第38話:帰郷(2)
安直な行動により、シュヴァルの実家の畑仕事を手伝う事になったアナスタシア、ハイエース、アムリタの三名は畑へと向かっていた。家から畑は少し歩いた場所にある。
「都会の喧騒から離れるとリラックスしますねー」
畑へ向かう途中、クソ重たい農具を積んだリヤカーを運んでいるのはアムリタだ。
可憐な令嬢にしか見えないアムリタが荷物を持ち、奴隷の少女アナスタシアと魔獣ユニコーンは手ぶらで歩いている。普通逆だ。
「エロ馬、全然紳士じゃないじゃん」
「貴様だって何も持ってないだろうが。私の背中は鞍を付けるのではなく、美少女の柔らかいお尻を乗せるためだけに存在しているのだ」
「私だって、みんなから寵愛を受ける聖女になる予定なんだから。手が荒れたら大変じゃん」
アナスタシアとハイエースはお互いクズっぷりを発揮していたが、アムリタは笑顔で何の苦も無く農具を運ぶ。
今の彼女の筋力なら、この程度の重さなど小石程度にしか感じない。
畑は夫婦だけで管理しているのもあってかなり小ぶりだった。
シュヴァル父は息子と同じく読み書きが出来るので、代筆などがメインの仕事らしい。
畑は副業といったところだ。
「この気高き聖獣ユニコーンが泥にまみれて畑仕事とはな……しかし、こうして大自然に包まれていると心が穏やかになるな」
「働けエロ馬!」
「ちゃんと雑草駆除はしてるだろうが」
「道草を食ってるだけだろう! いい加減にしろ!」
ハイエースは畑に着くや否や、おもむろに草を食みだした。
彼いわく雑草駆除らしいが、虫が付いていたり、枯れているのは無視し、新芽や若草ばかり選んで食っていた。
ついでにどさくさに紛れて野菜まで食っていた。
つまりサボっていた。
「私はちゃんと雑草取りしてるのに……うう、でもこうして泥にまみれて働く私ってえらい。聖女たるもの多少は汚れ仕事もしないと。あ、でも腰が!」
アナスタシアはいちおう雑草をむしっていたが、なにぶん中腰でやる上に、中身は中年なのでなかなかきついものがある。農家は大変なのだ。
「二人ともちゃんと働いてくださーい! シュヴァルさんのご両親に、しっかりと出来る女アピールをしないと!」
やる気のない二人に対し、アムリタは一人でダンプカーのように根こそぎ草をむしっていた。
「あ! こんな所に岩発見! 邪魔だから……えーい!」
アムリタ一人で99.9%くらい畑を整備した後、さらに彼女は辺りの岩をパンチで砕きはじめた。
撤去するのが大変なので放置されていたのだが、アムリタの鉄拳により、人間が腰掛けられるほどの岩が粉みじんになっていく。
アムリタは人間岩石粉砕機と化していた。人間じゃないけど。
「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」
アナスタシアがそう言うと、ハイエースも無言で頷いた。
◆ ◆ ◆
「赤銅のシュヴァルの動向は?」
村から少し離れた平原で待機している馬車の中、青年の声が響く。
彼の名はレッキス。シュヴァルと同じ赤銅の錬金術師であり、ゴーレムをメインに研究している。
赤毛の髪を無造作に伸ばしているが、顔立ちはそれなりに整っている。
シュヴァルと同じ赤銅の錬金術師を表す外套を羽織っているが、顔立ちと育ちのせいか随分様になっている。
「今の所、実家に待機しているようです」
「つまり、これといって有益な情報は無いと」
「申し訳ありません」
レッキスは報告をした男に対しぞんざいな口調だったが、そうされた相手に反抗的な態度は無かった。
それもそのはず。彼はラウレル学長から直々にシュヴァルの監視を命じられた色付きの錬金術師である。
周りの人間はシュヴァルの馬車の護衛という名目で、レッキスの補佐を命じられた部下である。
シュヴァル一行がラウレルの好意で用意してくれたと思っている一団は、丸ごとがシュヴァルを監視するためのスパイだった。
(面倒な役を押し付けられたものだ)
レッキスは眉間に皺を寄せながら内心苛立っていた。
彼は別にゴーレム研究に熱を入れているわけではない。
都会の豪商の生まれである彼は、実家を継ぐのが嫌で錬金術師になった。
その中で、錬金術師の中でも比較的マイナーな部門であるゴーレムを専攻しただけだった。
元々の素養はそれなりにあったのか、彼は赤銅の称号を得る事が出来た。
そのお陰で独立した錬金術師として家を継ぐ事は避けられたが、こんな形で貧乏くじを引くとは思わなかった。
(人体実験や、人外の魔獣や吸血鬼と平気で契約を結ぶような奴だぞ? そんな男の監視をするなんて冗談じゃない!)
シュヴァルが表面上、赤銅のゴーレム学を専攻しているという事で、同じ立場なら警戒心が薄れるだろうという理由で抜てきされた。
当然断ったが、ラウレル学長はよほどシュヴァルという男を恐れているのか、この依頼を受けないなら赤銅を取り上げるとまで言われた。
錬金術にそれほど興味は無いが、それではレッキスは再び家に戻り、やりたくもない商売をやることになる。どちらに進んでもろくなことにならない。
「そういえば、一つ気になる報告が」
「何だ? 何でもいいから伝えてくれ。少しでも情報が欲しい。そうでなければラウレル様から監視役をさぼっていたと思われるからな」
このまま待機していて何事も無いのが一番いいのだが、シュヴァルという男の凶暴性を考えると、単純に里帰りだけでここに来たとは考えづらい。
いや、単純に里帰りなのだが。
「どうも村人たちは、シュヴァルの事を『王』『皇帝』『魔王』などと呼んでいるようです」
「……きな臭い呼び方だ」
レッキスの背中に冷や汗が流れる。
シュヴァル自身がそう呼ばせているのか、あるいは既にこの村が占領下にあるのか。
たかが赤銅の錬金術師をそんな大仰な呼び方で呼ばないだろう。
田舎なので権利関係がよく分かっていないだけなのだが、都会育ちのお坊ちゃんレッキスは、その辺の非常識をいまいち理解できていなかった。
「もしかしたら、シュヴァルという男は何かしでかすかもしれない。気は乗らないが、直接出向くしかないか」
「危険では?」
「もちろん危険だ。だが、放置しておく方がもっとまずい」
レッキスは使命感というより、強迫観念に駆られて行動を開始する事にした。
ラウレルから貰った情報が確かなら、シュヴァルという男を好き放題にさせておくほうがより危険だ。
どちらも危険なら、先にある程度情報を仕入れておいた方がまだマシだろう。
マイナス100がマイナス80になるくらいだろうが、それでも動かざるを得ない。
「俺はシュヴァルの家に向かう。馬車はこのまま待機させておけ」
「護衛は必要無いのですか?」
「必要無い。というより、これだけの人数ではいてもいなくても同然だろう。俺だって赤銅の一錬金術師に過ぎない。虎の尾を踏まないように気を付けるしかないだろう」
そうしてレッキスは、重い足を引きずるようにしてシュヴァルの実家に向かった。
虎穴に入って虎子を得られればいいが、ミイラ取りがミイラにならぬよう細心の注意を払いながら。