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第4話:髪と爪

 アナスタシアがシュヴァルに改造をねだっている頃、グラナダとヴィオラは馬車に揺られ学院への帰路に就いていた。馬車の造りはシンプルだが内装は非常に凝られており、何重にも敷かれたクッションのお陰で長時間乗っていても全く疲れない高級仕様だ。


 だが、その馬車に乗っているのはグラナダとヴィオラ、そして御者の三人のみ。普通は野盗や猛獣を警戒して護衛を付けるのだが、グラナダとヴィオラにとって、生半可な護衛は足手まといになる。


 彼らは学院内で最も優れた錬金術師に属する。シュヴァルが一週間掛けて錬成するゴーレムより何倍も強大かつ強力な物を、瞬時に作る事が出来る。


 そんな彼らが何故シュヴァルの元に向かったかというと、学長直々の命令があったからだ。

 実際に命令を受けたのはグラナダで、ヴィオラは付き添いなので細かい事は伝えていない。

 グラナダはもう大人だが、ヴィオラはまだ十六歳。年若い女性に話すには、少々ショッキングな内容も含まれていたからだ。


 そんな二人は今、肩を並べ、無言で馬車の長椅子に座っていた。

 ヴィオラはあからさまに不機嫌そうな表情で黙りこんでいる。


「不服そうだな」

「不服に決まっています。あんな幼い子に首輪なんか付けて……なんて悪趣味なの! 人の倫理観が無いという噂は本当だったんですね」


 ヴィオラの中でシュヴァルは『いたいけな少女を奴隷扱いし、しかも身体データを取っている変態』という扱いらしかった。それを望んでいるのはアナスタシア本人なのだが、訂正できる人間はここには居なかった。


「もう一つ付け加えておく事がある。恐らく、あの娘……アナスタシアは恐らく『魔無し』だ」

「魔無し!? そんな子を一体どこで?」

「そこまでは分からない。ただ、数が少ない魔無しを、まっとうな方法で手に入れてはないだろうな」

「なんて……なんて奴なの!」


 ヴィオラの怒りはもはや憎悪の域に達していた。


『魔無し』とは、その名通り、全く魔力を持たない人間の事だ。

 この世界の人間は、量の差はあれど、ほとんどが魔力を持っている。

 だが、ごくまれに極端に魔力が高かったり、逆に全く持っていない人間が生まれてくる。


 後者が魔無しと呼ばれる存在だ。


 別に日常生活に不自由がある訳ではない。

 魔力に反応する道具などは使えないが、多少不便なくらいで身体に悪影響がある訳ではない。


 だが、魔無しにはある利用価値がある。


 魔力を一切持たないので、『人間の体の組織』を調べるのにうってつけなのだ。

 普通は魔力が抵抗となって誤差が生じてしまうのだが、魔無しの体は魔力を100パーセント通す。

 だからお互い同意の上であれば、貴重なデータを取る事が可能になる。


 錬金術の基礎は、錬成する者の構造を知る事から始まる。


 つまり、ここから導き出される答えは――。


「シュヴァルは、あの少女を使って人間そのものを調べているのだろう」


 グラナダはヴィオラに視線を合わせず、御者の背中を見ながらそう呟いた。

 馬車の進む音にかき消され、御者には聞こえないくらいの声量である。


「それは人道に反しています! 私たち錬金術師は、世のため人のために知識を広めていく役割があります! 人体のシステムが分かれば役立つことだって多いでしょう。でも、だからって、まだあんなに小さな子を……!」

「声が大きい。まあ、君のいう事はよく分かる」


 興奮しがちなヴィオラに色々叫ばれるとまずいので、御者にひとこと伝え、グラナダは馬車の扉を閉めた。これで完全な密室になった。


「シュヴァルがゴーレム研究を隠れ蓑にして、そんな恐ろしい研究をしてただなんて……」

「あくまで推測だよ。このレポートを見る限り、そこまでひどい事はされていない」


 そう言って、グラナダは制服の内ポケットから、先ほどシュヴァルから高額で買い取ったレポートを見せた。内容は本当にメモ書きのようなものだった。


 アナスタシアのその日ごとの体調や、魔力を軽く流して髪を数センチ弄ったとか、せいぜいその程度である。合成獣(キメラ)専攻の錬金術師は、実験動物相手にもっと過激な事をしたりする。それに比べたら極めて軽微と言えるだろう。


