第30話:出頭命令
聖獣ユニコーンと吸血鬼を従え、死者をも蘇らせる天才錬金術師。
その名は『赤銅のシュヴァル』
今、中央都市でシュヴァルの名を知らない者は、この都市に流れついたばかりの冒険者くらいのものだろう。
そのシュヴァルはというと……
「ウワーッ! ゴーレム研究がちっとも進まない! もうおしまいだーっ!」
自分のラボで悶絶していた。
「ゴーレム研究なんてどうでもいいじゃん。それより美少女を追求しよう。な?」
「な? じゃあないんだよ」
アナスタシアがシュヴァルの肩に手を置くが、ちっとも励ましになっていない。
「でもさ、あんたの名前有名になったし、冒険者ギルドだかの人達もしょっちゅう勧誘にくるじゃない」
「僕は冒険者じゃないの! 錬金術師なの!」
シュヴァル達と同居を始めたハーフヴァンパイアのアルマが、シュヴァルのもう片側の肩をぽんと叩くが、シュヴァルにはなんの慰めにもならない。
シュヴァルの言っている通り、彼は冒険者ではなく錬金術師。簡単に言ってしまうと研究職だ。だというのに、ユニコーン討伐をさせられたり、吸血鬼の森に突撃させられたりで肝心の研究がまったく進んでいない。
「もういっそのこと冒険者になればいいんじゃない? 私、結構強いわよ。ハイエースだっているし」
「何を馬鹿な事を言っている」
シュヴァルが否定する前に、ハイエースが助け船を出す。
「私は美少女以外に興味は無い。名誉だの金銭だの、そんなくだらない物はそこらの俗物にくれてやればいいんだ」
「悟ってるんだか煩悩に満ち溢れてるんだか分からない発言はやめてくれないかな」
全然助け舟じゃなかった。
「ああもう、せっかくラウレル様たちが僕のゴーレム研究を認めてくれたのに、余計な事に首を突っ込んでたせいでレポートが全然出来てないんだよ」
シュヴァルは机に突っ伏して愚痴をこぼす。
赤銅に限らず、色付きになった錬金術師はいわば同職の代表格だ。
そのため定期的に研究実績を示さなければならない。
それが出来なければ「資格なし」と判断され、剥奪される事だってある。
もっとも、シュヴァルはラウレル達の深読みによって赤銅になっているだけで、ゴーレムをいくら研究しようがしなかろうが絶対に資格は奪われないのだが、本人は知らない。
「シュヴァルさん。元気を出して下さい。とりあえず、お茶でもどうぞ」
「ああ、ありがとう。アムリタさん、調子はどうですか?」
「すこぶる快調です。生きている事がこんなに素晴らしいなんて」
「いやまあ、生きているかどうかと言われると微妙な感じですけど……」
ろくでなし連中に囲まれたシュヴァルの間に割って入るように、アムリタがにこやかな表情で、紅茶をシュヴァルに差し出した。とてもいい香りのする紅茶だ。さすがに侯爵家から取り寄せただけはある。
アムリタは均整の取れた身体に合うゴシックメイド服を着こんでおり、侯爵令嬢だというのに嫌な顔一つせずシュヴァルに尽くしている。コカトリスゴーレムスケルトンとして復活してから、彼女の申し出によりシュヴァルに恩返ししたいと、自ら工房のメイドを買って出たのだ。
コカトリスゴーレムスケルトンメイドへクラスチェンジである。長い。
メイドなど平民がやる事だが、赤銅のシュヴァルにはブロッシェ婦人も大きな恩を感じていたし、もともとアムリタは治癒の力で貧しい人達を助けていたから、特に問題も無く周囲から受け入れられた。
それに、アルマの魔力を供給するという意味でも、アムリタを近くに置いておく事は意味がある。
「ところでシュヴァルさん、お部屋の掃除なんですけど、棚の上とかがかなり埃が溜まっているので、やっても大丈夫ですか?」
「あの辺はなかなか手が届かなくてね。アナスタシア、アムリタさんに踏み台を用意してくれないかな」
「いえ、大丈夫ですよ」
何の前触れもなく、アムリタは笑顔のままで右手で左手を肩から引っこ抜いた。
そして、マジックハンドの要領で左手に雑巾を持たせ、右手で操りながら高い部分を拭き取っていく。
「この身体になってから、こういう事が出来るようになったんです。便利ですね」
「あの……それ、あまり人前でやらないほうがいいんじゃ」
「もちろんやりませんよ。だって、はしたないですから。こんな姿見せられるの、シュヴァルさん達の前だけですよ。キャッ、恥ずかしい!」
「キャッと言われましても」
アムリタは引っこ抜いた右手を戻すと、恥ずかしそうに両手で頬を覆う。
シュヴァルとしては非常に反応に困る。
「シュヴァルはいいなぁ、美少女に囲まれてハーレムじゃん」
「君は美少女枠じゃないし、そもそも人外しかいないじゃないか」
確かに、今のシュヴァルの錬金術師工房には、アナスタシア、アールマティ、アムリタという三人の美少女がいる。三人とも外見だけなら並外れて美しい。
だが、外装だけが美少女のおっさんと、吸血鬼と野獣のハーフ、コカトリスゴーレムスケルトンメイドである。普通に生きていれば一生縁が無い連中ばかりだ。
「でも、完全にハーレムって訳じゃないよねぇ。モチョと淫獣がいるし。まあ、あの二匹はほら、ラノベのイラストにしたら美少女を引き立てる背景になるからいいか」
