第45話:ゴーレム研究所
研究所に入る気はありませんか。レッキスにそう誘われた時、シュヴァルは己の耳を疑った。研究所とは、文字通り錬金術の専門研究機関だ。入れるのはごく一部のメンバーのみ。最低でも色付きである事は必須となる。
その上で研究所に属している錬金術師からの推薦が必要となる。
さらにそこの所長、もしくは一定数の同意があって初めて入所を許される。
研究所に入るのは、錬金術師として最高の名誉だ。
当然、シュヴァルは快諾した。とりあえずアームゴーレムに関する資料をまとめ、レッキスの指定した日時になると、即座に家を飛び出していった。
「お待ちしていました。というより、お待たせしてしまったのほうが正しいですかね」
「いえいえ! お誘いいただきありがとうございます」
待ち合わせよりシュヴァルが早く来ていたので、レッキスは申し訳無さそうに謝ったが、シュヴァルは満面の笑みで返事をした。
レッキスが所属している研究所は、グルナディエ錬金術学院のすぐ近くにある。ヴィオラのようにさらにランクが上の研究所になると学院内に施設があったりするが、赤銅ランクだとそこまでではないようだ。
「今日はお仲間の方はいらっしゃらないのですね」
「大事な面接ですからね。余計な茶々を入れられたくないもので」
「はは、よく考えていらっしゃる」
シュヴァルとしては色付きの面接以来の大事な場面だ。あんな変な連中を連れてきたら心象だだ下がりである。
アナスタシア達は面白そうなので付いて来たがったが、シュヴァルが今回ばかりは意地でも連れてこなかった。
一方、レッキスの方も安堵していた。シュヴァルが吸血鬼の娘や一角獣などを連れてきて、脅迫して研究所を乗っ取ろうとする可能性もゼロでは無かったからだ。
(余計な茶々を入れられたくない。向こうも同じ考えという事だな)
レッキスがシュヴァルを誘ったのは、単に機密を維持するために研究所がベストだと思ったからだ。研究所は一般の錬金術師とレベルが違う。門外不出の術式を研究しているため、学院側からも介入しづらいのだ。
レッキスは単に秘密維持のスペース確保のためで、シュヴァルは研究目的で入りたいと思っている。両者とも食い違っていたが、そんな事はおかまいなしに時間は進む。
「俺の一存ではシュヴァルさんを招きいれられるか分かりませんがね。推薦は出来ますが、所長の許可が無ければ所属は出来ませんので。シュヴァルさんなら何の問題も無いと思いますが」
「それは過大評価ですが、やれるだけやってみますよ」
シュヴァルの言うとおり、レッキスはシュヴァルを過大評価しまくっている。悪魔の錬金術師と認識しているので、赤銅の研究所の課題などあっさりクリアできるだろうという感じだ。
さて、もはや言うまでもないが、シュヴァルは錬金術師としては三流の部類に属する。
ここまで様々な変なことに巻き込まれ、結果的に研究所の誘いまで受けるようになったが、錬金術師としての才能は無いままである。
一方でシュヴァル自身は、ここまで来られたのは自分の才能がちょっとあったのではと思っている。才能が無いと自覚していれば、レッキスの誘いも最初から断っていただろう。
二人が辿り着いたゴーレム研究所は、シュヴァルが想像していたよりもずっと広く、大きかった。シュヴァルが住んでいる場所も、赤銅なのでそれなりにいい場所なのだが、複数の色付きの錬金術師が集まる研究機関だけあって、建物の規模がまるで違う。
「これはすごい。まるで学校みたいですね」
「うちは小さい方ですよ。ゴーレム研究所は不人気ですし、予算も少ないですからね」
レッキスからすればそうなのだが、シュヴァルからすればとんでもない場所に来ちまったもんだと、今さらながら若干ビビッていた。
面接前から自信が無いと顔に出すとまずいので、必死になって取り繕っているが。
レンガ造りの建物に入ると、中は意外とごちゃごちゃしていた。ゴーレムの錬成に使うための機材や素材が、そのまま廊下に放置されていたりするし、十数名ほどのメンバーがいるのだろうが、皆、ほとんど会話もせずに研究に没頭している。
「お恥ずかしい限りですが、見ての通りの場所でして。でも研究所という立場上、許可のある人間でないと通れないのでご安心を」
「それは助かります。僕も目標に向けて努力が出来るというものです。とはいえ、入れたらの話ですがね」
レッキスはシュヴァルの返事を余裕と取った。シュヴァルは心臓バクバクなのだが、魔獣の森に突っ込まされたりしたお陰で、多少はトラブル耐性が出来ていた。
少なくとも研究所の面接に落ちても命を取られる事は無い。そのレベルで考えるようになっていた。
「所長、新しいメンバー候補を連れてきました」
雑談を交わしながら、お世辞にも綺麗とは言えない廊下を進んだ最奥部に、小汚いドアがあった。所長室という札が掛けられているが、ところどころ土と誇りにまみれている。