「でも、いたいけな少女を侍らせて実験しているのは事実でしょう? 学長が私たちに見て来いと言った理由が分かりました。あのような恐ろしい男になるなという事ですね」

「まあ、そんなところだろう。君は若くして優秀な錬金術師だ。道を誤るなということだろうね」


 ヴィオラは未だに不愉快そうにしているが、一応納得はしたらしい。


「グラナダ様。あの男が図に乗りだす前に、早くアナスタシアちゃんを保護する事を学長に伝えていただけますか? あの男の研究は危険です」

「そうだな。確かに危険だ。考慮しておくよ」


 グラナダがそう言うと、ヴィオラはようやく緊張の糸が解けたらしく、ほっと胸を撫で下ろす。

 だが、グラナダは『考慮する』と言っただけだ。

 そして、ヴィオラの答えは間違っていたが、グラナダは訂正しなかった。


(『髪と爪』を出さなくて正解だったな……)


 再び無言になった馬車内で、グラナダは両手を組み、前かがみになって黙考していた。

 彼の足もとには細長い木箱があるが、それをヴィオラから隠すように、足で奥へと押しやる。


 これはシュヴァルが喋らなかった場合の『証拠』として持ってきたものだ。

 そして、この箱に入っている物が、グラナダ達をシュヴァルの元へ行かせる事になったきっかけだった。


 今から二か月ほど前、グルナディエ錬金術学院にある書類が届いた。


 独立した錬金術師からは、毎日大量のレポートが届く。皆、自分の研究結果を認めてもらい、中央へ移ろうと必死なのだ。でも、ほとんどの場合、それは既に研究され尽くしたものばかりだった。


 その中に、一つだけ興味を惹かれる者があった。

 ありふれたゴーレムの研究レポートだったが、そこに少しだけ記されていた『召喚獣』についてだ。


 細かい事は書かれておらず、召喚獣が生きた状態で召喚された事、性別がオスである事だけが書かれていた。全体の9割はゴーレムについて熱烈に書かれていたが、それはまるで、召喚の報告義務を可能な限り誤魔化すダミーのように思えた。


 だが、これだけではグラナダやヴィオラほどの者が現地に出向きはしない。


 魔術師ではなく、錬金術師が召喚獣が生きた状態で呼び出す事は珍しいが、前例はいくつもある。


 都市伝説ではあるが、召喚された獣がそのままこの世界に定着し、今もどこかで暮らしているなんて噂もあるくらいだ。


 なのでグラナダは、最初は学院の調査員達をシュヴァルの元に向かわせた。

 その時は報告書通り、召喚獣は何の能力も無い異世界人だったという。

 やはりそんなものか、とグラナダはすぐに忘れてしまった。


 だが、それから一カ月後、事態が急変した。


 調査員達が青い顔をして戻ってくると、「もうあんな悪魔の住処に行きたくない」と言い出したのだ。理由を聞き出そうとしても、皆気味悪がって誰も話そうとしない。


 それでも、グラナダは無理矢理情報を聞き出すと、調査員達は、まるで呪いの道具のように、震える手である物体をグラナダの前に差し出した。


 それは、異常な長さの髪と爪だった。

 束ねた黒髪は数メートルはあり、禍々しい大蛇のように見えた。

 そして、三十センチは伸びている爪が、何十本も並べられた。


 これにはグラナダも吃驚(きっきょう)した。形状からするとヒトの物だろうが、ありえない長さまで伸びた髪と爪。それは、理由の分からないおぞましい何かを感じさせた。


「我々が今回調査に行った時、召喚獣は居なくなっていたんです。代わりに可愛らしい女の子が一人だけいて、シュヴァルの研究所から離れた森の奥に、その髪と爪が捨てられていたんです」


