第26話:反魂
吸血鬼の娘アルマに反魂を発動してもらうため、シュヴァル達は部屋から庭に出た。
雲はほとんど出ておらず、満月の光が闇を優しく照らしている。
「じゃあ、そのアムリタって子をちゃちゃっと生き返らせましょ。触媒はあるんでしょ?」
「遺骨ならあるけど、これでいい?」
ようやく立ち直ったアナスタシアも一緒に来ており、部屋からアムリタの遺骨の入った骨壷を持ってきてアルマに手渡す。
「これでいいわ。パパだったら何も無くても魂を引き寄せられるんだけど」
そう言うと、アルマは骨壷をひっくり返し、アムリタの遺骨やら遺灰をどさどさと地面に落とす。
死者を冒涜するような行為だが、これから死者ではなくなるので、アムリタも許してくれるだろう。
「じゃあ、この骨を中心に陣を描いて……ええと、確かこれをこうやって……あれ? 違ったっけ?」
ぶちまけられたアムリタの遺骨を中心に、アルマが木の枝で地面にがりがりと魔法陣を描いていく。
だが、線をなぞっては消し、なぞっては消しでなかなか進まない。
「なんかもたついてるな。どっかで見た事あると思ったら、あれだ、シュヴァルがゴーレムの錬成の時にわたわたするのに似てるんだ」
「僕はあんまり手際は良くないけど、あそこまで素人っぽくないよ」
「うるさいわね! 気が散るから黙ってて!」
アナスタシアとシュヴァルが遠巻きに見守っていたら、アルマが怒鳴ってきた。
「こんな事聞くのも失礼なんだけど、君、本当に反魂っていうの出来るのかい?」
「で、出来るわよ! 私だって吸血鬼だもの!」
シュヴァルの問いに、アルマは過剰なまでに胸を反らす。
その様子を見ていると、シュヴァルは不安になってきた。
「仮に生き返らなかったとしても問題あるまい。当初の予定通り、ブロッシェに断ればいいだけだ」
「だから出来るって言ってるでしょ! いいから黙ってて!」
ハイエースにもアルマは怒鳴る。ハイエースは、器用に二本足で立ち、人間が両手の平を上に向ける「やれやれ」のポーズを取った。
「よ、よし、これで大丈夫なはずだわ。多分。きっと。そう、きっと大丈夫……アルマ、自分を信じるのよ」
かなりの時間を掛けて魔法陣を描いたアルマは、その出来栄えを確認するように円陣の周りを何度も回る。
満月の空と対照的に、シュヴァル達の心に暗雲が立ち込めてくるが、元々死者を生き返らせる事自体が無理ゲーだ。失敗してもハイエースの言うとおり、当初の計画にすればよい。
「じゃあ行くわよ! さまよえる魂よ。偉大なる吸血鬼たる我が命に従い、再び現世に舞い戻るがいい! おいでませ、アムリタよ!」
アルマが両手を前に突き出し、アムリタの魔法陣に向けて魔力を解放する。
すると、そこだけ昼間になったような強い白光が魔法陣を包み込む。
「ふむ、少なくとも並外れた魔力を持っている事は間違いないようだ。さすがは吸血鬼のハーフといったところか」
ハイエースが珍しく真顔でアルマの背中を見る。
シュヴァルとアナスタシア、あとモチョには魔力の強弱などよく分からないが、ハイエースがそう言うからには相当の実力者ではあるのだろう。
そして、アムリタの遺骨に変化が訪れる。
バラバラだった骨が、まるで手品のように、少しずつ人の骨格に戻っていく。
アルマは犬歯を剥き出しにして微笑む。大丈夫。上手くいっている。
そのままアムリタの再生はどんどん進んでいく。
火葬され、砕かれた骨は、もう完全に人間のそれに戻っている。
――そして、骨格が完全に再生した所で、魔法陣の輝きが消えた。
後に残されたのは、驚きの白さを持った、美少女の骨格のみが横たわっている。
「あ、あれ!? お、おかしいわね!? 魔力が足りなかったのかしら? それとも陣が間違ってた!?」
アルマは狼狽する。それから再び魔力を注ぎこもうとするが、陣は全く光を放たない。
「うう……ごめんなさい。失敗しちゃった」
