でも研究所には介入できない。逆に言えば、正当な理由があれば攻め込む事が出来る。
シュヴァルがボロを出さない以上、レッキスに動いてもらい、芋づる式にシュヴァルを引っ張り出す。これがラウレルとグラナダが考えている大まかなプランだ。
「さて、ここからが提案なのだが……」
「はい!」
一通りの説明が終わった後、グラナダがヴィオラに向き合う。ヴィオラは襟を正し、敬愛する上司の命令を待つ。シュヴァルを研究所という檻に入れることには成功した。
ならば、ここから先は実力のある者の力が必要になるだろう。ヴィオラはそう考えていた。
「ヴィオラ、君はここでこの計画から降りるんだ」
「はい! …………えっ」
反射的に返事をしてしまったが、そのすぐ後、ヴィオラは空気の抜けるような声を漏らした。
「え、ええと……今、なんと仰ったのでしょうか」
自分の耳がおかしくなったのだろう。いや、そうでなくてはならない。ヴィオラは縋るようにラウレルを見るが、ラウレルは首を横に振るだけだ。そして、捨てられた子犬のようにグラナダを見上げる。
「もう一度言う。ヴィオラ、君にはこの計画から降りてもらう」
先ほどと全く同じ意味の言葉を言われたが、ヴィオラには未だにそれが理解出来なかった。