第28話:10日前
「馬鹿っ! なんという事をしたんだ!」
10日前、アルマの反魂に気付いたダンディーとエリザベートは、娘を厳しく叱りつけた。
普段は紳士然としたダンディーだが、さすがに吸血鬼だけあって怒ると迫力は凄まじい。
アルマはしょげかえり、半泣きになっていた。
「だって! 可愛い動物が飼いたかったんだもん! 吸血鬼っぽい事してみたかったんだもん!」
「だからといって命を弄ぶような事をしてはいかん!」
「ま、待って下さい! 元はといえば私が悪いんです。娘さんをあまり怒らないでやってください」
ダンディーとアルマの間に割って入ったのは、骨と化して復活したアムリタだった。
素っ裸(骨)だったアムリタは、今は上質なドレスを着こんでいる。
若い女性が裸のままではかわいそうだと、エリザベートが古城の魔獣を蹴散らし、今も使えそうなドレスを持ってきてくれたのだ。
「アムリタさん。娘のやった事は大問題なのです。この子はまだ半人前、あなたの魂を完全に呼び戻せたわけではないのです」
「どういう事ですか?」
「確かに、骨とはいえ魂の呼び戻しには成功しました。しかし、完全に定着出来るほど魔力が籠められていないのです。今はアルマの近くにいるから平気ですが、距離が離れてしまえばまた死んでしまうでしょう」
ダンディーが申し訳無さそうにそう言うと、アムリタも黙り込んだ。
一応生き返ったというのに、また死ぬのは当然ながら嫌である。
「その範囲というのは、どのくらいなんでしょう?」
「娘の魔力からの推測ですが、恐らく、この森の中であれば問題ありません。ですが、数日掛けて移動するほど距離がある街までは届かないでしょう」
「そうですか……」
「これは困りましたな……アムリタさんがよければ私の家族と共に暮らしても構わないのですが。それではブロッシェさんが悲しむでしょう」
「じゃあ、私がアムリタに付いていけばいいんじゃないかしら?」
「馬鹿な事を言うんじゃありません。あなたはこの森から出た事が無いでしょう? それに、お父さんや私みたいな人外はすごく怖がられているのよ。あなたを受け入れてくれる場所を探すなんて……」
アルマの提案をエリザベートが否定しようとした時、ふと、彼女の脳裏にある考えが浮かんだ。
エリザベートだけではない。一名を除き、全員が同じ考えに至った。
「な、何かな……?」
その場の全員の視線を浴びたシュヴァルは狼狽した。
「シュヴァルさん」
「は、はい。何でしょうか」
ダンディーが、これまで見た事もない真剣な表情で、シュヴァルの方に近寄ってくる。
シュヴァルはものすごく嫌な予感がした。
「娘を……アルマを預かってくれませんか?」
「……ですよね」
予感的中。ただでさえ脱法美少女だの喋る馬だのがいるのに、吸血鬼の娘まで預かったら工房が魔境になってしまう。静かに実験を続けたいシュヴァルとしては、絶対に断りたい。
だが、なんとダンディーはシュヴァルの前で土下座し、地面に額をこすりつけた。
「無茶なお願いだと分かっています。ですが、アムリタさんと娘の事を思えば、こうせざるを得ないのです。私としても、娘をどこの馬の骨とも分からぬ輩に預けたくはありません。ですが、シュヴァルさんなら信頼出来ます」
「いやいや! 僕はしがない錬金術師ですよ?」
「いいえ! 魔の森に吸血鬼を探しに来る錬金術師など、今まで見た事がありません。あなたは、私達異種族と、人間達のかけ橋となるために天が遣わせたのでしょう」
なんだか随分大層な身分にされてしまい、シュヴァルは非常に困った。
アナスタシアの狂言でこうなってしまっただけなのだが、どんどん事態があらぬ方向へと進んでいく。
「私達も人間達と仲良くやっていきたいと常々思っているのです。ですが、なにぶん過去の悪行のせいでイメージが悪くて……娘が人間達の街で無害だと分かれば、この森にも観光客などがくるかもしれません」