 話すのも恐ろしい、といった感じで、調査員は震える声でそう答えた。

 そうして調査員達は、その翌日には学院を退職していった。

 無名の錬金術師シュヴァルの名は、こうしてグラナダの脳裏に強く刻まれた。


「恐らくこれは異世界人の物なのだろうが……それにしてもこの形状は異常だ。まるで獣の爪と体毛じゃないか。錬成したのだろうが、何のために? いや待て、獣……?」


 それからしばらくの間、グラナダはその不気味な爪と髪の事ばかり考えるようになった。

 そして、ある一つの結論に至った。


「確か、調査員達は召喚された異世界人を『何の能力も持たない』と報告していたな……』


 グラナダは自室に戻り、椅子に腰かけながら、ある仮説を組みたてていった。


 それは、シュヴァルは『何の能力も持たない召喚獣』を『何か能力を持つ召喚獣』に造り変えようとしていたのではないか、という物だった。


 聞けば、その異世界人は極めて人間に近い体格をしていたらしい。

 ヒトをヒトでない生物に造り変える実験材料として最適だったのではないだろうか。


 そこまで考えると、グラナダは学長に状況を報告したのだ。

 そして、学長から「直々に確かめて来い」と緊急伝令が出され、今日に至る。


(アナスタシアがいてくれて助かったな。お陰で楽に情報を引き出せた)


 この『人体実験』はあまりにも業が深すぎる。


 まだ若いヴィオラには概要だけを伝えていたが、シュヴァルがシラを切りとおす場合、サンプルとして持ってきた異常に長く伸びた爪を見せつけるつもりだった。

 あまりヴィオラには見せたくなかったが、切り札としては有効だろう。


 だが『トシアキは死んだ』と彼女が告白してくれたお陰で、爪を見せる事も無く、疑問は確信へと変わった。


 もしかしたら、あれは囚われの少女に出来る、精一杯の助けを求める声だったのかもしれない。

『次は私が殺される』という事を、自分達に教えたかったのでは。グラナダは、そんな風に考えていた。


「さて、学長にはどう報告したものか……」


 シュヴァルのやっている事は神をも恐れぬ悪魔の所業だ。だが同時に、シュヴァルが今の錬金術師たちと、学院に多大な利益をもたらす可能性もある。


 倫理と実益、どちらをどう処理するか。グラナダは馬車に揺られながら苦悩していた。



「なー、シュヴァル。裏手に捨ててあった髪と爪、無くなっちゃってるぞ」

「あらま。誰か片付けてくれたのかな?」


 休憩がてら森の中を散歩していたシュヴァルとアナスタシアは、前に捨てた髪と爪が消えている事に気が付いた。


「でも、ちょっと身体を縮めすぎちゃったなぁ。いくらなんでもロリ過ぎない?」

「そんな事知らないよ。でも、髪や爪を伸ばしたのは、我ながらいいアイディアだったと思うけどね」


 シュヴァルはのほほんとした口調で答えた。

 アナスタシアが「美幼女になりたい!」と叫んだ時、どうしてもネックだったのが体格である。

 元々の質量はどう頑張っても変えられないので、幼女にする事は困難だったのだ。


 だが、今のアナスタシアは旧アナスタシアの1/3程度の体重しか無い。


 どう解決したかというと、旧アナスタシアの髪と爪をめちゃくちゃ伸ばす事だった。

 爪と髪は切っても痛くないので、そこを急激に伸ばし体積を減らし、そこから幼女へと徐々に身体を錬成していったのだ。あの不気味な髪と爪は旧アナスタシアの残骸であり、それ以外の何物でもない。


 だが、そんな事とは露知らず、グラナダとヴィオラを乗せた馬車は、着実に中央都市へと近づいていたのだった。

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>この『人体実験』はあまりにも業が深すぎる。 被験者の業が深すぎる。
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