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第27話:母との再会

 シュヴァル達が魔の森に入り込んで10日が過ぎた。

 その間、少し離れた平野では、ブロッシェが野営テントの中で彼らの帰還を待ち続けていた。


「奥様、体調は大丈夫ですか? あまり顔色が優れませんが……」

「ありがとう。でも私は大丈夫よ」


 付き添いの従者が心配そうにブロッシェに声を掛ける。

 ブロッシェは労いの言葉を返すが、その顔には明らかに疲労の色が浮かんでいた。

 侯爵であるブロッシェは野営などほとんどしたことがない。


 もちろん、並の冒険者に比べたらはるかに豪勢ではあるが、それでも野営は野営である。

 高等貴族であるブロッシェには慣れない事ばかりだが、それでも彼女は待ち続ける。

 全ては愛しいアムリタを、赤銅のシュヴァルが黄泉(よみ)から連れ戻してくれる事を。


「ですが、シュヴァル様達が森に入ってからもう10日です。3日ほどで戻ると言われていたのに、やはり死者を蘇らせるのは……その……」

「分かっているわ」


 無理だったのでは、と言いあぐねている従者に対し、ブロッシェは叱ったりしなかった。

 自分でもほとんど信じていないからだ。

 それでも一縷(いちる)の望みにすがりたかったのだが、それももう潮時だろう。


 魔の森は人外魔境。いくらシュヴァルが従魔ユニコーンを連れていても、吸血鬼が交渉してくれるかわからない。むしろ敵対する可能性が高いだろう。他にも強力な魔獣が大量に生息しているし、シュヴァル達は死んでいるかもしれない。


 シュヴァル自身も成功率は非常に低いと言っていた。

 3日の予定を10日に伸ばしても何の変化もないという事は、つまりそういう事なのだろう。

 ブロッシェは悲しげに眼をつむると、従者に向き直る。


「そろそろ夢を見るのもおしまいね。帰還の準備をしましょう」

「よろしいのですか?」

「ええ、やはり死者を蘇らせるなんて、神か悪魔しか出来ないのでしょうね」


 ブロッシェは寂しく笑い、一言だけ呟いた。

 それを合図に、従者たちは撤退の準備を始める。


 もともと、婦人の体調を案じてすぐに出立できる用意はしてあったので、馬車は荷物を全て積み、魔の森から離れていく。


「待って! お母様!」


 ブロッシェが失意の底で馬車に揺られていると、不意に懐かしい声が聞こえて来た。

 幻聴だろう。そう思ったのだが、馬車の動きがぴたりと止まる。

 その様子から、自分だけではなく、皆にも聞こえているのが見てとれる。


「お母様! 私は帰って来たわよ!」


 また声が聞こえた。ブロッシェは疲労も忘れて馬車から転げ落ちるように飛び出す。

 すると、信じられない者が駆け寄ってくるのが見えた。


「……アムリタ?」


 ブロッシェは震える声でそう呟いた。

 馬車に向かって走ってくるのは、愛しいアムリタだった。

 アムリタは、まるで馬が走るような速度で距離をぐんぐん詰め、母親に抱きついた。


「アムリタ? 本当にアムリタなの!?」

「そうよ! お母様、心配掛けてごめんなさい」


 その声、その顔、その喋り方、全てブロッシェが知っているものだった。

 もう二度と会えないと思っていた娘が、今、自分の腕の中にいる。

 ブロッシェは言葉にならず、ただ、娘を力一杯抱きしめた。


「遅くなって申し訳ありません。少々肉体の錬成に時間が掛かったもので」

「しゅ、シュヴァル様!? まさか、本当に娘を蘇らせてくれるなんて」


 娘と感動の再会に浸っていると、後から追いついてきたシュヴァル一行が声を掛けて来た。


「いえ、僕は大したことはしていませんよ。ちょっと肉体を整えただけですから」


 大した事をしていないと平然と言い張るシュヴァルに、ブロッシェは心底驚いた。

 死者を蘇らせる。過去、どのような錬金術師もなしえなかった事を、この赤銅の錬金術師はやってのけたというのに。


「さて、ブロッシェとやら。一つ確認したい事があるのだが」


 シュヴァルを神でも崇めるように眺めていたブロッシェに対し、聖獣ユニコーンが語りかけてくる。その背には、奴隷の首輪を付けながらも、大国の姫のように可憐な少女が乗っている。