「いやぁ、それはどうでしょう」
「まあ、あなた! それは素晴らしいわね! シュヴァルさんにはご迷惑を掛けてしまうけど、アルマなら可愛らしいし、きっと街の人気者になれるわ。そうすれば、親である私達も街にショッピングにいけるわね!」
「ほんと? パパ、ママ。私、人間の街に行ってもいいの?」
「いや、だからですね……」
「ああ、いいとも。だが、お前の責任は重大だぞ? アムリタお嬢さんの身を案じつつ、異種族のイメージを回復する。いわば親善大使だ」
「親善大使……なんだかカッコいい響きね! でも、やるわ! だって私、誇り高いパパとママの娘だもの!」
「おお! それでこそ我が娘だ!」
「頑張るのよアルマ!」
「パパーッ! ママーッ!」
そうして、親子三人は抱き合った。美しい家族愛であった。
「ええ……」
一方、シュヴァルは断るタイミングを完全に失ってしまった。
そんなシュヴァルの腰を、アナスタシアが後ろからぽんと叩く。
「その、なんだ、ドンマイ」
「もっと気の利いた事を言ってくれないかな」
「いいではないか。私は美少女が工房に増えるのは賛成だ」
シュヴァルは肩を落としながら、しぶしぶ要求を飲む事にした。
それに、せっかく蘇ったアムリタを再び殺すわけにもいかない。
「では、これで問題は全て解決ですな。シュヴァルさん、わがままな娘ですが、悪い子ではないので優しくしてやってください。もちろん、何かあれば私達がいくらでも協力しますので」
「あの……解決していない問題があるのですが」
「何でしょう?」
ダンディーは本当に分からないといった感じで首を傾げる。
「いや、だからアムリタさんが骨のままじゃないですか」
「何か問題でも?」
「問題大ありですよ! あのままの姿で人間の街に返したら討伐されますよ!?」
「ああ、確かにそうでしたな。すみません。なにぶん普段は魔獣しか見ていないので、人間の反応を忘れていました。歳はとりたくないものですねぇ。はっはっは」
ダンディーは照れくさそうに笑うが、笑っている場合では無い。
喋る骨になった娘を見たら、ブロッシェ婦人は失神するかもしれない。
「私なら大丈夫です。魂は間違いなく私ですから、母もきっと分かってくれると思います」
「そうかなぁ」
アムリタはシュヴァルに対しそう言うが、シュヴァルには到底信じられない。
変わり果てた姿から、別ベクトルの変わり果てた姿になったアムリタを見せたら、せっかく色付きの錬金術師になれたのに、死霊使いと勘違いされてしまうかもしれない。
「アムリタよ、安心するがよい。その対策は既に考えてある。そうだろう? アナスタシアよ」
「ああ、珍しく共同戦線と行こうじゃないか。ハイエースよ」
困り果てるシュヴァルの横で、問題児二名がやたら自信満々に笑みを浮かべている。
この二人が出す名案は、大体ろくでもないのでシュヴァルの表情はさらに曇る。
「対策って、私を元に戻す方法があるんですか?」
「うむ。そこにいるシュヴァルは、ゴーレム錬金術師としては三流だが、美少女の造形に関しては天才的な才能を持っている。そいつに肉体を錬成させ、お前の骨にかぶせるのだ」
「もっと別の才能が欲しかったなぁ」
「何を言ってるんだ! 私という聖女を完成させるために必須の才能じゃないか!」
「アナスタシアはちょっと黙ってて」
ある程度予想していたが、シュヴァルはまた頭を抱える。
とはいえ、他に妙案も思いつかない。
「分かりました。では、アムリタさんの肉体を錬成します……と言いたい所なのですが、そうもいかないんですよ」
「というと?」
アムリタ(骨)が首を傾げる。骨格だけだから、人が首を傾げるといろんなパーツが動くのが見えるなぁとシュヴァルは感心したが、それはどうでもいい。
