第40話:帰郷(4)
ゴーレム専攻かつ同格……いや、恐らくは自分より遥かに上の実力者であろう錬金術師から、ゴーレムの錬成について教えて貰いたいと言われ、レッキスは困惑した。
「……なぜ俺にそれを聞くんですか?」
「恥ずかしい話ですが、レッキスさんの方がゴーレムの錬成について僕より詳しいでしょうから」
シュヴァルは苦笑するが、レッキスは警戒心をさらに高める。赤銅のシュヴァルの言葉の意図を探ろうとするが、頭がうまく働かない。
「とりあえず散歩にでも行きませんか? 天気もいいですし、道すがら話すのもいいでしょう」
「僕は構いませんが。それに、畑に出した連中も気になりますからね」
シュヴァルの意図を探るため、レッキスはとりあえず時間稼ぎをする事にした。それに、シュヴァルを外に連れ出せば、日光に弱いとされる吸血鬼から離れる事も出来る。
予想通り、猫耳吸血鬼は家から出るのを嫌がり、シュヴァルとレッキスは連れだって外出となる。ここまではレッキスの想定通りだが、ここから先、どう動いたものかと思考を巡らせる。
「畑のほうに行ってみませんか? お仲間の事が気になるのでしょう?」
「そうですね。何をしでかすか分からないので、僕も手を焼いていますよ」
シュヴァルはそう言って笑い、レッキスも愛想笑いを返す。奴隷の少女はさておき、貴族の令嬢と魔獣を『手を焼く』くらいのレベルで扱っている事に驚愕する。
(どれか一つでも厄介なのに。この男、まるで下僕扱いだな)
実は巻きこまれて一番苦労しているのはシュヴァルなのだが、その辺りを把握していないレッキスは、噂通りの男の横を歩いている事に、今さらながら背筋が凍る思いだった。
そうして二人は家から少し離れた、アナスタシア達が作業しているであろう畑に辿り着いた。ほとんど整地されていないはずだったのに、ほんのわずかの間にほとんどの障害物が片付けられていた。
「君たち。随分真面目にやったんだね」
「「私がやりました」」
シュヴァルの言葉にアナスタシアとハイエースの声がハモる。ちなみにこいつらはほとんど何もしていない。9割以上の作業を1人でこなしたアムリタは、さすがに疲れたようで、隅っこのほうで水を飲んで休憩していた。
シュヴァルは今までのパターンで大体誰が何をやったのかを理解しているので、アナスタシアとハイエースを無視してアムリタの方に向かった。
「アムリタさん、お疲れ様です」
「いえ、シュヴァルさんのためですから。でもさすがにちょっと疲れましたね」
「一番の功労者なんですから当然ですよ」
「えへへ、さすがシュヴァルさん。よくご存じで」
MVPを与えられたアムリタは喜色満面の笑顔を浮かべるが、レッキスはそれを冷めた表情で分析する。
「……単なる研究馬鹿という訳ではないのだな」
レッキスは口元を抑え、周りに聞こえないくらいの小声でそう呟いた。砕かれた岩やうず高く積まれた雑草の山は、華奢な貴族のご令嬢がどうにか出来るものではない。
奴隷の少女アナスタシアも当然無理だろう。となると、一番の功労者はあのハイエースとかいう一角獣だ。だというのに、赤銅のシュヴァルはアムリタを立てる発言をした。
つまり、自分の制御下に置ける奴隷と魔獣より、この中で一番社会的地位の高い貴族の令嬢に媚びを売ったのだ。錬金術の研究にパトロンは不可欠だ。
シュヴァルはただの研究オタクではない。社会的な損得勘定も視野に入れられる立ち回りも出来る。レッキスはそう結論付けると、シュヴァルに対する警戒心をより一層高める。
とはいえ、このまま押されっぱなしでは駄目だ。ラウレル学長からはシュヴァルの情報を少しでも入手しろと言われている。危険だが、こちらからアプローチをかけるしかないだろう。
「随分と優秀なお仲間をお持ちで羨ましいですね。あとはシュヴァルさんがゴーレムを錬成して、畑を耕して完成ってところですかね」
レッキスはシュヴァルにそう話しかけた。シュヴァルの錬金術師としての実力は未だ未知数だ。だから、ほんの少しでも奴に能力を使わせなければならない。なのでレッキスは、シュヴァルにゴーレムを錬成するよう遠まわしに促す。
「そう、そこなんですよ。レッキスさん。少しお手本を見せてもらってもよいですか?」
「えっ?」
だが、レッキスの予想外の返事をシュヴァルが返す。シュヴァルは能力を使うどころか、むしろレッキスに使うよう頼み込んで来たのだ。
「い、いや、俺が出来るのは基礎的な錬成だけですよ。そりゃ、整地させるくらいの奴をこの場で作るのは余裕ですが」
「素晴らしいですね! 僕にはとてもそんな事は出来ませんよ」
「単純作業のゴーレムなんて色付きなら目をつぶってても出来るでしょう!?」
レッキスは驚愕する。赤銅は色付きの中でも一番格下だが、それでも一般の錬金術師よりも数段上位だ。頭の中で錬成の方程式を組み、材料に魔力を付与するだけだ。色付きなら誰だって出来る芸当だ。
そこでレッキスはようやく気が付いた。
(……こいつ! 先に俺の手札を切らせる気か!)
