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第42話:帰郷(6)

 アナスタシアがレッキスに呼び出された次の日、シュヴァルはある事を思いついたので、朝食時に皆に話してみる事にした。一応、シュヴァル一行は朝食時はシュヴァル家で取るようにしていた。


 窮屈なのだが、メンバーが濃いので、シュヴァルの目の届くところで確認しておかないと、誰か何かやらかすという懸念があるからだ。


「え? 錬金サーの騎士を釣りに誘う?」

「錬金サーの騎士って何……レッキスさんだよ」

「だってあいつ、あのヴィオラとかいう姫の取り巻きみたいだし、騎士じゃん」

「君の言ってる事はよく分からないよ。というより、レッキスさんはヴィオラ様と顔見知りだったのかぁ」


 同じ色付きでも赤銅、銀、金の間にはかなりの差がある。銀の中でもトップクラスの才能を持つヴィオラとコネがあるということは、レッキスはかなりの実力があるのだろうとシュヴァルは感心した。


 レッキスは赤銅としては並レベルであり、今回は動かしやすいという理由で抜てきされただけなので、ヴィオラと別段面識がある訳ではないのだが。


「ところで、何で釣りなどというくだらない事に誘うのだ? どうせなら究極美少女錬成計画に参加させてはどうだ?」

「くだらないとか言わないでよ。この辺だと娯楽はそのくらいしか無いんだよ。レッキスさんのお陰で実家の手伝いがあっさり終わっちゃったし、お礼にね」


 ベーコンをむしゃむしゃ食いながら文句を言うハイエースに対し、シュヴァルは溜め息混じりにそう答えた。アムリタの頑張りもあるが、土を耕せたのはレッキスの功績が大きい。


 今回の馬車を管理してくれているのもレッキスだし、シュヴァルに出来る範囲でお礼がしたかったのだ。


「私は行かないぞ。美少女に関係無い事はノーサンキューだ」

「あたしもパス。吸血鬼は流水が苦手なの」

「くっ……! 猫耳吸血鬼の上に苦手な物が多いアピールであざとさを増しやがって……!」

「アナスタシアの言ってる事、意味分かんない」


 ハイエースとアルマ、それにアナスタシアはどうやら釣りに行く気が無いらしい。正直来ないで欲しいのでシュヴァルは内心で安堵する。


「あの、私は行ってみたいです。釣りってやったことないし……大丈夫ですか?」

「別にかまいませんよ」

「川に行くんですよね? もしかしてイノシシとか熊とか出たりします?」

「この辺りは田舎ですからね。でも、魔獣とかは住んでませんよ」

「でも野獣が出るんですよね……私、怖いです!」

「いや、アムリタさんは大丈夫じゃないかな」


 アムリタは可愛らしい顔に不安を表すが、恐らく今回釣りに行くメンバーで一番強いのはアムリタだ。万が一、アムリタを襲う獣が出たとしたら、その獣は己の無知と愚かさを呪いながら命を散らすだろう。


「そ、そうですよね。シュヴァルさんが守ってくれますから」

「いやそれは……まあいいやもう。レッキスさんを誘いに行きましょうか」


 もういちいち突っ込むのが面倒になったので、シュヴァルは朝食を終えると、アムリタを連れてレッキスの待機している馬車へと向かった。


「……え? 釣りですか? 俺を連れて?」

「ええ、レッキスさんにはお世話になりっぱなしですし、いい場所を知ってるんですが」

(こいつ……! ぬけぬけと釣り宣言を!)


 シュヴァルはにこやかに喋っているが、レッキスは内心穏やかではない。『釣り』というのは、昨夜想像した、ラウレルを始めとする情報の把握だろう。シュヴァルとアムリタは釣竿を持っているが、どう見てもカモフラージュにしか見えなかった。


「嫌なら無理にとは言いませんが……」

「いえ、ご一緒しますよ。他ならぬシュヴァルさんのお誘いですからね」


 レッキスはそう答えるしかなかった。絶対に付き合いたくないが、かといって目の届かない場所に居られる方がもっと危険だ。


 そうしてレッキスはシュヴァルに先導され、村から少し離れた河原へ向かう。アムリタも釣竿を持ち、うきうきした表情でシュヴァルに付いていく。


(アムリタ嬢は随分シュヴァルに懐いているな。籠絡されていると見た方がいいか)


 レッキスはいつでもゴーレムを出せる準備をしつつ、少し距離を取って二人の後に従う。とはいえ、レッキスにとってはまずい状況だった。


 レッキスは赤銅のゴーレム錬金術師だ。術式を発動させ、その場で即席のゴーレムを作ることだって出来る。だが、河原は石ころだらけで、土をメインにする彼には不利な場所だ。


 もっと上位のゴーレム錬金術師ならば、その場にある素材で即興のゴーレムを作り出せるのだが、あいにくレッキスにそこまでの技術は無い。ちなみにシュヴァルはもっとない。


(ここでは俺の能力が防御に使えないな……いや、向こうが攻撃してくるとは限らないが)