レッキスがドアをノックすると、入ってという声が聞こえてきた。くぐもっていてよく聞こえないが、声の主はどうやら女性のようだった。
「じゃあ行きましょう。俺も紹介した手前、立ち会えと言われているものでして」
レッキスがそう言うと、シュヴァルは無言で頷いた。ドアノブに手を伸ばし、古びたドアを開ける。その先に開けていたのは、床にゴーレムを錬成する陣が描かれた殺風景な部屋だった。
ラウレルの部屋のように、書物や資料などはほとんど無い。でん、と陣が描かれ、隅っこの方に机と椅子、それに乱雑に積まれた本などが置かれているだけだ。
部屋の隅に置かれた椅子に座っているのが所長なのだろう。シュヴァルはなんとなく壮年の男性を想像していたのだが、ずっと若い。恐らくはヴィオラと同年代だろう。
「あんたがレッキスの紹介したシュヴァルって奴?」
「え、ええ。初めまして。シュヴァルと申します」
「あたしはアマリア。いちおうここの所長よ」
年下の女性なのに、これっぽっちも敬意の感じられない声色だった。アマリアは椅子から立ち上がり、気だるそうにシュヴァル達に歩み寄ってくる。
近くで見ると、所長はなかなかに可愛らしい顔立ちをしていた。金髪碧眼という美しいパーツを持っているのに、全然手入れしていないのか髪はくしゃくしゃで色あせているし、目は隈が出来ている。
シュヴァルと同じ学院から支給された赤銅のローブを羽織っていて、それもコーヒーの染みとかがそのまま付いている。逆に言えば、赤銅としてはシュヴァルよりずっと年季が入っているということでもある。
「じゃ、早速出して」
「え?」
「え、じゃないわよ。あんた、ゴーレムの研究でここに来たんでしょ。あんたの研究成果を見せなさいよ」
アマリアはずいとシュヴァルに一歩迫る。シュヴァルは後ろに引きそうになるが、なんとかこらえて背負っていたバッグに手を伸ばす。
「所長、シュヴァルさんはゴーレム研究だけが取り柄じゃ無いんですよ。魔獣討伐で名を上げているのを聞いた事があるでしょう。我々も新しい方面でアプローチできる人材が居た方が……」
「そんな事は知ってるわ。でも、ここはゴーレムの研究所なの。魔獣だの吸血鬼だの、奴隷を使ってようが関係無い」
(チッ、このゴーレムオタク女め)
レッキスはシュヴァルの援護射撃をしたが、失敗したようだ。レッキスは内心で舌打ちした。悪魔の錬金術という情報を知っているのは、錬金術学院でもごく一部の人間だけだ。アマリアもその事は知らない。
アマリアという女性は一言で言えばゴーレムオタクだ。女性の割に服飾や金銭に全く目もくれず、日夜土いじりに没頭している変な女である。
そのせいでレッキスも別段それほど興味のないゴーレム研究に従わざるを得ないのだが、シュヴァルをゴーレム研究員はあくまでサブ、別方向でアプローチする人材として売り込む予定だった。
その方が裏で動く時に色々と誤魔化しが利くのだが、アマリアのゴーレムへの執着は、レッキスが想定したよりも強固だった。
(さて、となると、アマリアのゴーレムに対する執着を上回るアプローチが必要だが……シュヴァルは何をする……っておい!?)
アマリアが度肝を抜くような別の術式を展開するか、あるいはゴーレムを錬成するか。どちらかだと思っていたが、シュヴァルは驚くべき行動に出た。
なんと、シュヴァルはアームゴーレムの設計図を取り出し、アマリアに差し出したのだ。
「これが僕の誇れる研究成果です」
(何でそんなゴミを!?)
レッキスは思わず口に出しそうになったが、必死にそれをこらえた。シュヴァルの監視を命じられた際に前情報としてレッキスも見た事があるが、はっきり言ってひどいものだった。
瞬間的なパワーは出るが、魔力の消耗が尋常ではないし、しかも一回付けるとなかなか外せないというクソ仕様だ。よりによって何でそんな物を研究成果として持ってきてしまったのか。
レッキスは困惑するが、これは当然である。シュヴァルはもともとそれ専門でやってきたのだし、ゴーレム研究所に持ってくるのならアームゴーレム一択だ。
(い、一体何を考えているんだこの男は!? まさか……俺の誘いを遠まわしに断る気か!?)
シュヴァルという男が何を考えているのか、レッキスにはまるで理解出来なかった。奴ほどの実力者なら、アマリアに有益な術式をいくらでも展開出来るだろうに。まあ出来ないのだが。
シュヴァルから手渡された設計図を見て、アマリアは思わずそれを握りつぶし震えだす。
それを見たシュヴァルとレッキスも、また身が震える思いだった。
三者三様、違った思惑で震えている。みんな震えてんな。
「……素晴らしいわ」
しばしの沈黙の後、アマリアはうっとりとした表情でそう呟いた。