アルマはいつもの勝気な様子はまるでなく、しょんぼりとしょげかえる。
離れて見ていたシュヴァルは、ゆっくりとアルマに近付き、肩に優しく手を置いた。
「気を落とさないで。僕も見習いの頃はよく失敗したから。死んでしまった者を生き返らせるほうが無理なんだ。毬鼠はちゃんと買ってきてあげるから、元気出して」
「う、うん。ありがとう……あんた、いい人ね」
失敗は誰にでもある事だ。シュヴァルはアルマを気遣うように、優しく微笑んだ。
「でも、この骨どうすんの? 完全に再生しちゃってるけど、骨壷に入れなきゃならないし、また砕く?」
「そうなんだよねぇ。なんだか、死者を貶めているみたいで気が引けるけど、そうするしかないのかな」
シュヴァルは仕方なく、屋敷の横に立てかけられていた薪割り用の斧を借りることにした。
弄ばれた遺骨を再び粉砕するのは抵抗があるが、自分がやるしかないだろう。
そう思い、シュヴァルは斧を両手で持ち、振りおろそうとした。
「う、ううん……こ、ここは……?」
シュヴァルが斧を振り下ろす直前、突如、アムリタの遺骨が喋り出した。
透き通るような若い女性の声である。
「あ、あなたは誰です!? そんな斧なんか振り回して、私をどうするつもりですか!?」
「……えっ? えっ!?」
シュヴァルは目を白黒させる。他の皆も同様だ。
反魂を行ったアルマですら、同じような反応で喋る骨を見ている。
「あの、失礼ですが……もしかして、あなたはアムリタさんでしょうか?」
「は、はい……そうですけど。ここはどこなんですか? 私、確か屋敷の階段から落ちて……」
斧を持ったシュヴァルに対し、スケルトンアムリタが答える。
その声には、怯えの色が混じっていた。
「や、やったわ! 反魂は成功したのよ! 私すごい!」
「これ、成功したって言うの!?」
アルマはきゃっきゃとはしゃいでいるが、シュヴァルはものすごく困っていた。
多分、中途半端な儀式のせいで、骨までしか再生されなかったのだろう。
「でも、魂の再生には成功したわよ。初めてにしては上出来ね」
「あんだけ言ってて初めてだったの!?」
アナスタシアが目を見開きながらアルマに言うと、アルマは桃色の舌をちろっと悪戯っぽく出す。
「だって私、生まれてから今まで死んだ事無いもの。反魂なんて使う機会無かったし。ちょっと厄介な魔獣が出た場合、パパとママが音速で助けに来てくれたし」
要するに、自身の強さに加え、歴戦の吸血鬼と野獣の両親に愛されていたお陰で、吸血鬼本来の能力を使う事が無かったらしい。
「で、アムリタだっけ? 気分はどう?」
「え、ええ、すこぶる快調です。私、身体が弱くて、いつも頭痛やぜんそくに悩まされていたんですけど、今は全く無いですね」
「そりゃそうだろうね」
そりゃあ骨しか無いんだから、頭痛もぜんそくもクソもないだろう。
脳を摘出すれば脳腫瘍になりようがないし、心臓が無ければ心臓病にもならない。
「ところで、あなた方は誰なんです? それに、私は一体どうしてこんなところに……って、私、は、裸!? きゃっ!?」
スケルトンアムリタは、自分が全裸である事にようやく気付いたらしく、恥ずかしそうに胸の部分を両腕の骨で覆い隠す。
「いや、裸っていうか……」
乙女っぽい可愛らしい恥じらい方をするスケルトンを前に、シュヴァルは途方に暮れた。
アムリタが成功して生き返れば万歳。
失敗して生き返らなくても、それはそれで通常ルートに進めばよい。
だが、スケルトンとして蘇ったアムリタ侯爵令嬢を、神は一体どうしろというのか。
「なあシュヴァル、どうするのよ、これ」
「まいったね。どうしよう」
アナスタシアの問いに、シュヴァルはこめかみを押さえて目を閉じた。
裸すぎるアムリタは、未だに状況が飲みこめていないようで、胸を覆い隠すポーズのままへたり込んでいた。