第37話:帰郷(1)
「クソみたいにしみったれた田舎だな」
「エロ馬の言うとおりだ。まさか、ここまで何にもないとは思わなかった」
シュヴァルの実家のある村に着いた直後、ハイエースとアナスタシアは人の故郷をボロクソにこきおろした。
「そりゃ確かにうちはド田舎だけどさ、もうちょっと配慮して欲しいな」
シュヴァルはぶつぶつと文句を言った。二人の言うとおり、シュヴァルの故郷は本当に何も無いド田舎だ。農家が九割、村の全ての物品は雑貨屋一件が取り扱う。一応医者がいるだけ救いはあるが、はっきり言っていないよりマシなレベルである。
「のどかで牧歌的ですね。空気も美味しいし、都会とはまた違った美しさがありますね」
「アムリタさんいい事言いますね」
「ええ、だってシュヴァルさんの故郷ですから」
アムリタは美しい笑みを浮かべる。これで人間辞めて無かったら非の打ちどころが無いのだが。アルマはというと特に何の感想も無いらしく、眠そうに馬車の中でモチョを弄ってごろごろしている。
シュヴァル達は三日ほどこの村に滞在する予定だった。その間、送ってくれたラウレルの使い達は、野営をしてシュヴァルを待っていてくれるらしい。
「中には赤銅のゴーレム専門の人もいるらしいし、会ってみたいんだけどなぁ」
今回、シュヴァル一行を送ってくれた馬車を取り仕切っているのは、同じ専攻の錬金術師らしい。シュヴァルとしては是非お近づきになりたいが、とりあえずこの人外共を置いてこないと落ち着いて話も出来ない。
「じゃあ、ここから先は徒歩で行こう。そんなに広い村じゃないし、あまり迷惑ばかりも掛けられないからね」
シュヴァルがそう言うと、アナスタシア達はこぞってシュヴァルの後に付き従った。そうしていくらも進まないうちに、畑を耕していた白髪交じりのおじさんが近寄ってくるのが見えた。
「おーシュヴァルじゃねえか。聞いたぞ、お前、皇帝になったんだってな」
「全然違うよ」
超ド田舎のこの村では、なんかシュヴァルがすごい出世したらしいくらいのアバウトな情報が飛び交っていた。おじさんは皇帝と言ったが、その先にいたおばちゃんには国王と言われたし、さらに近所のガキには魔王とか呼ばれた。
「シュヴァルの村って本当にいい加減なんだな。現代日本人である私からしたら、低レベルもいい所だ」
「君がそんなに優秀には見えないけど。というより、田舎なんて大体こんなもんだよ」
アナスタシアが上から目線で言うが、シュヴァルはまあ大体こうなるだろうと予想していた。錬金術師の細かい定義なんてほとんど誰も知らないし、偉い人=王様みたいな認識なのだ。
「ところでシュヴァル、田舎に帰ったとしても、ちゃんと究極美少女計画はサボらないようにな」
「元からそんな計画してないってば」
「そんなやる気が無くてどうするんだ! 私が聖女になるのを全世界が待ち望んでるんだぞ! 最近、周りに美少女が増えてハーレム気取りだからって調子に乗ってるんじゃないか?」
「もう意味が分かんないよ。大体、普通の女の子が一人もいないし……」
性転換おじさん美少女アナスタシアの後ろには、魔獣で美少女マニアのハイエース。コカトリスゴーレムスケルトン令嬢アムリタ。吸血鬼と猛獣のハーフであるアルマ。そして実験毬鼠のモチョだ。
まともな人格と属性を持った人間が一人も居なかった。一匹だけいるが。
「僕、家に帰ってきてよかったのかなぁ」
溜め息を吐きながら歩み続けると、村の奥の方に周りより少し大きな家が見えた。あれがシュヴァルの実家である。本当なら両親に元気な顔を見せたいが、後ろの連中を連れていると不安だ。
「失礼するぞ。おい、偉大なる一角獣ハイエースが来たぞ。茶を出してもらおうか」
「勝手に人の家をノックしないでくれる」
シュヴァルがドアノブに手を伸ばすのをためらっていたら、ハイエースが後ろから割りこんで前足でドアをノックした。すると、古びたドアがぎぃと鳴り、中から一人のおばちゃんが出てきた。
「あらま!? シュヴァルじゃないの!? 今年は帰ってこれたんだねぇ」
「ただいま母さん。ただ、その……ちょっと知り合いも一緒で」
「ンマー! 随分と友達が増えたのね。さあさあ、狭い家ですがどうぞどうぞ」
シュヴァルの心配をよそに、シュヴァル母は奇妙な連中を何のためらいもなく招き入れた。
「杞憂だったな。さて、茶を一杯もらおうか」
ハイエースは真っ先に部屋に入ると、偉そうに指図した。さすがのシュヴァル母もハイエースを見て驚いたようだ。
「あらー! 都会の馬は喋るんだねぇ! こんな立派で綺麗な馬、あたしゃ初めて見たよ!」
