第33話:挑戦状
「よっ、ヴィオラちゃん。久しぶりだな」
「あなたは……」
ヴィオラの前に姿を現したのは、以前に情報交換をした、魔術師リーデルだった。リーデルは、ヴィオラの敬愛するグラナダの友人らしいが、魔術師の道を歩んでからは疎遠になっていると聞いている。
ヴィオラからすれば、錬金術師の親友を裏切って強者側に付いた裏切り者だ。なるべくなら干渉したくない。まして、今はシュヴァルに体よくあしらわれた直後なのだ。
「赤銅のシュヴァルに一杯食わされたって顔してるな」
「……っ! なんでそれを!?」
ヴィオラは口元に手を当てるが、リーデルは苦笑する。
「やっぱりヴィオラちゃんはお嬢様だな。嘘が吐けない性格らしい」
「……嫌味を言いに来たのですか?」
「褒めてるんだよ。素直なのは美徳だぞ? 俺もシュヴァルに顔合わせしたかったんだが、すれ違いになっちまったみたいだな」
リーデルは相変わらず飄々とした態度で、ヴィオラの許可も貰わないまま、勝手に近くにあった椅子に腰かけた。
「……なぜ、あなたが私とシュヴァルの面会を知っているのです?」
「だからヴィオラちゃんは『ちゃん』なんだよ。大人になると色々汚い手段を使う事が多くてね。まあ、あいつの動向は大体把握してる。今日の事もな」
ヴィオラは不満げに頬を膨らませるが、それ以上は何も言わなかった。そして、どかりと椅子に座りこんだリーデルを見下ろすように睨む。
「やっぱり私をあざ笑いに来たんじゃないですか! ええ! 確かに私はあの男から重要な情報を引き出せませんでした! でも、何も行動しないよりは……!」
「落ち付けって。だから君を責めに来たわけじゃない。単純に情報収集だよ。魔術師の俺がここに来るのだって、結構大変だったんだぜ?」
リーデルはどうどうと馬をなだめるように、両手を前に出して興奮したヴィオラに語りかける。ヴィオラも機嫌は悪いが、とりあえず一歩引きさがる。
「グラナダ様の友人という立場を利用したのですね。汚い事をしますね」
「コネを使うのは基本だろ? さて、さっさと本題に入るとするか」
「あっ! ちょっ、ちょっと!?」
ヴィオラの一瞬の隙を突き、リーデルは立ち上がってヴィオラの机の上にあるレポート用紙を手に取った。先ほど、シュヴァルが提出していったものだ。
「勝手に人の部屋の資料を読まないでください! しかもそれはあの男のダミーレポートですよ!」
「ダミーでも何か情報が引き出せるかもしれないだろ」
ヴィオラは手を伸ばして取り返そうとするが、長身のリーデルは手を伸ばし、のらりくらりと回避しながら、その内容の薄い研究レポートに目を通す。
「そんなに密着していいのかい? 一応、これでも若い男なんだけどな」
「……あっ!」
あまりにもヴィオラが張り付いてくるので、リーデルはからかい混じりにそう言うと、ヴィオラには効果てきめんだったらしく、顔を真っ赤にして、過剰なくらい後ろに下がった。
「なるほどね。こりゃ面白い」
「……どこがですか」
シュヴァルの提出して来たレポートは、とてもレポートとは言えない文量なのですぐ読める。ヴィオラも軽く流し読みしたが、新型アームゴーレムを現在研究中です以外の情報は無かった。
「その新型アームゴーレムだよ。ここに書いてある通りなら、これは挑戦状さ」
「挑戦状?」
ヴィオラが怪訝な表情を作る。リーデルは軽薄な態度を取るので真意を汲み取りづらいのだが、その声の響きに嘘の匂いは感じない。少なくとも、ヴィオラにはそう見えた。
「今までのアームゴーレムは装着すると外すのが難しい。だから、今度は自分から壊れる方向性で行く、要約するとこんな感じだ」
「それで?」
「分からないかな? シュヴァルの『アーム』ゴーレムだぞ」
「……あっ!?」
クイズを出すようにリーデルがそう言うと、ヴィオラもある考えに思い至った。その表情を見て、リーデルは頷く。
「ある物体に手を突っ込んで、内部から破壊できるような構造にする……つまり?」
ヴィオラの顔が青ざめる。確かに、文面だけ見れば『新型ゴーレム研究中でーす』以上の事は書いていない。だが、あの狡猾な男が、そんな文面通りのものを出してくるはずがない。
「シュヴァルは……錬金術学院の内部から壊れるような工作を検討している?」
「まあ、あくまで俺の想像だがな。あるいは、もっとでかい組織を内部から破壊するか……」
リーデルは思考を巡らせる。単純な深読みなら錬金術学院を内部から破壊するという挑戦状と取れる。だが、これだけ挑発的な事をする男が、その程度で収まるとは考えづらくもある。
「いずれにせよ、やはりこいつは色々と厄介だな。俺としてはなるべく仲良くやっていきたい相手ではあるんだが」
リーデルの真の目的は、魔術師上位の今の状況を打破し、親友グラナダと元のような関係に戻ることにある。その手駒として、錬金術師として超優秀なシュヴァルは非常に使える駒になりうる。
(だが、俺にこいつを御し切れるのか? 錬金術師と魔術師の関係だけではなく、全てを破壊するような事になりかねん)
リーデルは逡巡する。確かに、シュヴァルの野心をもってすれば、錬金術学院を掌握する事も夢物語ではないかもしれない。後は力を増した錬金術師たちによる、魔術師に対する徹底抗戦を期待すればいい。
だが、あの男の欲望が錬金術師という器に収まりきらなかったら? 魔獣を使役し、人外の生命体と同盟を結び、そして同族である人間の少女を奴隷として実験に使っている男が、国の中枢部に位置する事があったら?
「……とにかく、この情報が手に入っただけでもありがたい。突然押し掛けてすまなかったな。ヴィオラちゃん」
「いえ、こちらこそ、シュヴァルの雰囲気に呑まれて冷静さを失っていました。助言をいただき感謝します」
リーデルは恐ろしい未来から逃げるように思考を切り替える。ヴィオラの方も、少し落ち着きを取り戻したのか、うっすらと笑みを浮かべている。先ほどまでの険悪な雰囲気は無い。
対シュヴァルという点に関しては、お互い強力なパートナーである。共通の敵がいると、同盟というものは強くなる。
いずれにせよ、今の段階ではあくまでリーデル達の想像にすぎない。完全な勘違いという可能性も限りなく低いがゼロではない。実はそっちの方が正解ではあるが。
「しかし、本当に行動が読めない奴だ。次はどんな想像を絶する手を打ってくるやら」
リーデルは調子を取り戻したようで、先ほどまでの重苦しい響きとは違う、普段通りの口調でそう呟いた。前もって対策を出来ればいいのだが、シュヴァルの行動は常に常軌を逸しているので対処が出来ていないのだ。
◆ ◆ ◆
一方、ヴィオラの追及をなんとか回避したシュヴァルとアムリタは、ほっと一息を吐きながら、街で夕食の買い出しをしながら帰路についている最中だった。
「アムリタさん。僕、一度故郷に戻ろうと思うんです」
「えっ!?」
確かに、シュヴァルの行動はリーデルやヴィオラにとって、想像を絶するものだった。