「は、はい。何でしょう?」

「アムリタさんに何か変わりはありませんか? 以前と比べて別人のようになったりしていませんか?」


 聖獣の上にまたがる聖女のように美しい少女が、淡々とした声でそう尋ねた。

 そう言われ、ブロッシェはアムリタの顔を間近で見る。


「いえ、特に変わりは……そういえば、髪や瞳の色が少し違いますね」

「あ、そ、それはですね。なにぶん、完全に元通りという訳にもいかなくてですね、あは、あははは」


 シュヴァルは笑うが、ブロッシェは先ほどから驚いてばかりだった。

 ここまで完璧に命を蘇らせたというのに、そんな笑い声を上げる余裕があるなんて。


「大丈夫です。この子は間違いなく私の子です。多少姿が違っていても、間違いなくアムリタはアムリタなのですから」

「お母様!」


 そう言って、母娘は二人で歓喜の涙を流した。

 その美しい光景を前に、従者たちも思わずもらい泣きをするくらいだった。


「アムリタ、どこか苦しいところはない? さっきはすごい勢いで走ってきたけど……」


 一通り感情の波が収まると、ブロッシェは母親らしく娘の身体の心配をする。

 アムリタは魔力も高く心根も優しいが、身体があまり丈夫ではなかった。

 あんなに全力で走ったりしたら、すぐにせき込んで動けなくなってしまったはずだ。


「ううん。全然へっちゃらよ。無駄な肉が落ちて、前よりずっと健康になれたから」

「必要な肉も……むむっ!?」


 ハイエースが何か喋ろうとしたが、背中に乗っていたアナスタシアが超高速で口を閉じた。

 ブロッシェはその様子に気付かず、ただ、ひたすらにシュヴァルがありがたかった。

 娘を生き返らせてくれただけではなく、こんなにも元気にしてくれるなんて。


「シュヴァル様……偉大なる天才錬金術師様。私の宝物を取り戻していただいて、本当になんとお礼を言っていいのか」


 ブロッシェ婦人は、自分の服が泥に塗れるのにも構わず、地面の上でシュヴァルに対し土下座をした。

 誇り高い侯爵夫人ブロッシェは、たとえ国王に頼まれてもこのような事はしないだろう。


「顔を上げて下さい。本当に僕は大した事はしていないんです。ちょっと手伝いをしただけで、魂を呼び戻したのは彼女ですから」

「彼女?」


 シュヴァルが向いた方向にブロッシェも顔を向けると、少し離れた場所に、猫のような耳とふさふさの尻尾を持つ少女が立っていた。両手で毬鼠(まりねずみ)を抱え、退屈そうにこちらを見ている。


「感動のご対面は終わった? 私、お昼は苦手なんだから、早く日陰に入れてほしいんだけど」

「あの……お嬢さんは?」

「ああ、あの子はアールマティーと言いまして……」

「吸血鬼よ」


 シュヴァルの言葉を遮り、アールマティーがさらりと言う。

 その瞬間、シュヴァル達以外の全員が凍りつく。


「き、き、吸血鬼!? どうしてこんなところに!?」

「落ちついて下さいブロッシェ婦人。彼女は危険ではありませんから」


 化け物が目の前にいるというのに、シュヴァルの態度は全く変わらない。

 一体、この男は何者なのだろう。

 ブロッシェ婦人をはじめ、従者たち全員がごくりと唾を飲む。


「別にそんなに怖がらなくてもいいわよ。あんた達に危害を加えるつもりはないから」

「本当ですか?」

「彼女とちょっとした『契約』をしまして、そのお陰でアムリタさんが蘇ったのですよ。多少の対価は払いましたが」

「け、契約? 対価?」


 ブロッシェが息を呑む。

 一体、吸血鬼とシュヴァルはどのような契約をしたのであろう。

 娘の命を蘇らせるほどなのだから、自分では想像も出来ないような何かである事は間違いない。


 だが、ブロッシェには後悔はない。


 目の前の男が神であろうが悪魔であろうが、最愛の娘を取り戻してくれた事に変わりは無いのだから。


「シュヴァル様。今回は本当にありがとうございました。あなたほどの方が、何故、赤銅という地位なのか私には分かりかねますが、何かありましたら、この私にお言いつけ下さい。侯爵家として、出来る限り協力はいたします」

「いえいえ! これ以上面倒……じゃなくて事を荒立てるような真似はしたくありませんから。予定通りのお代をいただければ充分ですよ」


 シュヴァルの言葉に、ブロッシェは目を丸くした。


 それこそ侯爵の地位を投げ捨ててでも娘を取り戻したいと思っていたのに、シュヴァルは何も要求しない。果たして、これは善意なのか、あるいは何か計算があるのか。ブロッシェにはこの男の心の底が読めなかった。


 シュヴァルが言いかけた『面倒』な事は後回しにし、今はただ、与えられた祝福に酔いしれたかった。

 そうして、ブロッシェはアムリタを自分と同じ馬車に、シュヴァル達は行きと同じ馬車に乗り、街への帰路へ就いた。


 こうして、ブロッシェ婦人の娘を生き返らせるという無理難題を、赤銅の錬金術師シュヴァルは見事解決したのだった。


「一時はどうなる事かと思ったけど、何とかなってよかったな。シュヴァル」

「これ、何とかなったって言うのかなぁ……」


 アナスタシアの能天気な笑みに対し、シュヴァルの顔色はあまり優れなかった。

 無理矢理ハッピーエンドっぽくしたが、つぎはぎだらけである。


「いいじゃない。アムリタが戻ってきてみんな喜んでるし、私もモチョと一緒にいられることになったし。これからはずっと一緒だからね、モチョ!」

「もちゅ」


 そして、シュヴァルとアナスタシアの横には、モチョを抱きかかえたアルマが上機嫌で座っていた。


「ああもう、どうしてこうなったんだろうなぁ」


 一応の結末を迎えたものの、シュヴァルは馬車の天井を仰ぎ、このややこしいハッピーエンドに至る道を思い返していた。


 ここで、10日前の反魂を実行した日に巻き戻る。

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