「私は馬では無いぞ。フッ、まあ無知な田舎者だし特別に許してやろう」
「それにまあ、なんて綺麗なお嬢さん方なんだい」
「「いやぁ、それほどでもありませんよ」」
アナスタシアとアムリタの声がハモッた。アルマもその対象なのだが、彼女は特に何も言わず、モチョを抱っこしてそのまま椅子に座った。
シュヴァル母は早速湯を沸かし、人数分の茶を用意した。ハイエースは座れないので立ちっぱなしだが、これだけの人数になると部屋がぎゅうぎゅうだ。
「シュヴァル。あんた帝王になったからって女遊びを覚えたのかい? いいかい? そりゃあ権力を持った男がそうするのは分からなくも無いけど、でも生涯愛する女性は一人じゃないと」
「だから帝王じゃないってば。それに、この人達は僕の研究所のメンバーだよ」
「へぇ、あたしゃ研究所ってのは人間でやると思ってたんだけど」
「僕もそうしたかったんだけどね」
気が付いたら人間が自分以外に居なくなっていたのだから仕方ない。いちおうアナスタシアも人間だが、純正人間がシュヴァルだけなのが悲しい。
「ところで、父さんは?」
「今、納屋の方に行ってるよ……あ、帰って来た」
シュヴァル母がそう言うと、入口のドアを開けて一人の男性が入ってきた。シュヴァルを白髪にして、もう少し肉付きをよくした感じの男性だった。当然、シュヴァル父その人である。
「おー、今日帰ってくるとは聞いてたが、聞いてた以上にえらい面子だな。都会ってのはやっぱり田舎とは違うんだな」
「都会でも相当レアだと思うよ」
シュヴァル父が不思議そうに尋ねたのでシュヴァルは突っ込んだ。こんなメンバーの研究所なんかシュヴァル工房以外に存在しないだろう。
「しかし、お前も立派な馬を持ったんだなぁ。これだけ頑強そうならいくらでも畑仕事が出来そうだ」
「だから馬じゃねーって言ってるだろ! なぜ私が畑仕事などせねばならんのだ!」
「ほぉ、しかも喋るのか。都会の馬は便利だなあ。体調管理が楽そうだ」
馬じゃない発言を無視し、シュヴァル父はハイエースを褒め称えた。農家である彼にとって、周りの人間……ではなく人間もどきなのだが、それよりも馬の方に興味があるらしい。
「いいか! 私は美少女計画を進めるために付いてきたに過ぎん。畑仕事など絶対にやらんぞ!」
「そうかぁ、残念だな。今はエリスが腰を痛めてるから、協力者が欲しかったんだがな」
「エリス? 女性のようだが」
ハイエースはシュヴァル父の話に喰らいついた。
「で、そのエリス嬢は美人なのかね?」
「そりゃあもう。この辺りでは一番の美人さ。ただ、今は畑仕事が出来なくて顔合わせは無理だねぇ」
シュヴァル父が残念そうに呟くと、ハイエースが彼の前にずいと顔を出す。
「いいだろう。特別の特別の特別に手伝ってやろう。で、エリス嬢はどこにいる?」
「今は納屋で休ませてるよ」
「またエロ馬が美少女オタクになってる……」
「やかましい! 紳士としてうら若き乙女を助けるのは当然だろうが!」
アナスタシアのツッコミに対し、ハイエースは怒鳴った。早い話が美少女に目が無いだけだが。
「あんたみたいな立派な馬が手伝ってくれるなんてありがたい! でも、本当にいいのか?」
「男に二言は無い」
「私も行くぞ! これ以上美少女が増えたら私の影が薄くなるからな!」
「あ、じゃあ私もお手伝いします。こう見えて意外と力はありますから」
「私はパス。眠いし」
アナスタシアは主人公の意地、アムリタは純然たる善意。そしてアルマはわがままっぷりをそれぞれ発揮し、シュヴァル父に案内され、エリス嬢のいる納屋へ向かった。
シュヴァルは休憩をしたいとの事で、母と茶を啜っている事にした。
「エリス、この都会の優しい方々がお前の代わりに手伝ってくれるそうだ。安心して傷を治すんだぞ」
「ブヒーン!」
「ロバじゃねーか!」
ハイエースは激怒した。納屋に包帯を巻かれて横たわっているのは、美しい毛並みをしたメスのロバだった。
「お似合いだぞ。エロ馬」
アナスタシアは吹き出しそうなのを必死にこらえ、ハイエースの脇腹にぽんと手を置いた。
「サギだ!」
「ロバじゃん」
「親父小娘! 無駄な言い回しをするな! こんな所に居られるか! 私は茶を飲みに帰らせてもらう!」
「男に二言は無いって言ったじゃん」
「ハイエースさん、せっかくだから協力してあげましょうよ。この子も若い女の子なんですよ」
「……クソがぁ! 分かったよ! やればいいんだろやれば!」
こうして、カオス三人組による農作業が始まった。