第41話:帰郷(5)
アムリタの働きとレッキスの作り出したゴーレムのお陰で、通常なら一週間は掛かる作業がわずか一日で完了してしまった。実家に顔見せと農作業の手伝いを予定していたシュヴァルだったが、やる事がほとんど無くなってしまい、帰郷を早める事を視野に入れていた。
一方、レッキスはシュヴァルの両親にえらい感謝され、温かくシュヴァル家に迎え入れられ、夕食を共にすることになった。素朴な田舎料理は都会育ちの彼の口に合わないのだが、レッキスは前職の商人時代に培った営業スマイルで取り繕いつつ、シュヴァルの懐に入れた事に感謝した。
(……とはいえ、ほとんど有益な情報は無しか)
食卓を囲んでいるメンバーが異常な点を除けば、食事風景自体はいたって普通の光景だ。なにか怪しげな行動をしているようには見えないし、シュヴァルは両親と普通に会話をしている。
夕食の間、レッキスは目を皿のようにして監視を続けていたが、シュヴァルの言動からは何も読みとれなかった。やはり当初の予定通り、一番安全そうなアナスタシアという少女から情報を引き出すべきだろう。
そいつがある意味で一番危険なのだが、それを知らないレッキスは、アナスタシアが一番無害に見えた。
夜が更けると、シュヴァルはあくびを噛み殺し、寝るために自室へと向かっていった。アムリタやアルマ達はシュヴァルの家より豪奢な馬車の方で眠るらしく、ハイエースもそちらで寝るつもりだ。
アナスタシアもまた馬車のほうが寝心地がいいらしく、そちらへ向かおうとするが、そのタイミングを見計らい、レッキスは彼女の後をつける。
「ちょっといいかな? アナスタシアちゃん」
「なんですか?」
他の連中と別れた事を確認し、レッキスは注意深くアナスタシアに声を掛けた。アナスタシアは普段は美少女奴隷として立ち振る舞っているので、レッキスに対してもおすましモードを取り繕っている。
「少し話がしたいんだが、時間を貰っても?」
「ここでは駄目なのですか?」
「少し長くなるから立ち話はちょっとね。それに、君にとっても利益のある事だと思う」
そう言って、レッキスは自分が寝泊まりに使っている馬車の方を指差した。
(こいつ……まさか私にエロい事をする気なのでは!?)
自分の寝室にこんな美少女を連れ込むなんてけしからん。アナスタシアは興奮した。
何故なら、せっかく美少女の身体を手に入れたのに、今までエロい事を一回もされていなかったからだ。通常の少女なら警戒するところだが、アナスタシアはむしろ感動すら覚えた。
というわけで、アナスタシアは二つ返事でレッキスの馬車にホイホイついていった。レッキスの方も思いのほかアナスタシアが提案に乗ってくれたので、両者はお互い見えない所で邪悪な笑みを浮かべる。
レッキス達が乗ってきた馬車には扉が付いていて、個室のように隔離する事が出来る。レッキスは外に誰かいないか細心の注意を払いつつ、扉を閉める。
アナスタシアは準備万端だ。多少ロリコン入っていようが、このレッキスとかいう男にエロい事をされても許してやる気満々だった……が、レッキスは真面目な顔をして、アナスタシアの対面に腰を下ろしただけだった。
「実は君を呼んだのは他でもない、赤銅のシュヴァルについて教えてほしいからだ」
「……シュヴァル様ですか?」
それを聞いたアナスタシアは心底がっかりした。こいつもただのゴーレムオタクかよと。シュヴァルもそうだが、何故こんな美少女にエロい事をしないのか。アナスタシアは不満たらたらだ。
「答えられる範囲で構わない。ここで聞いた事はもちろんシュヴァルに言わないし、君の情報によってはヴィオラ様が動けるようになるかもしれない」
「ヴィオラ!? あの銀の人ですよね!?」
「そうだ。彼女が動く大義名分が出来るかもしれない」
(……こいつ! 錬金サーの姫の取り巻きだったのか!)
レッキスは、情報提供の代わりにアナスタシアに助け船が出せるかもと言っただけなのだが、アナスタシアはまったく別の取り方をした。
ヴィオラはアナスタシアの中で、もっとも警戒すべきライバルの一人だ。奴はベースが美少女な上にシュヴァルより格上なのだ。しかもシュヴァル達を忌み嫌っている節がある。
さっさとシュヴァルについて全情報を吐きだして寝ようと思っていたアナスタシアだったが、態度を改める。下手にレッキスに情報を漏らすと、究極美少女錬成計画に支障をきたすかもしれない。
「私にお答え出来る事はほとんどありません。私はシュヴァル様の奴隷ですので」
(やはり、口止めはされているか)
レッキスは内心で舌打ちした。これくらいは想定していたが、やはりシュヴァルは極力情報を漏らさないように教育しているらしい。もちろんそんな事はしていない。アナスタシアが自主的に喋らないだけで、シュヴァルは別に何の制約もしていない。
「支障のないレベルで構わない。とにかく少しでも構わないから話して欲しい」
シュヴァル本人はもちろん、他の連中に聞くなどもってのほかだ。消去法で一番幼くて貧弱なアナスタシアから情報を引き出せねば、恐らく何の成果も得られないだろう。なのでレッキスは食い下がる。
「……困りましたね」
アナスタシアは形のいい眉をしかめる。こいつに情報を渡すとヴィオラに届いてしまう可能性が高いが、かといって一応シュヴァルと同格である。全く何も言わない訳にもいかないだろう。
「何でもいい。ここに来るまでの流れや、わずかな情報で構わない」
「……ご主人様の要望で来ましたが、私としては不本意でした」
アナスタシアはそう答える。シュヴァルの実家に来ている間、究極美少女錬成計画が遅れてしまうので、アナスタシアとしてはあまり来たくなかったのだ。
「それはつまり、君は主人の行動に反対ということかな?」
「まあ、そうなります」
(やはり、奴隷として扱われるのは不本意ということか)
当然と言えば当然だ。喜んで奴隷になる奴がどこにいるというのだ。
いるさ。ここに一人な!