『釣り』が目的なら、レッキスからさらに情報を引き出すつもりなのかもしれない。今の所、レッキスはシュヴァルに釣り上げられた状態ではあるが、そこからさらに有益な情報を引き出すつもりなら、すぐに殺されはしないだろう。


 そうしてシュヴァルに案内され、ゆるやかな流れの川のほとりに辿り着くと、三人は持ってきた釣竿をゆっくりと水面に垂らす。どこからどう見ても釣りをしているだけにしか見えない。いや、釣りをしているだけなのだが。


「私、釣りって初めてなんですよ。レッキスさんはどうです?」

「え? い、いや……俺も初めてですよ。昔は勉強ばかりさせられていましたからね」

「そうですか。じゃあ、これから何が釣れるか楽しみですね」


 アムリタは満面の笑みを浮かべレッキスに話しかけるが、レッキスは全力で愛想笑いをするのが精いっぱいだった。シュヴァルがどこまで令嬢を飼い慣らしているかは分からないが、かなりの確率で自分の敵になる可能性が高い。


 レッキスは釣り糸を垂らしてはいるが、正直釣りなんかどうでもよかった。これが純粋な娯楽としてのフィッシングなら楽しかったかもしれないが、誘導尋問のような物だと考えると生きた心地がしない。


(とにかく、今は平静を装うしかない。向こうを刺激しなければ恐らく問題は無いはず……)

「……獲物が掛かったようですね」

「えっ!?」


 シュヴァルがぽつりと呟くと、レッキスは驚愕の表情を浮かべる。なるべく無表情でいたつもりだったのだが、緊張し過ぎて逆に怪しまれたのだろうか。


「シュヴァルさん、獲物が掛かった場合……その、どうするんですか?」


 もう我慢の限界だった。レッキスは恐る恐る。この悪魔じみた錬金術師に行く末を尋ねてしまう。そうしなければもう耐えられそうになかったからだ。


「その場で捌きますよ」

「さ、裁く!?」


 用済みになったものは断罪をするというのか。レッキスは唇を震わせながら、さらに言葉を紡ぐ。


「裁くって……どうやって?」

「まずは腹を引き裂いて臓物を全部引きずり出します。そうしたら次は血の一滴まで抜き取って……慣れれば簡単ですよ」

「ひぃっ!!」


 おぞましく残虐な行為を顔色一つ喋るシュヴァルを見て、レッキスの方は顔面蒼白になった。もう限界だった。一刻も早くこの場を離れなければ。ただその一点のみに思考が塗りつぶされる。


「お、俺、そろそろ街に戻る準備をしないと行けないので! 失礼します!」


 レッキスはまくし立てるようにそう言い、釣竿を放り出して全速力で逃げ出した。もうこんな奴と関わり合いになるのはご免だ。一刻も早くラウレルに義務を報告し、職務を全うして終わりにしよう。


 レッキスは青息吐息で自分達のいるベースキャンプへと駆けて行った。その様子を、呆けた様子でシュヴァルとアムリタは見送った。


「あーあ、せっかく魚が掛かったみたいなのに」


 レッキスが投げ捨てた釣竿が揺れている。真っ先に魚が掛かったのはレッキスだったのだ。シュヴァルは釣竿を持ち直し、そのまま魚を釣り上げる。


「わぁ! おっきい魚ですね。でも、なんでレッキスさんは帰っちゃったんでしょうね」

「うーん。彼もまとめ役ですし、色々と忙しいんでしょうね。それに、都会のいい育ちだと、魚を捌くのって抵抗があるのかもしれませんし」

「私、やってみていいですか?」

「ええ、構いませんよ。さっきレッキスさんに言いかけましたけど、まずは魚の腹にナイフを入れて、そこから内臓を取り出して……」


 穏やかな日差しの中、シュヴァルはアムリタに魚の捌き方をレクチャーする。アムリタにとっては新鮮な体験だったらしく、なんだかんだ言いつつ楽しそうに過ごしていた。


「出来ればレッキスさんにも楽しんで欲しかったんだけど、やっぱり田舎の娯楽じゃダメかぁ」


 残念ながら釣りはあまりお気に召さなかったらしい。レッキスへのお礼は街に帰ってからにしよう。街への帰還が明日に迫ったシュヴァルはそう考え、田舎での最終日を終えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] また一人、勘違いという混沌の坩堝に引き込まれる被害者が1人…… [一言] 続きが詠めてうれしいです
[一言] 釣り談義なのに、解釈次第でここまで恐ろしい話になるのか 面白いなー 突然田舎に帰ると言い出すことで監視者を釣り出す説には、かなり説得力ありますよね。 実際校長が直に動いて、良い馬車に、銅級…
[良い点] お疲れ様でした。 シュバルさん、「獲物が掛かった」「捌きます」「慣れです」はワードだけ見れば、ヤバい空気させまくりですな(笑) すれ違い地獄が正にシュバルデフォw
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