シュヴァルが隠れ蓑としてゴーレムを専攻していたとしても、少なくとも簡単なゴーレム錬成くらいは余裕だろう。だとしたら、この質問はレッキスの実力を測るためのもの。
(情報戦はいかに自分の手札を見せず、相手の手札を知ることが基本だからな)
もちろんシュヴァルは特例で赤銅になっちゃったので、純粋に赤銅のゴーレム専門家の意見を聞きたかっただけなのだが、レッキスはそうは取らなかった。
この男、一体どこからこの流れを作っていたのだ。恐らく、ゴーレムの錬成について教えてほしいと言ったあたりから、自分がこうして遅延する事も折り込み済みだったのだろう。
家に居る護衛の猫耳吸血鬼の少女はこの場に居ないが、その代わり、すぐ近くに魔獣ユニコーンが居る。万が一、ここでシュヴァルの提案を断ったら、吸血鬼の代わりにこいつが襲ってくるかもしれない。
冴えない錬金術師の姿からつい油断してしまっていたが、改めてこれまでの行動をなぞってみると、シュヴァルは常に自分の周りに強力な護衛がいるように立ち振る舞っているではないか。
「……分かりました。せっかくのご指名ですし、俺がゴーレムを錬成して畑を耕しましょう」
レッキスは溜め息混じりに白旗を上げた。この状況で断るのは難しい。あくまでシュヴァルは『お願い』しているだけなのだ。向こうの能力は分からず、こちらが一方的に力量を見せる流れになった事に、レッキスは内心で歯噛みする。
そうしてレッキスは、畑から少し離れた場所にある地面に手を触れる。すると、彼の周りに淡い光が輝き、レッキスの目の前の土が盛り上がっていく。
「とりあえず、単純作業ならこいつで充分でしょう」
せめてもの抵抗で、レッキスは手抜きのゴーレムを即興で作り上げた。巨大なジャガイモに手足が生えたような、いかにも不格好な代物だ。
レッキスが指を弾くと、そのジャガイモみたいなゴーレムはのしのしと歩き、邪魔な雑草や岩の無くなった畑の土を耕していく。単純な命令しか聞かず、数時間足らずで土くれに戻る粗悪品だ。
だが、シュヴァルを始めとする一行は、そのゴーレムを見て拍手を送っていた。
「素晴らしい腕前ですね! さすがはゴーレム専攻の赤銅。下準備も無しにその場で作ってしまうなんて」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
シュヴァルは相手を褒め称えたが、レッキスはなんとか笑みを浮かべつつ、はらわたが煮えくりかえっていた。
(何が素晴らしい腕前だ! 内心では馬鹿にしているんだろう!)
過剰なほどに褒めちぎるシュヴァルに対し、レッキスは嘲笑と取ったらしかった。下準備に数十分は必要なシュヴァルからしたら、レッキスは驚嘆すべき能力を持っている。
だから純粋に敬意を表しただけなのだが、それが逆にレッキスの神経を逆なでしてしまったらしい。レッキスからすれば、自分の能力の一部を見せただけで、向こうについて全く分からないままなのだから。
「シュヴァル様とは随分違いますね。能力差というべきでしょうか」
他人が見ているところでは美少女奴隷を装っているアナスタシアは、普段と全然違う口調でシュヴァルとレッキスの能力差を褒めた。すると、シュヴァルは少しだけむっとした表情になる。
「確かに僕はゴーレムを専攻しているけど、方向性が違うんだよ」
「そうですね。ご主人様はもっと大切な研究がありますから」
シュヴァルとアナスタシアの会話を、レッキスは聞き逃さなかった。
(方向性の違う大切な研究?)
ゴーレム専攻である以上、当たり前だがゴーレムを研究するのが本業だ。だが、今の会話では、まるでシュヴァルが全然別の研究が本業のように聞こえた。
先に交渉のカードを切らされたと苛立っていたレッキスは、内心でほくそ笑んだ。
(シュヴァル自身から崩す事は出来なくても、あのアナスタシアという少女の方から攻めれば、何か引き出せるかもしれない)
レッキスはそう考え、この場は平静を装い、作り出したゴーレムに黙々と作業をさせた。夜になればアナスタシアと接触するチャンスもあるだろう。そこからが本番だ。
なお、シュヴァルとアナスタシアの発言は、シュヴァルはパワー型の着脱式ゴーレムを研究中で、アナスタシアはそんな事より美少女錬成の方が大事だと言っていたのだが、レッキスは当然そんな事を知る由も無かった。