「ところで、君の主人はゴーレム専攻だったはずだが、昼に彼からゴーレムについて教えてくれと頼まれてね。俺と同格のはずなのだが、これは何故かな?」
「ご主人様の本当の専攻は別ですので」
「……なんだって?」
アナスタシアの言葉にレッキスは身を固くする。ゴーレム専攻の赤銅のはずなのに、やはり隠れ蓑として使っている事を裏打ちするようなセリフだ。
「本当の専攻とは?」
「それは言えません。ただ、ゴーレム錬成は副業です。私に言えるのはこのくらいです」
シュヴァルはゴーレム錬成が専業であるが、アナスタシアからすると美少女錬成こそが本業である。とはいえ、それを言う訳にはいかない。純正美少女ヴィオラに対抗するために情報はなるべく隠しておきたい。
「他に何か喋れる事は無いかな?」
「ありません。もう夜も遅いので、帰らせてもらってもよいでしょうか?」
「……わかった。協力に感謝しよう」
これ以上引き出せる情報は無いと判断し、レッキスはアナスタシアを馬車から出した。
「ちぇっ、せっかく美少女が押し掛けてやったのに……」
アナスタシアはぶつぶつ愚痴を言いながら、えろいことをされなかったことに後ろ髪引かれる思いで自分の寝る場所へ帰っていった。
一人になったレッキスは、少しだが重要な情報を引き出せた事にとりあえず安堵する。そして、そのまま次の思考を巡らせる。
「やはりラウレル様の予想通り、シュヴァルがゴーレム専攻というのはあくまでカモフラージュという事か……だとしたら、奴は何の目的でここに来たんだ?」
アナスタシアが情報操作されている可能性もあるが、とりあえず彼女の言葉を前提にレッキスは論理を組み立てていく。
思い返してみれば、シュヴァル以外の半分くらいのメンバーは、あまり乗り気という感じではなかった。アムリタ令嬢は少し上機嫌だったが、そう振る舞うように指示されていただけかもしれない。
「奴の目的は何だ? ここでしか出来ない事があるのか? ……いや、違う!」
レッキスは様々な可能性を考慮し、一番恐ろしいプランに辿りついてしまった。
「シュヴァルは……俺たちが監視を出す事自体を目的にしていたんだ!」
奴の真の目的は里帰りでは無かった。上位錬金術師たちが自分をどのくらい監視しているか、それを測るためだったのではないか。純然たる里帰りなのだが、疑心暗鬼に囚われているレッキスはさらに思考を深めていく。
「そうだ……何でこんな事に気付かなかったんだ! 奴が動けば俺たちも動くに決まっているじゃないか。まんまと奴の計画にはまっていたんだ!」
恐らくシュヴァルは自分が危険視されている事をある程度は把握しているはずだ。だが、その規模までは分からなかったのだろう。だから奴は動いた。里帰りという一般的な理由で、錬金術師たちがどのくらい自分を危険視しているか、自分自身を囮にして情報を引きずり出したのだ。
結果、ラウレル学長自身がシュヴァルのために旅費や馬車を用意し、レッキスという赤銅のゴーレム錬金術師を監視役に出した。つまり、最高位ラウレルがシュヴァルにそれだけ警戒しているという証拠を与えてしまったのだ。
「いつからだ……いつから奴はここまで計算していた!? ということは、俺自身も既に危険なのか!?」
レッキスは馬車の中で一人身震いした。監視と情報提供をラウレルにする事で恩を売るくらいの感覚で引き受けたのに、ラウレルも含めた全てをあの男が手玉に取っていたとしたら……まさに悪魔の所業だ。
「とりあえず、シュヴァルには早く街に戻るよう促してみよう。実家の農作業手伝いという大義名分はもう使えないだろうし、奴も必要な情報は手に入れたはずだ」
自分に言い聞かせるようにレッキスはそう呟いた。とにかく、一人で相手取るには奴は危険すぎる。一刻も早くラウレルやグラナダ、それにヴィオラ達のいるホームへ帰還したかった。
なお、くどいようだがシュヴァルがここに来た理由は、単なる帰郷である。