「何を言っている。センターは私だ。小娘オヤジの貴様こそ背景になるべきだろう」
「君達がなんの話をしているのか、僕には理解出来ないよ」
「もちゅ!」
こいつらは異世界から来たせいか、たまに意味不明な会話をするのでシュヴァルも困っているが、シュヴァルに相槌を打つように、唯一の良心モチョが鳴いた。
アルマがほぼ常時モチョを抱っこしているので、今の飼い主はアルマになっている。
この工房の所持品は全てシュヴァルに権利があるので、一応、モチョもそれに該当はするが。
「申し訳ありません。赤銅のシュヴァル様はいらっしゃいますか?」
工房の中で混沌とした会話をしていると、入口の所に一人の女性が現れた。
錬金術学院で支給されるローブを羽織っている所から、彼女が錬金術師の関係者である事はシュヴァルにも理解出来た。
「シュヴァルは僕ですが」
「突然押し掛けて申し訳ありませんが、実は、シュヴァル様に錬金術学院から出頭命令が出ています」
「え? い、今からですか?」
シュヴァルは焦った。
ゴーレム研究になんの成果も出せていないのに、不意打ちのようにいきなり来いと言われるとは。
「なお、銀のヴィオラ様からの依頼ですので、断るのは難しいかと思われます。可能であれば、アムリタ様もご一緒に来ていただければとの事です」
「私もですか?」
アムリタが自分の顔を指指すと、伝令係の錬金術師は首を縦に振った。
「では、用件はお伝えしましたので私はこれにて」
伝令係は用件を伝えると、シュヴァルの返事を待たずにさっさと背を向けて去っていった。
「まいったなぁ。今の状態で研究について聞かれたら、弁解のしようがないよ」
シュヴァルは頭を抱えた。
ヴィオラはきっと、研究が本職なのに魔境にばかり向かうとは何事かと説教のために呼んだのだろう。
ひょっとしたらハチャメチャに怒られるかもしれない。
せっかく色付きにしてもらったというのに、何とも不甲斐ないし、申し訳ないとシュヴァルは心から反省した。
だが、反省だけなら猿にも出来る。
現実にゴーレム研究がまったく進んでいないし、ここは怒られに行くしかないだろう。
「大丈夫ですよ。シュヴァルさんはいい事をしてるんですし、きっと分かってくれますよ」
「そうかなぁ……そうだといいんだけど」
溜め息まじりに肩を落とすシュヴァルとは対照的に、アムリタはシュヴァルに赤銅色の外套を羽織らせる。アムリタはなんだか嬉しそうに見える。
「ヴィオラってあの錬金サーの姫だろ? 私も付いていっていいか? 奴の動向を探りたい」
「駄目だよ。呼び出されたのは僕とアムリタさんだし、大体、君がいなくなったら、この工房が人外だけになっちゃうでしょ」
「ちぇっ」
シュヴァルに諭され、アナスタシアはしぶしぶ矛を下ろした。
正直、アナスタシアに工房の管理を任せるのも不安なのだが、少なくともハイエースやアルマよりはマシだろう。一番理性的なのは実験ネズミのモチョだが、さすがに全てを託すには毬鼠には責任が重すぎる。
というわけで、消去法でアナスタシアが留守番役となり、シュヴァルとアムリタは連れ立って工房を出た。
「ヴィオラ様、なんだか僕に対してちょっと辛辣だからなぁ。ただでさえ評価厳しいのに、これ以上下がらないといいけど」
「大丈夫です! 誰が何と言おうと、私はシュヴァルさんの味方ですから! それより、なんだかこうして二人で街を歩いているとデートみたいですね。あら、私ったら恥ずかしい」
キャーとか言いながらアムリタは一人ではしゃいでいる。
そりゃあ、傍から見たら見目麗しい侯爵令嬢とデートしているように見えるし、羨望の眼差しをシュヴァルに向ける者も少なくない。シュヴァル自身も著名な錬金術師になりつつある。
しかし、実態は偶然が重なっただけの三流錬金術師と、コカトリスゴーレムスケルトンメイドなお嬢様の組み合わせである。
シュヴァルとしては、それほど器量よしでなくてもいいから、普通の人間の女性のお嫁さんを貰って、研究に打ち込んで暮らしたい。だというのに、気が付いたら何故か普通の人間が全力で追い求めても遭遇出来ないような連中に囲まれている。
「……ある程度研究が落ち着いたら、一旦休みを貰って田舎に帰省しよう」
「あれ? シュヴァルさんはこの街の生まれじゃないんですか?」
「僕はここから大分離れた片田舎の生まれだよ。上京してゴーレムの研究をするために街に来たんだ」
「へぇ……私、ずっとこの土地で暮らしてるから、何だか羨ましいです。シュヴァルさん、もし帰省する時は、私もご一緒していいですか?」
「別に構わないですけど、本当に何にもない田舎ですよ?」
「いいんです。シュヴァルさんの故郷、見てみたいなぁ」
「……まあ、その前に問題を片づけないとならないんですけどね」
アムリタと会話しながら街の中心部を歩き、シュヴァル達は錬金術学院の本館に辿り着いた。
「さて、どう弁解したものか」
ここまで来たら腹を括るしかない。
シュヴァルは覚悟を決め、アムリタと共にヴィオラの待つ部屋へと足を向けた。