「錬金術というのは、元々の属性からかけ離れた物は作れないんですよ。アナスタシアも肉体を錬成していますが、元の肉体を整えたんです」
「つまり、肉が無いと私の身体も作れない、と?」
「そういう事です。しかも、人一人分となると相当な量が必要です。それに、僕はアムリタさんの外見も知りませんし」
「後者は問題ないぞ。私は美少女の骨格から、ある程度姿を想像出来るスキルを鍛えている。私とアナスタシアの監修と、それとアムリタ本人ですり合わせをすれば、ほぼ再現出来るだろう」
「そんな変態みたいなスキル自慢はいいから。でも、肝心の肉が無いよ」
「肉ならありますよ」
不意に後ろから声を掛けられ、シュヴァルは腰を抜かしそうになった。
巨獣が、巨大な肉の塊を抱えて立っていたからだ。
「あ、ああ、エリザベートさんでしたか。ところで、その肉の塊は?」
「昨日アルマが獲ってきたコカトリスの肉の余りですよ。燻製にしようかと思っていたんですが、そういう事なら是非使って下さい」
エリザベートは巨大な牙をむき出して笑いながら、どすんと肉塊を下ろす。
人間十人分くらいのボリュームがあるコカトリスの肉を見て、シュヴァルはちょっと引いた。
「これ、コカトリス肉ですよね? 外見は人間に出来るかもしれませんが、能力が魔獣になってしまうかも……」
「大丈夫です。私、動物好きですから」
「そういう問題じゃ……まあ、本人がいいと言っているならいいんですが」
微妙にずれた返答をするアムリタに対し、シュヴァルはこれ以上突っ込むのをやめた。
冷静に考えたら、スケルトンになってる時点で人間をやめてるんだから、コカトリスの能力が付与された所で今さら感がすごい。
アムリタは人間をやめ、コカトリスゴーレムスケルトンというややこしい種族になりつつある。
「大丈夫です。姿形より人間性を持っている事が大事だと思うんです。ダンディーさん、そう思いませんか?」
「おお! 聡明なお嬢さんだ! 私もその意見に賛成ですな。いやぁ、このような立派な娘さんを持って、ブロッシェ婦人もさぞ鼻が高いことでしょう」
「ええ、母はとても私に優しい人なんです。死んでしまった私を、こうして現世に呼び戻そうとするくらいに」
アムリタは胸がいっぱいになったように声を詰まらせた。
もちろん、スケルトンだから涙は流れないし、ついでに言うと胸もスカスカだが。
「シュヴァルさん。お願いがあるんです」
「何でしょうか?」
もうどうにでもなーれ、という感じでシュヴァルはアムリタに相槌を打った。
「そ、その……あれだけコカトリスさんのお肉が余っているなら、お、お、おっぱいを増量してもらってもいいでしょうか?」
「……はい?」
何を言ってるんだこの骨娘は、とシュヴァルは思った。
だが、アムリタは両手の拳を握り、シュヴァルに詰め寄る。
「わ、私、その、あんまり胸が無くて……せっかくだからこのチャンスに増量しようかなーなんて」
「なるほど。それはいいアイディアだ。シュヴァル、アムリタさんの乳は超乳にしよう」
アナスタシアがアムリタの提案を肯定すると、アムリタはうんうん頷く。
「待て! 私は反対だ! 美少女というのは全体のバランスが大事なのだ。大きければいいという訳ではないぞ」
「なんだと!? 軍隊だって城だって、でかいほうがいいだろ! 大は小を兼ねる!」
「黙れ! 貴様の趣味などどうでもいい! 私は一般的な美少女論を推すぞ!」
「やめてください! 私のために争わないでください!」
アナスタシアとハイエースの不毛な論争に、アムリタが仲裁に入る。
結局、10日掛け、シュヴァルは生前の姿に近い形でアムリタを再現した。
アムリタ本人を含むシュヴァル一行の全員から不評だったが、正しい判断をしたとシュヴァルとモチョは確信していた。